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【戦国ショートショート】忍者ラブレター 駆け落ち姫編

「また恋文か…」
 迫姫さこひめは庭師の弥助から受け取った書状をつまらなそうに放ってみせた。
「姫様の美しさは近隣諸国でも評判しきり。大名諸侯やその子息で知らぬ者はおりませぬ。もっと喜ばれては……」
 弥助はその端正な顔を少し上げながら言った。
 普段庭師の体をとっているが、その実体は城を陰から守る忍びである。
 迫姫とは主従ではあるが兄妹のように育っていた。
「送り主の顔は大体知っておる。どいつもこいつもイモ侍どもじゃ!」
「しかし、お館様はいずれその誰かに姫様を嫁がせるおつもりでしょう」
「だから困るのじゃ……」
 顔をくもらせた迫姫は、弥助に視線を戻すと思いついたように言った。
「弥助……そなたもわらわに文を書け」
「は?」
「他意はない。忍びの者が侍とはどう違う恋文を書くのか読んでみたい」
「し、しかし……」
「明晩までに見せるのじゃ。よいな!」

 次の夜……

 弥助に差し出された文を広げ、迫姫は声を荒げた。
「何じゃこれは! まるで読めぬではないか!」
 書面には、奇妙な漢字が並んでいた。
 どの文字も、ありえない偏とつくりの組み合わせだったのだ。
「それは神代文字という古代の文字です。忍びが連絡のために使う暗号です。普通に書いて親方に見られた日にはただではすみませぬゆえ……」
「そうか……では、何と書いてるのかこの場でそらんじてみよ!」
「!……そこには……愛しき貴女様をさらって飛び去りたいというようなことが書いてございます」
 迫姫は顔を赤らめると、踵を返してそのまま寝所に入っていった。

 さらに次の夜……

 今度は迫姫が弥助に文を差し出した。
「昨夜の返事じゃ……すぐに読むがよい」
 弥助が広げた文に文字はなく、飛び立つ二羽の鳥の絵が描かれていた。
「南蛮の書に描かれていたサヨナキドリという鳥じゃ。夜に……夜が明ける前に美しい声で鳴き飛び立つそうじゃ」
 二人は互いに目を見合わせ……
 ひとつの思いを共有した。

 翌朝……

 行方の知れぬ姫の姿を求めて城内は上を下への大騒ぎとなった。

 庭師の忍びと共に消えた姫…
 やがて駆け落ち姫の話は城下の人々のうわさにのぼり、口伝えの物語となり、歌にうたわれ芝居の演目となり、その地域に今も残る伝説になったという。


たらはかにさんの募集企画、#毎週ショートショートnote 参加作品です。
お題は「忍者ラブレター」。
いくつか浮かんだアイデアのうち、一番短くまとまりそうなものにしたのですが、結局長くなりました……
😓

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