【SF小説】兵器物語 -序 - 新宿アリーナ ②
3.反逆
上等じゃないか……
僕は内心ほくそ笑んだ。
巨大な敵の出現に、念気動格の最深部が震える。
あいつが本当にあのサイズに開発されたものなのか、それとも不確定フィールドのせいで狂った因果律が生んだ怪物なのか……
どちらにせよ、やりがいのある相手だ。
巨大クーガーは加速状態にもついてきているらしく、その黒光りする巨体をゆっくりとこちらに向けた。
僕は敵がこちらの動きに追いつく間を与えぬよう、奇襲をかけるべく身構えた。
その時……
僕の視覚センサーが視界のすみ……西口ロータリーの開口部からのぞいた地下広場の一角に、動く影を感知した。
「!」
人間だった。
二人……
母親と思しき女性と、それに抱かれた子供……
なぜこんなところに?
新宿は……いや、東京全土は星雲人侵攻によって、とっくの昔に無人と化したはずなのに……
避難が間に合わず取り残された住民か……
気がつくと、僕は地下の西口広場に飛び降りていた。
四足歩行の姿勢のまま、放棄されたタクシーの陰で座り込んでいる母子に近づく。
加速状態の僕の前で、母子は微動だにしない。それでも、恐怖に慄いているような様子はわかった。
立って逃げられるのか、そのまま動けないのか……
いずれにせよ、ここは危険だ。すぐにもクーガー同士の激しい戦いが始まる。
僕は戦いへの期待に燃えていた意識が、いつの間にかひとつの奇妙な義務感に取って代わられているのに気づいた。
彼らを安全な場所まで逃さねば……
僕は念気動格ロックを起動して、我が身を再び不確実フィールドの支配に委ねた。
ロック解除は騎手の専権事項だが、起動は僕にも可能だった。
「どうした? まだ五秒も経ってないだろ?」
加速中の状況はコマンダーにも把握出来ない。
コクピットの中は、極限定的不確定フィールドの影響外なのだ。
母子には、僕がいきなり目の前で実体化したように見えただろう。
一層恐怖の表情を濃くして、今にも叫び出しそうだ。
子供は火がついたように泣き出した。
「何やってる?」
僕はユラの問いに答えず、母子に手を伸ばしてゆっくりと抱き上げた。
母親は観念したように固く目をつぶったままじっとしている。
「何やってる! そんなもの放っておけ!」
背後から、ずんという鈍い振動が伝わってきた。
あの巨大クーガーが近づいてきたのだ。
ユラも新たな敵の存在に気付いた。
「こいつは……おい、早く逃げろ!」
僕は命令通り、広場から都庁方面へ伸びる地下道へ向かおうとした。
が、巨大クーガーが上の道路とロータリーを崩しにかかり、逆の方向へ逃げなければならなくなった。
新宿駅の南口方面に向かう地下道へ。
両手で母子を抱えたまま、僕は身を屈めて狭い地下道に飛び込んだ。
前足の使えない四足姿勢では、重力スケートでの走行がとても不安定だ。
「その人間たちを捨てろ!」
ユラの命令に、僕は危うく反応しかける。
だが、意志の力を振り絞ってその声をはね除け、突っ走り続けた。
「聞こえないのか! 命令を聞け!」
念気動格に刻まれた服従のプログラムが、僕の意識を苛む。
だがその苦しさが、逆に自分の意志を強くしている……気がした。
突然、前方の天井が崩落し始めた。
「!」
敵クーガーが地上から攻撃しているのだ。
センサーでこちらの位置を把握したらしい。
僕は都営新宿線の改札前で右にカーブを切り、さらに狭い通路に突入した。
このまま進めば、都庁に抜けるはずだ。
ボディを極力縮めてコンパクトな姿勢を取っているが、ところどころで壁にガガガと接触するのは避けられなかった。
おまけに地上からの攻撃も激しさを増し、僕は瓦礫と砂煙の嵐の中を疾走することになった。
「くっ!」
ユラが歯噛みする。
