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銀河皇帝のいない八月 ⑪

2. 爆心地の浜辺

 東京が消滅して一週間が経った。

 破滅的な〈白い嵐〉によって首都とともに政府を失った日本の政治家たちは、県知事連を中心に連絡網を構築し、国体の維持になんとか動き出していた。
 そして、大阪に置かれた暫定政府によって、状況を把握するために自衛隊が派遣され、東京が半径数十キロに渡って広がる砂漠に近い荒野と化したことがわかった。その中心域は「爆心地」と呼ばれ、大きく広がった東京湾と陸地の接する海岸となっていた。

 暫定政府は、無人の東京への立ち入りを禁止した。
 宇宙からやって来た謎の軍隊は依然として世界中で静止しており、彼らが何のために東京を無に帰せしめたのかもわからない。東京への侵入によって、彼らにどういう反応が起こるのか……それが問題だった。
 一部には、放射能を恐れる声もあった。声の主たちは、東京を消し去ったのが核兵器の一種だったと信じていた。航空自衛隊は高高度からの偵察を行ない、どうやらその心配が杞憂であるらしいことを確認し……

 それと同時に、なんとも理解し難い一つの事実を発見した。

 何もかもが消え去ったはずの爆心地に、小さな建築物と宇宙船と思しき物体が存在したのだ。さらに理解し難いのは、そこに何者かがいて生活しているらしい……ということだった。

 誰が……? 

 燃えない心
 もてあまして
 走り続ける
 地の果てまで

 遠藤空里アサトは感情の無い声で歌いながら、洗濯物を干していた。

 スター・コルベットの着陸脚と、地面に突き立てられた鉄柱の間にヒモを張り、洗い立ての着替えを洗濯バサミでとめてゆく。
 服はすべて空里のもので、すべてが夏物のセーラー服だった。
 ネープが用意してくれたのだが、どうやってか空里の制服を寸分違わず複製したらしい。
 あまり洗濯日和とは言えない天気だった。頭上には雲が重く垂れ込めていて、夏の日差しは遥か彼方の水平線近くに覗く青空の周りだけにあった。
 上からではなく、水平方向にやってくる光が、見渡す限りの海と砂漠の空虚さを際立たせていた。その空虚な世界で、銀河帝国に命を狙われている少女は、歌いながら洗濯干しを続けた。

 断ち切られても
 つづく夢
 終わらない終わらない
 夢 夢 夢 夢……

 夏休み前にダウンロードして何度も聴いていた曲だが、自分で歌うのは初めてだ。
「この星にも、音楽があるのか」
 何か機械の部品を抱えた人猫が、船から降りてきた。船の修理を手伝っていたらしい。
「シェンガの星にもあるの?」
「まあな。俺はあんまり歌ったり踊ったりしないけどな」
「踊り……」
 空里は人猫の群れが音楽に合わせて舞う姿を想像してみた。
「いつか、シェンガの星にも行けるかな」
「〈水影〉へか? アサトが皇帝になって〈種〉の所有権を認めてくれりゃ、星をあげて歓迎するぜ」
「そうならいいけど……」
「けど……なあ、一つ聞いておきたいんだが……」
 ミン・ガンの戦士は荷物を地面に置くと、珍しく奥歯に物が挟まったような声を出した。
「アサトには……本当に悪かったと思ってる。こんなことになっちまってな……」
「…………」
「ミン・ガンの掟では、命を助けられた者の命は、救い主のものってことになってる。だから俺の命はアサトのものだ。好きにしていいんだ。俺を殺したいと思ってないか? アサトが望むなら、俺は自分で命を絶ってもいい……そうした方が……よくはないか?」

