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IR資料から業績予想モデルを作る方法

こんにちは、上原です。

普段はX(旧Twitter)で主に情報を発信していますが、今回はIR系Advent Calendar 2023に参加させてもらうことになり、久々にnoteを投稿しています。

僕自身にIRの経験はありませんが、セルサイドアナリスト、バイサイドアナリスト、ロングオンリーのファンドマネージャー、ロングショートのファンドマネージャーという4つの職種を経験したことがあるので、機関投資家の視点での記事を書かせていただきます。

何を書こうかすごく迷ったんですが、今回のnoteのテーマは「IR資料から業績予想モデルを作るプロセス」としました。

決算直後にIR資料をどう読み解くのかはさんまのIPOさんの記事がバズり散らかしているので、このnoteではIR資料からどのように情報を拾って、業績予想のモデルに落とし込んでいくのかを、具体事例を交えてお見せしたいと思います。


なぜ業績予想モデルを作るのか?

そもそも、なぜ業績予想モデルを作るんでしょうか?

個人投資家で業績予想を作って投資をしている方はかなり少ないと思いますが、機関投資家はロングオンリーの長期投資家だけでなく、ヘッジファンドなどの短期投資家でも業績予想を作成して投資をすることが多いです。

業績予想を作る目的は大きく分けると2つあります。

1つ目の理由は「投資ストーリーを数字に落とし込むため」です。

これから企業がどんな姿になっていくのかを予想して、それを売上、利益、キャッシュフローという数字に落とし込んでいきます。

その上で、コンセンサス(市場の予想)と自分の予想にギャップがあれば、それが投資チャンスとなります。

2つ目の理由は「会社に対する理解を深めるため」です。

業績予想を作る際は、会社が開示しているいろんな数字を見ながら売上ドライバー、費用構造、競合との違いなどを考えます。それが結果的に会社に対する理解へとつながります。

会社側はIR資料でいろんなことを開示していますが、定性的な情報だけだと何が重要で何が重要でないかの区別がつきにくいことがあります。

ですが業績予想モデルを作ると、変数を動かすことで売上・利益がどれぐらい変化するかを定量的に見ることができるので、株価にとって重要なものが明確にわかります。

業績予想を作る過程で、説明会資料を読むだけでは分からなかった新しい気付きがたくさん出てきます。

業績予想モデルを作る3ステップ

続いて、業績予想の作り方をざっくりと解説します。

業績予想モデルの作成には3つのステップがあります。それが「①分解→②再構築→③予想」です。

モデルの作り方は業種やビジネスモデルによって千差万別ですが、だいたいこの流れで予想を作ります。

まず分解のフェーズでは、IR資料を見ながら会社の業績を細かく分けていきます。セグメント別の売上・利益を入力することから始めて、サブセグメント別の売上高やそのKPI(数量、単価、市場シェアなど)を入力していきます。

次に、業績に影響を与える大事なもの(KPI)を厳選して、業績予想モデルを再構築します。①の分解で入力したデータであっても、業績への影響が小さいものはここで除外します。

最後に、会社の経営計画や市場のトレンドなどを参考にKPIの見通しを考えて、業績予想を作成します。

これだけだと抽象的で分かりにくいと思うので、名刺管理サービスを提供しているSansan(4443)を例に挙げて、IR資料から業績予想モデルを作成していくプロセスを具体的に解説します。

Sansanのビジネスモデル

業績予想を作成するために、まずは会社のビジネスモデルを把握しておきましょう。ビジネスモデルを理解しておかないと、業績予想を作る上で大事なKPIを選ぶことができません。

Sansanは主に3つのサービスを提供しています。名刺管理サービスのSansan、オンライン請求書のBill One、名刺管理アプリのEightです。

知っている方も多いと思いますが、Sansanは名刺のデジタル管理をサブスクリプションで提供しているSaaS企業です。交換した名刺をスキャンしてデータ化することで、会社全体で顧客との接点を管理できるようになります。

もともとは名刺管理を目的として始まったサービスですが、今は営業DXサービスへとプロダクトが刷新され、名刺だけでなく商談やセミナーなど名刺以外の接点情報をSansanで管理できるようになりました。

Sansanのサービス概要

価格はホームページでは公開されていませんが、契約開始時に今ある名刺のデータ化と導入支援のための費用が初期費用としてかかり、その後はランニングコストとしてスキャナと企業規模に応じたサービス利用料が月単位でかかります。

2025年8月時点での契約件数は9,067件で、1契約当たりの月次ストック売上高は18.9万円となっています。

この時点で、業績予想を作る上では契約件数や月次単価が重要になりそうだな、ぐらいの目星をつけておきます。

もう1つ、2020年からSansanが始めた新サービスがあらゆる請求書をオンラインで受け取れる「Bill One」というサービスです。郵送やメールで発行された請求書でも、Bill Oneを経由するとデータ化されてクラウド上で一元管理できるようになります。