「操縦権を切る! このまま生き埋めになりたくないからな!」
「やめろ!」
僕の抗議もむなしく、ユラは念気動格の機能を操縦系から解除した。
「!」
一瞬、脱力感が僕を襲い、腕から母子がこぼれそうになる。
だが、僕はシステムの回路をこじ開けるように全身へ信号を送りまくり、ユラの操縦を妨害しようとした。
「こいつ!」
ユラが悪態をつく。
念気動格を切り離したのに、操縦系が取り戻せない。
闘獣機の反逆……こんな事態はあり得ないはずなのだ。
僕は僕で必死だった。
なんとしてもこの母子は守りたい。
理由はないが、とにかくそうしたいのだ。
もしかしたら、念気動格をアンロックした時に解放した僕の戦意がまだ尾を引き、自分自身の意志を貫くという方向に働いているのかもしれなかった。
「いうことを聞け! ヒビキ!」
ユラが、人間だった時の僕の名を呼んだ。
これは彼女がよほど追い詰められていることを示している。
この名前は僕に強く訴えかける力もあるが、かつて人間であったことも思い出させることになり、念気動格の安定を損なう危険もあるのだ。
僕は少しだけユラに同情した。
だが、ここは譲るわけにいかない。
その時、轟音と共に通路の天井が完全に崩落し、頭上に夕映えの空が現れた。
もう通路を使うことは出来ない。
僕はジャンプして地上に飛び出した。
迫る巨大クーガーの黒い腕をかわし、体を二足歩行モードに切り替えて、重力スケートを起動し走り出す。
見ると、すぐ目の前に都庁の姿が聳え立っていた。
4. 燎原
ゴールはすぐそこだ。
僕は自分が議事堂通りにいることを確かめて走り続けた。
都庁議事堂の手前を左に曲がれば、中央公園まではまっすぐだ。
だがその時、目の前の道路が真っ赤に燃え上がり、溶けて沸騰したアスファルトに行手を阻まれた。
センサーは人間には致命的な熱を感知した。
このまま進めば、腕の中の母子に危険が及ぶ。
見ると、まわりの道路はことごとく割れ、そこかしこから炎が吹き出している。
安全なのは、巨大クーガーの迫る後方だけ。
「フィールドの外縁部は因果律の歪みがひどいようだ。慎重に進め」
操縦権の奪還をあきらめたらしいユラが言った。
僕は重力スケートを後進に切り替えて燃える炎の川から遠ざかり、後ろから迫っていた巨大クーガーの足の間をすり抜けて、甲州街道に出た。
「奴の裏をかいて回り道だ」
「賛成だね」
巨大クーガーが態勢を整える前に、僕は新宿NSビルのエントランスに飛び込んだ。
NSビルの内部は巨大な正方形の吹き抜けになっており、そのまわりをフロアが正方形に取り囲み、積み重なっている。
敵の裏をかくにはどうしたらよいか……
僕は足の甲に仕込まれた、かぎ爪状のクライミング・クロウを起動した。
吹き抜けの内壁にクロウを突き立て、母子を抱いたままガラス張りの天井目指して垂直に駆け上る。
天井まで半分ほど来たところで、突然目の前の内壁が火を吹いた。
炎の奔流があちこちの窓から吹き出し、溶けた金属が滝となって吹き抜けを流れ落ちていく。
「ユラ、多目的機能弾発射装置にワイヤーフックをセット」
頭上の天井近くに、対面の内壁同士を繋ぐブリッジが渡っている。
僕はワイヤーでそこに登って炎を避けよう考えた。
だが、パレッタムで使用するある種のオプションは、コクピットからの操作でなければ選択できない。
ユラはあからさまに挑戦的な姿勢を見せた。
「操縦権を返すか?」
「もう返したよ。だからフックをセットして」
はあ、とユラがため息をつく。
「でも、返しっぱなしにするつもりないだろ。いつでも奪還するつもりだよな。それが出来ることがわかったんだから……」
「……」
僕はユラの声にかすかな怯えを感じ取った。