 空里はつい数日前の大惨事が起きた時にシェンガを責めたことを思い返した。
 一時の怒りを彼にぶつけはしたが、その怒りは消えていたし、そもそも怒りの持って行き場が違うことも分かっていた。
「東京がこうなったのは、あのバカ将軍のせいよ。シェンガのせいじゃない……」
「本当にそう思ってるのか?」
「誰のせいかとか、どうしてこうなったとか、考えたってキリがないわ……正直、自分でもどう考えたらいいのかわからないの……でも一つわかるのはね……」
 自分を見上げるミン・ガンの顔を、空里は真っすぐ見つめ返した。
「私、シェンガには生きてて欲しい。それは確かよ。だから死んだ方がいいかなんて聞かないで」
「……そうか」
 シェンガの猫背が、心なしかピンと伸びた。
「ミン・ガンは他の種族の人間にたやすく礼を言ったりしないんだがな、今は心の底から礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう」
 空里は手を伸ばすと、シェンガの喉元を指でくすぐった。
「それはよせ!」
「怒った?」
「いや……気持ち良すぎだ……」

「アサト」
 スター・コルベットの上から、呼ぶ声がした。
 見上げると、完全人間の少年が船体の上で双眼鏡のようなスコープを覗きながら水平線の方をうかがっていた。垂れ込めた雲を背景にしたその姿は、まるで古い船の船首像みたいに絵になっている……
「客が来るようです」
 一瞬、また襲撃かと思って緊張した空里は、動かざるゴンドロウワ以外の帝国軍がもういないことを思い出して肩の力を抜いた。そもそも、危険な訪問者だったらネープがこんなに悠然としているはずがない。
「誰なの?」
「この星の人間たちです。恐らく……」
 ネープの答えと同時に、ヘリのローター音が聞こえてきた。
「……あなたの話を聞きに来たのでしょう」

 海を越えてやって来た一機のヘリコプターは、コルベットから数十メートルの浜辺に着陸した。ヘリの巻き起こす強風に、洗濯物が何枚か吹き飛ばされる。
「やだもう!」
 セーラー服を追いかけてかき集めた空里が戻ってみると、ヘリから降りて来た一隊のカメラクルーがコルベットを見上げていた。

「オーマイガーッシュ」
 黒人のカメラマンが感嘆の声をあげる。海外メディアの取材班なのだ。
「ハイ」
 サングラスをかけマイクを持った赤毛の白人女性が空里に声をかけてきた。
「ごめんなさいね。洗濯物、台無し?」
 流暢な日本語でそう言いながら空里に近づくと、間にネープが割って入った。穏やかな物腰だが、手にはショックスピアーが握られている。
「あなた方は?」
 ネープが誰何した。
 今や彼はリーリング無しでも地球人と会話が出来た。どうやってか、この一週間で、日本語と英語は覚えたというのだ。
「失礼、CNNのケイト・ティプトリーです。ここにいる皆さんのお話をうかがいたくて……」
 答えるティプトリーの声は、改めて見回して「皆さん」の異様さに呑まれて細くなっていった。

 恐ろしげな武器を構えた銀髪の美少年に、ひょろっとした日本人の少女……二本足で立つ大きな猫に、その背後には金属製の巨人が控えている。

「私には話すことは何もない。私のあるじに話すつもりがあるかどうかは、本人次第だ。だがわれわれは忙しいので早めに切り上げていただく」
「あるじ? その子がここの代表なの? そうね……ぜひお願いするわ。話が通じそうなのは、あなたじゃなければ彼女だけだし」
「アサト、どうしますか?」
「え?」
「あなたの話を聞きたいそうです」

 それはつまり……インタビューということだ。何を話せばいいのやら……


3. ウォーワームの襲撃

「ちょっと待って……」

 空里は一度スター・コルベットの船内に駆け戻ると、ネープから授かったマントを羽織って戻ってきた。なぜか、そうしなければならないような気がしたのだ。
 他は今ひとつはっきりしない気持ちのまま、空里はカメラとティプトリーのマイクに近づいていった。