こちらも利用企業が急速に伸びていて、有料契約当たりの月次ストック売上高はSansanよりも高い20.7万円となっています。SansanもBill Oneも、月次解約率が1%未満とかなり低いことが特徴的ですね。

あとは名刺アプリのEightもありますが、事業規模が大きく成長が期待されているのはSansanとBill Oneなので、この2つの事業を中心に業績予想を作っていこうと思います。

①業績の分解:IR資料から業績データを入力する

まずは業績予想モデル作成の1ステップ目、業績の分解から始めます。

最初に決算短信からセグメント別の売上と利益を入力しましょう。ちなみにSansanの場合、通常の営業利益とは別に株式報酬関連費用やM&A関連費用を除いた調整後営業利益も開示されているので、両方入力していきます。

その他セグメントは金額が小さいので、今回は調整額とまとめてしまっています。

決算短信のセグメント情報
セグメント情報を入力したエクセルシート

次に、各セグメントの内訳やKPIをそれぞれ入力していきます。入力するデータはIRページの説明会資料や決算補足資料を参考にしました。

SansanのIRページ

余談:Sansanの株価バリュエーションはなぜ高いのか?

余談ですが、SansanはIRの情報開示が素晴らしいですね。決算説明会の書き起こしは質疑応答も含めてまとまっていますし、決算で関心が高そうな事項もまとめてPDFで公開されています。

説明会の資料でも①Sansanが解決する社会課題、②潜在的な市場規模、③事業KPIのトレンドがわかりやすくまとまっています。Sansanがこれからどのように事業を拡大していくのか、最大でどれぐらいの成長余地があるのか(潜在的な市場規模)をイメージできるので、長期的な業績予想のモデルを作りやすいです。

「会社の長期的な姿をイメージできる(定性的なイメージだけでなく、数字に落とし込める)」というのは株価バリュエーションを考える上ではとても大事なことだと思います。

定性的な成長ストーリーだけだと、将来的にどれぐらいの利益になるのか、人によって予想する数字にばらつきが出ます。そうなるとそのばらつきがリスクとなって、株価が遠い将来を織り込みにくくなります。

ですがSansanの場合、定性的な成長ストーリーだけでなく、それを定量的に数字に落とし込むための材料まで提供されているので、長期的な利益予想のばらつきが小さくなります。その結果、株価が遠い未来を織り込みやすくなり、株価バリュエーションが高くなります。もちろんSansanの競争優位性の高さ、競争に巻き込まれるリスクの低さも高いバリュエーションの一因だと思います。

話を戻して業績データを入力する

話を戻して、決算資料からサブセグメント別の売上高(SansanとBill Oneの内訳)や各サービスの契約件数、月次単価を入力したのが下のシートです。

セグメント別の売上内訳とKPI

あとは利益を予想するために費用の内訳も入力しました。

Sansanの費用内訳

②業績の再構築:情報を取捨選択して予想モデルを作る

続いて、入力したデータの中から業績予想に必要な大事なものだけを抜き出して、予想するためのモデル式を作っていきます。

Sansanの売上高の予想はとてもシンプルで「契約件数×単価」で予想の式が出来上がります。

ただしエクセルに入力した契約件数や単価は期末時点のものであることには注意が必要です。年間の売上を予想するためには「契約件数と単価の期中平均」を使う必要があります。その点だけ注意して、必要な情報だけを抜き出して売上高を予想するための式を入力していきます。

SansanとBill Oneそれぞれについて、期末の契約件数と単価(契約当たり月次ストック売上高)を予想すると、期中平均の契約数と単価が計算されて、契約件数と単価の掛け算でそれぞれのストック売上高が予想される、という流れです。

エクセルの黄色いセルが、契約件数と単価がどれぐらい伸びるのか、自分の予想を入力する場所となっています。

Sansanの業績予想モデル

それぞれのセルに入力されている計算式の解説は以下の通りです。

計算式の説明

ちなみに、契約件数と月次ストック売上高はいずれも「前年比」で予想するのではなく、前年差(つまり毎年何件契約が増えるのか、いくら単価が伸びるのか)で予想を作成しています。

事業規模が大きくなっていくと、規模が小さい時と比べて「前年比を維持すること」のハードルが高くなっていきます。100億円の10%成長は10億円の増収でいいですが、1,000億円の10%成長には100億円の増収が必要です。急成長企業の場合、過去の前年比をそのまま予想に当てはめてしまうと、将来の予測を過大評価してしまいます。

続いて費用の予想ですが、今回はシンプルに売上対比で費用を予想することにしました。SaaS型のビジネスモデルの場合、規模の経済が働くので売上が増えると販管費率は下がっていきます。

正直今回のモデルはちょっと手抜きなんですが、ちゃんと予想しようと思った場合は「1契約獲得あたりの販促費」や「会社の規模に応じた全社費用と人件費」などを考慮してコストを予想する必要があります。

