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【小説】 恩贈り #2

 父の葬儀に集った女性たちとの待ち合わせは、この町で唯一のレストランだった。土地の物をうまくアレンジした料理で最近有名になったと、出掛ける前に母が言っていた。

「あら一也、出掛けるの? へぇ。この街にあんたが出掛けるような用事があったのね」

 この街は死にかけている。
 この国のあらゆるところに、朽ちていく土地がある。かつて栄えた街の死を、揺るがぬことと受け止める母の声。迷うことなく都会に出た人間が、土地に住み続ける者の諦めを批評することなどできない。

 レストランに入ると、葬儀で話しかけてきた河合が立ち上がり、会釈をした。こちらも軽く頭を下げる。
 席は2つのテーブルをつけるようにセッティングされ、男性2人女性4人が集まっていた。すすめられて、恐縮しながら真ん中の席に座った。自分よりも十歳くらい上だろうか。6人全員が同級生だと紹介され、順番に名乗った。

「お葬式のときにはクラスのほとんど集まったんだけれど、今日は6人。この6人が街に残ったメンバーなの。まあ、何にもない所だからね。みんな東京に出たり、札幌に出たり。そんな感じ」

 高校卒業後、さっさとこの街を出た自分。異分子は、残った者たちの連帯感に曖昧に頷ずくことしかできなかった。

 個々にランチメニューから料理を注文し、運ばれてくるまで場をつなぐような会話が繰り返された。その中には、「一也さんは東京で何をされているの?」という自分への質問も交じっていた。「コンピューター関係です」と返すと、誰もが「はあ」とうなずき、それ以上話は広がらなかった。

 料理が終盤になると、ポツリポツリと父の話がはじまった。
 公立高校で日本史を教えていた父。その父が行う歴史上のエピソードを交えた授業がおもしろかったらしい。

「それまでは、歴史なんて単なる暗記だって決めつけてかかっていたんです。だから授業を聞いても意味がない。定期テストの前に丸暗記すればいい科目だと思っていた。ぶっちゃけると、歴史の時間は中学の頃からずっと内職の時間だったんです。今だから言えることだけれどね。
 でも、手島先生の話は無視しようと思っても、つい意識が向いてしまう。内職なんてできないくらいおもしろかったんですよ」

 街で数少なくなった商店を続けている、前田という男が言った。その言葉を次いで、診療所で看護師をする多田も口を開く。

「そうそう。陰陽道的に都に不浄のものが入り込まないように神社が配置されているんだとか、この場所は合戦があったからよく霊の目撃情報があってねとか、そんな話好きだったな。怖い話って目が覚めるから、ちょうど眠くなる昼休みの後の授業とかにするんだよね。今考えると、先生の作戦に見事にはまっていたんだよな」

 みんな微笑みながら、語り合う。教室の中の情景が彼らには確かに見えている。
 しかし、その眺望が自分の心に流れ込んでくることはなかった。「いったい誰の話をしているのか」、すでに空になったコーヒーカップを何度も口元に運んだ。自分は今どんな顔をしているのだろう。やはり、来るんじゃなかった。この場所に足を運んだことを、ジリジリと後悔しはじめていた。

「一番はあれだな、俺たちだけの卒業式」

 授業の話がひと段落すると、役場で働いている田川という男が口を開いた。みな、その一声にふんふんと頷く。
 葬儀のとき、「先生は私たちのためだけに卒業式を開いてくださった」と河合は言った。そうだ。自分はこの言葉に引きずられるように、ここに来たのだ。

「俺たちだけの卒業式?」

 思わず復唱した。全員の視線が、一斉にこちらに集まる。どうやらみんな話したくて仕方がないようだ。

「そう。28年前の列車脱線事故を覚えていますか? まだ、一也さんは小さかったから記憶にはないかな……」

 微かに記憶の中に引っかかるものがあった。やむ気配のない吹雪の先を見つめる母の目、テレビ画面にすべり込むニュースの速報。
 たしか、大吹雪の日に列車が横転したのだ。亡くなった人はいなかったと思うが、負傷者などについての記憶はない。ここは大昔のことをつい最近の出来事のように語る大人たちが住む、退屈で小さな街だ。そこで、起きた大きな事故。子ども心にただ事ではないと感じていた。

「覚えてはいます。…ただ、詳細はあまり記憶にないですよね。その列車事故と父に、どんな関係があるんですか?」

 疑問をそのまま口にした。その日、家に戻った父がその列車事故の話をした記憶はない。それに、父は車通勤だったため、列車事故に巻き込まれることもないだろう。なにがあったというのか。

 田川が疑問を汲んで言葉をつないだ。

「あの列車事故は、高校の卒業式の日に起こったんです。ちょうど通学に合わせた時間帯の列車で、私たちもそこに乗り合わせていました。
 事故は突然。吹き荒れる吹雪に列車が横揺れになったかと思うと、一瞬でガガーンとひっくり返りました。悲鳴をあげる暇もなかった。次に目を開けたときは、乗客全員が倒れた状態でした。目の前には、友達の頭があって、学生カバンやら靴やらが散らばっている。体を持ち上げて周りを見渡したものの、状況を把握するのに時間がかかりました」

 乗客は、通学中の生徒や高齢者が中心だった。この街で生きていくには、車は必須だ。大人たちの移動手段は、ほぼ車となる。必然的に列車を利用するのは、通学生と老人だった。

 田川の話に、女性たちが少しずつ補足をしながら話を進めた。
 横転したのは高校の最寄り駅のすぐ近く。事故現場からは歩こうと思えば歩ける距離だった。大きな事故であったものの、致命的な怪我をしている人はいない。高校生たちの多くは、吹雪が少し和らぐのを待ち、自分で歩いて学校に向かった。

 しかし、父のクラスの生徒たちはその場を去らなかった。正確には、立ち去ることができなかったのだ。         <つづく>

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