「ありがとう。お名前は?」
「遠藤……空里です」
「ミス・エンドー……アサトさん……アサトって呼んでもいいかしら?」
「どうぞ」
「あなたは、学生? 高校生?」
「高校二年生です」
「なるほど……それでこのキャンプはいつからここに?」
 キャンプ……そういう風に見えるのか。
「一週間前から……でしょうか」
「それは……東京消滅のすぐ後にここへ来たということ?」
「あの時には、もう私たちはここにいました」
「じゃあ、あの〈白い嵐〉をここでやり過ごしたの? 一体どうしてそんなことが出来たのかしら?」
「そこにいる彼が……ネープがシールドを張って私たちを守ってくれたから……です」
「彼は、何者なの?」
「銀河帝国から来た完全人間……銀河皇帝のメタトルーパーです」
 そこでティプトリーは沈黙し、カメラマンが英語で彼女に話しかけた。なぜインタビューを中断したのか尋ねているらしい。ティプトリーはトゲのある囁き声でそれに答えた。相手がまともなのかどうか、考えあぐねているようだ。

「あの……意味がわからないと思うんで、ネープに話してもらいます。私じゃうまく説明出来ないから……ネープ、この人たちに事情を教えてあげて」
 空里の命令にネープは前に出ると、銀河皇帝の侵攻から東京の消滅に至るまでの事実と背景を、これ以上なく簡潔にまとめてティプトリーたちに話して聴かせた。

 その間、ティプトリーの表情は疑念から驚き、そして次第に恐怖の色へと変わった。あまりに突拍子もない話を、理路整然と説得力を持って聞かされ、自分が狂人を相手にしているのではなく、それが真実であることを認めざるを得ないことによる恐怖だった。でなければ、自分が狂った子供たちの影響でそう思わされているかもしれないという恐怖だった。

「じゃあ……アサトは銀河皇帝になるのね? そして地球も、銀河帝国の一部になると……そういうことなのね?」
「この星がどうなるかは、即位した後で彼女が決めることだ。帝国の属領とするか、その価値も無いとして放置するか、破壊するか、それは誰にも止められない」
 ケイト・ティプトリーは笑った。
「おお……恐ろしいことね。私たちの……全人類の運命はアサト次第なんだわ!」
 空里は真面目にティプトリーの懸念を払拭した。
「別に地球をどうこうする気はありません。ご心配なく」
「よかった……それで、あなた方はこれからどうするの?」
「船の修理が終わったら、〈青砂〉という惑星に向かいます。ネープたちの星です。そこで即位に必要なものを用意してもらう……そうです」
「なるほど……では、どうか気をつけて行ってきてね。地球に帰って来たら……帰って来ることがあったら、またお話聞かせてちょうだい」
 ティプトリーは空里に握手を求めた。
「……わかりました」
 握手に応じた空里の手を二、三回振って放すと、CNNのリポーターはカメラに向き直って英語でインタビューの締めに入った。
「まさに、驚くべき出会いでした。東京消滅の真実、その裏に隠された銀河帝国の支配権を巡る争いに、我々取材班は世界ではじめて……」
 そこまで言って、ティプトリーはマイクを下ろして顔をしかめた。
「……こんな与太話、誰が信じる?」
 カメラマンは相棒の白人アシスタントと顔を見合わせた。
「よくわからんが……いま銀河帝国がなんとか言ったか?」
「そうよ……もう少しでこの子達のスター・ウォーズごっこにのせられるところだったわ」
「え? 今のインタビューは全部ボツかい?」
「ちょっと待って。仕切り直して、今度は本当のところを聞き出すから……」

 ティプトリーはため息をつくと、マントを羽織ったコスプレ少女に向き直り、日本語に切り替えて説得モードに入った。
「アサト、お願い。本当のところを聞かせてちょうだい。ここは何なの? あなた方がさっきの話の裏に隠しているものは何なの?」
 少女は後ろに控えた少年と顔を見合わせて眉をひそめてみせた。
「いえ、咎めてるんじゃないのよ。こんな状況だし、もし力になれることがあったら協力してもいい。でも、まず本当のことを教えてちょうだい。先に……」
 その時、二本足の猫がビクッと緊張し、毛皮の下から何か武器のようなものを取り出してティプトリーたちに向かってきた。
「!」
 身構えたティプトリーの脇をすり抜けて何歩か走ると、ミン・ガンの戦士は砂地に突っ伏して耳をそばだてた。
「来たぞ!」
 シェンガは叫び、船の方へ駆け戻って来た。
「本当のことを教えて欲しい、か?」
 ショックスピアーを構え直して、ネープが静かだが危険をはらむ囁きを口にした。
「すぐわかる……」