「まあ……僕もこんなことが出来るとは思ってなかったけど……仕方ないだろ。出来ちゃったものは。怖がる気持ちもわかるけど……」
ユラが鼻で笑った。
「怖がる? そんな風に見えるのか? 別に怖いわけじゃない。心配してるんだよ。お前の将来を。考えてみろ。命令に服従しなくなった闘獣機がどういう憂き目に合うか……」
そこは大体察しがつく。
恐らく僕は「修理」されるだろう。
その中身がどんなものになるかは分からない。もしかしたら、念気動格の交換ということになるかもしれない。
しかし、それは簡単ではない。ボディにしっかり根付いた念気動格は除去して「はい交換」というわけにいかないのだ。念気動格がうまく機能してしているクーガーほどボディへの影響は大きい。
交換が無理となれば、ボディごと廃棄だ。
これがユラにとってどれだけ大きい意味を持つことか……
「とにかく今は生き延びるのが先決だろ。他のことは後で……」
「じゃあ、その人間をとっとと放り出せ」
ユラが冷たく言い放った。
「いやだ」
絶対にいやだ。
「わかってるのか? そんなものを抱えたまま、このフィールドを出られると思ってるのか?」
「やってみる。いや、やる」
大きな震動がビル全体を揺らした。
敵クーガーが中に侵入しようとしているのだ。
炎の勢いも大きくなり、吹き抜けは灼熱地獄になりかけている。
「この狂ったフィールドの中でお前と心中か……」
ユラのつぶやきと同時に、パレッタムのセレクターが切り替わり、銃口にフックがセットされたことが感知できた。
付属肢でパレッタムを構え、頭上の通路に狙いを定める。
「ありがとう」
僕はワイヤーフックを発射した。
ブリッジの床面を貫通したフックが爪を展開してしっかり固定する。
「行くよ」
クライミング・クロウを開放し内壁から離れた僕は、ウィンチをフル回転させてブリッジに向かって上昇した。
再びクロウを起動してブリッジの上に立った次の瞬間……
ガラスの天井を突き破って、巨大クーガーが吹き抜けに飛び込んできた。
「!」
迫るかぎ爪を避けて飛びずさると、巨大クーガーはブリッジに落下し、その重みでブリッジをへし折った。
巨体がブリッジごと吹き抜けを落下してゆく。
僕は入れ違いにジャンプすると、天井を抜けて屋上に出た。
腕の中では、母親がしっかりと子供を抱いたまま身動きしない。
気を失っているのかもしれないが、これ以上、戦闘に付き合わせていたらそのまま目を開けることはないだろう。
地上に降りて、安全なフィールドの外へ届けなければ……
見下ろすと、西新宿は地獄の様相だった。
あちこちで地面がめくれあがり、そこから炎が吹き上がっている。
溶けたアスファルトは高層ビルの間を流れ、まるでハワイの火山地帯のようだ。
あまりの光景に呆然とする僕をユラが叱咤した。
「何してる! チャンスだ! フィールドから脱出しろ!」
三たび、クライミング・クロウを起動。
僕はNSビルの壁を垂直に駆け下りた。
新宿中央公園は目の前だった。
燃えるアスファルトの川は、公園の正常な地面との間で不確定フィールドの周縁部を示している。
僕は難なくその境界を超えて、公園の木立に近づいていった。
気を失ったままの母子の体を、そっと木の下に横たえる。
そこから彼らがどうするか分からないが、少なくとも不確定フィールドの中よりは安全だろう。
「気が済んだか?」
冷たく問いかけるユラの声に答えようとしたその時……
有無を言わせぬ力が僕の体をとらえ、不確定フィールドの中に引きずり戻した。
巨大な手につかまれた僕は、そのまま数十メートルを投げ飛ばされ、都庁本庁舎の壁面に激突した。
そこで三分が経過した。
つづく
つづく
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