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京大を一年間休学してしたことまとめ

こんにちは!京大農学部5回生のさとうです。来月は学祭でラオス式炭火焼き屋台をやります。みんな来てね。

さて、僕が休学を決めたのは2021年10月のことです。学年でいうと三回生、20歳のころです。なぜ休学したのかはこちらの記事を読んでください。

で、2022年4月~2023年3月まで休学しました。大学の冬休みは2月から始まるため、実質の休学期間は14か月間と言えます。
この記事では、今休学を考えている後輩に向けて、大学を休学した実例を提示し、実体験に基づいたメリット・デメリットを感じてもらえたらよいかなと思って書きます。
長いのでまとめだけ読んでもらってもokです。


2022年2月~5月末(4か月)間借りインド料理

マトンプラオとビリヤニ

スパイス余韻という屋号でビストロの定休日をお借りし週一で間借りをしていました。

飲食業を自分が生業にできるのかどうか試したくてほぼ毎日働く日々でした。

毎週毎週日曜日が来るのが本当に怖くて、自分の力の足りていなさを見つめてもがく感じの日々でした。ただその甲斐あって仕事として料理をすることへの理解度は飛躍的に増大し、料理は明らかにおいしくなりました。

2022年6月


インド料理をしていたのですが、自分のしたい料理とインド料理体系はフィットしないものが多いと思うようになり、そこの違和感に苦しんだりしていました。間借り期間がかなりしんどかったので、早く家を引き払って旅に出るはずが全くやる気がわかず、だらだらと過ごしました。

2022年7月


ようやく中旬に3年強住んだ家を引き払い、ドタバタで京都を離れました。
ここから住所不定無職期間が始まります。
渡航用ワクチン接種と引っ越しに予想外にお金がかかったのと、間借りが余り儲からなかったので、お金が10万円ぐらいしかありませんでした。実家に泣きついたら住み込みバイトしなよと言われたので、その場で富士山の山小屋に電話し、明後日から働くことが決まりました。

2022年8月


富士山8合目3200mで生活していました。詳しくはこちらの記事に書いています。

山小屋で料理してみんなに喜んでもらえるのが本当にうれしい日々でした。あとレトルトの食事をお客さんに提供するのがきつくて、せめてものあがきで味を調えたりしていて、料理人であることの意味を考えたりしました。3kgぐらい痩せました。

2022年9月


富士山より過酷な環境で働きたくなったので北アルプスの山小屋で働きだしました。

富士山より段違いにきつい労働環境(毎日4時~20時の労働)で、日に日に己が研ぎ澄まされていくのを感じました。

電波がないのでじっくりと内省したり今後のことを考えるしかなく、自分の中でいろいろなものが熟成されていったような気がします。

2022年10月


10月5日に北アルプスの山小屋を下りて、東京の実家に戻りました。
体を休めつつ渡航の準備をして、10月27日にハノイに到着しました。
初めての海外一人旅でものすごく不安で、でも行きたくて、ナーバスになりつつ乗った飛行機のことをいまでも覚えています。そういう経験をひとつづつ積み上げることが出来たのが休学して一番良かったことかもしれない。

2022年11月


ハノイで購入した中古MTBでベトナムを500㎞ぐらい南下して、山を越えてラオスに入国しました。11月はほとんどラオスで過ごしました。
異国の地で自分のエネルギーが少しづつ解放されていったり、旅先でもう二度と会わない人と確かに心が通じ合ったり、すごくいい時間を過ごしました。

2022年12月


ラオス北部をバスで旅した後、首都ビエンチャンからバンコクまで自転車で移動しました。

本当はインドネパールに飛ぶ予定だったけれど、お金が無くなってきたのと見知らぬ国の刺激に疲れて不感症気味になっている自分に気づいてしまったので帰国することにしました。

2月頭から当時付き合っていた彼女と同棲することになっていたので、その初期費用と就活費用を稼ぐべく、26日から1月末まで静岡のリゾートホテルの厨房で住み込み労働を始めました。

2023年1月


ホテルの厨房はギスギスとしていて、半分以上冷凍ものを解凍して盛るみたいな仕事で、ロスもたくさん出るし、なかなか厳しい職場でした。孤独が染み入るような寮の一室で寂しく年を越して、辛くてちょっと泣きました。
一日12時間の労働を週6でやることで月に40万円強稼ぎ出し、料理に対する覚悟も定まっていたので、とても頑張れました。
間借り時代よりも自分自身の出力が大きくなっていて、自分自身に頼もしさを感じることが多かったです。

2023年2月、3月


ついに京都に戻ってきて北白川の2DKのこぎれいなアパートで同棲を始めました。スーツ一式をそろえ、就職活動をしました。
休学中に見たいろいろな世界と、そこで自分と向き合ったことで就職活動は特に何の苦労もなく進みました。

2023年4月


復学しました。
僕は農学部の学問に自分がやる意味をどうしても見いだせなかったこともあって研究室には入りませんでした。卒論がない分多めに授業で取って卒業という形になります。3回生の途中から大学が怖くなってほとんど不登校になっていたので、一年で42単位取らないと卒業できないことになっていました。頑張って授業行かなければ…


まとめ



休学中は何をしてもいいし、何をしなくてもいいです。僕にとっては自分の人生の主導権を100%握ることが出来る期間でした。そしてその期間で自分の本当にやりたいことは何なのかとか、自分が大切にしたいことはなんなのかとか、日本以外の国でも生きていけそうかとか、大きくて重要な問いへの回答を作っていくことが出来たと思います。濃密な時間でした。

僕にとっての休学のデメリットは、復学がしんどいことでした。
大学以外の空間になじみすぎて、大学にいると常に居心地の悪さを感じます。同期はほとんど院進か就職しているのもあって、大学に居場所がありませんでした。これは後期になった今でもそうで、早く大学の外に体が向かいたがっている感覚が常にあります。

あとは自分の中の規範意識が一度破壊されることで、頑張れなくなることがあるかもしれません。「こうしなければいけない」というのが休学して様々な人に触れることでどんどん揺らいでいきます。それはとてもいいことなんだけれども、自我が揺さぶられて終わりなきモラトリアムの沼に入って行ってしまうリスクはありそうです。

ということで僕の1年間の休学記録でした。
国立大学なら休学中学費もかからないため、自分の人生を(ある程度身分を担保された状態で)見つめなおせるというのはかなりいいと思います。おすすめです。
休学相談などいつでもDMで歓迎します!それではまた。





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