 ティプトリーたちの背後で砂が吹き上がった。
 直後、カメラクルーの一人が悲鳴を残し砂浜に呑まれて姿を消した。
「デニス!」 
 ティプトリーの叫びに呼応して、地下から何か細長く巨大な影が砂を巻き上げながら姿を現した。
「虫?!」
 空里にはそう見えた。フレキシブルパイプのような金属製の体の先端に、大きな顎しかない頭が付いている虫だ。だが「虫」というにはとてつもなく大きい。
「ウォーワームです。彼らの航空機に潜んで来たのでしょう。でなければ、とっくに侵入は察知できたはずです」
「あんな大きなものが?」
「幼体はごく小さな機械生物なのです。目的地に侵入してから急成長し、作戦を実行するように作られています。おそらく一匹ではありません。船の中へ入っていてください」

 ネープの指示に従って走り出した空里は、振り返ると立ち尽くしたティプトリーの姿を見た。
「ケイトさん! こっちへ!」
 ティプトリーは襲いかかって来る怪物の顎を呆然と見つめていたが、ギリギリのところでしゃがんで避けた。その顎にネープが飛び乗り、ショックスピアーを振り下ろす。
 ウォーワームの首が火花を散らし、少年を振り落とそうとして巨体が大暴れした。
 はいずるように空里の方へ走って来るティプトリーの足元で砂が波打ち、金属製の虫がもう一匹現れた。新手のウォーワームは、今度は空里に向かって来た。
「!」
 次の瞬間、大きく跳躍してきたネープの姿が二匹目の体にまたがっていた。ネープは振動ナイフを抜くと、ウォーワームの頭部に突き立てた。
 そこへ、一匹目のウォーワームが損傷部から火花を散らして襲いかかって来る。が、轟音がとどろきその体はあっという間にバラバラに吹っ飛んだ。
 チーフ・ゴンドロウワが大型のパルスマシンガンを撃ちまくりながら空里の前に出て来ていた。二匹目のウォーワームも、その火線に捉えられて飛び散った。
「やだ、もう一匹いるわ……」
 砂地にへたりこんだティプトリーがつぶやいた。見ると、カメラクルーたちがヘリに向かって走っていくのを、三匹目のウォーワームが追いかけていた。しんがりを走っていたアシスタントが転倒し、巨大な顎の餌食となるのが見えた。
「ノー!」
 他のクルーたちはその隙にヘリに乗り込み、離陸することに成功した。
 獲物を取り逃した三匹目のウォーワームは、空里たちの方に向き直ると砂の上を走り出し……
 次の瞬間、大きな爆発とともにバラバラに飛び散った。
「これでしまいらしいな」
 熱核弾ランチャーを構えたシェンガが言った。

 ヘリはあっという間に洋上へと飛び去り、戻って来る様子はなかった。

「ノー……」
「他の皆さん……行っちゃったんですか?」
 声をかけてきたマント姿の少女とともに、彼女のしもべが集まって来た。二本足で歩く猫に、金属製の巨人……それに尋常じゃない美しさの少年……
 そこに混じった自分の姿を思って、ティプトリーは引きつった笑いを顔に浮かべた。
「ええ……私は置いてけぼり。この狂った場所に一人放り出されたらしいわ……」
「まあ……まともな状況ではないと思いますけど狂ってるとまでは……」
 妙に分別くさい空里の言葉に、ティプトリーはふと哀れみを覚えた。
 この娘は、異常な事態に慣れて来ている……どこまでが本当かわからないが、銀河皇帝の後継争いという超現実的な問題に直面している自分を受け入れているのだ。
 さて、自分はこの狂気にどこまで付いていけるだろうか……

「そうね……いずれにせよしばらくはここにいなきゃならないようだから、面倒をかけるけど色々教えてちょうだい。まず……」
 狂った状況に耐えるには、まともなことを言ってちゃダメだ。
「一番近いスターバックスはどこかしら?」


つづく

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