また、製造業や小売業といった他の業種だと利益と費用の予想のやり方がまったく変わります。例えば製造業の場合、売上の増加に対して限界利益がどれぐらい増えるか、固定費の増減はどれぐらいか、売上ミックスの変化による収益性の変化はあるか、といったことを考えながら「前年からの利益の増減」で予想を作ることが多いです。

業績予想の作り方(3ステップの再構築の部分)は業種によってやり方が変わってくるので、詳しくはまた機会があれば別のnoteでまとめようと思います。

③業績予想の作成:会社の計画や市場の動向を参考にする

ステップ①で業績を分解し、ステップ②で必要な情報を取捨選択して業績予想のモデルを再構築しました。

あとは契約件数や単価、販管費率といったKPIの予想を入力すれば業績予想が完成します(上のエクセルファイルの黄色いセルの部分です)。

予想数値を入力する時は、
・会社の経営計画、説明会でのコメント
・市場のトレンド
・同業他社のコメント

などを参考にしながら、自分の考えを数字に落とし込んで入力していくイメージです。

ステップ②まででは、Sansanでは契約件数は毎年500件ずつ、月次単価は5,000円ずつ拡大、Bill Oneでは契約件数は毎年800件、月次単価は20,000円ずつ拡大という前提を置きましたが、1Qでの進捗状況や以下にまとめた会社からの方針を受けて、強気な予想で作り直してみました。

それがこちらの売上高予想です。

営業利益の予想は以下の通りです。販管費については、けっこうアグレッシブに費用を使う予定のようなので、今期は利益率ほぼ横ばい、来期から規模の拡大に沿って利益率が上がっていく想定にしました。

今回は会社のコメントをそのまま信じて予想を入力しているので、会社側が示しているガイダンスとほとんど変わらない予想になっています。実際には、会社の予想に保守的・強気な部分はないか、上振れ余地・下振れリスクがないかを考えながら、自分の考えに基づいて予想の数字を入力していきます。

その上で、出来上がった数字と市場予想(コンセンサス)の数字を見比べて、そこにギャップがあれば投資チャンスとなります。

以下、23年5月期と24年5月期1Qの決算資料の中で、業績予想の作成に役立ちそうなスライド・Q&Aの抜粋です。

全体感

  • 調整後営業利益の成長率を売上高成長率よりも高い水準に保つ方針

  • 24年5月期はアグレッシブな採用計画、本社移転、Bill Oneでの請求書受領センター移転などコストが重くなる

  • 広告宣伝費も、インボイス制度の前後で最後のワンプッシュとして積極的に費用を透過する

Sansanの見通し

  • 日本の労働人口のうち、Sansanのカバー率は3%程度。まずは現状の数倍の規模を目指す

Bill Oneの見通し

  • 約200万件の国内企業数にたいして現在の有料契約件数はわずか1,581件。インボイス参画企業数も約9万社いるため、国内の開拓余地は大きい。

  • 24年5月末のARRの見通しを「60億円以上」から「70億円以上」に上方修正

Eight事業の見通し

  • 24年5月期は通期での黒字化を目指す。そのために売上成長率は低下するが、Eight Teamの価格戦略見直しなどにより10~17%の売上成長を目指す

EPSの予想

最後に、営業外損益や税金を予想して、EPSの予想まで落とし込みます。

正直、ここはかなり適当な予想です。営業外損益も特別損益もゼロとして、税率は以上項目が何もない前提で30%としました。税率については、有価証券報告書の税率の項目が参考になると思います。

純利益・EPSの予想
有価証券報告書の税率に関する表記

今回の前提に基づくと、3年後(26年5月期)にSansanの営業利益は50億円まで拡大して、その時のEPSは23.8円となります。

2023年12月18日の株価が1,617円なので、この予想に基づくとPERは68倍です。3年後の予想で見てもPERはかなり高いので、今の株価はさらに高い成長、より遠い未来を織り込んで形成されていることになります。

ちなみに、バフェット・コードでコンセンサス予想を見ると純利益は24年5月期で764百万円、25年5月期で1,801百万円となっていたので、僕の予想よりもコンセンサスの方が強いです。売上予想は僕の方が少しだけ強いので、コンセンサスでは販管費率の低下を僕よりも強気に織り込んでいるのかもしれません。

バフェット・コード

まとめ

ちょっと途中からだんだんと手抜きが目立ちますが(特に予想の作成の部分)、機関投資家の人たちはざっくりとこのような流れで業績予想を作成しています。

投資する立場からすると、Sansanのように業績予想の作成に必要な材料(事業KPI、将来の業績に対する示唆)をきちんと公開してくれている会社は、業績予想を作りやすいのでとてもありがたいです。

投資家が将来の業績のイメージを持ちやすい会社だと予想のばらつきが小さくなるので、リスクの低下(資本コストの低下)と株価バリュエーションの向上につながると思います。


以上になります!

業績予想を作ってみたい方、IR資料を作成している方々にとって少しでも参考になれば幸いです。

このnoteが参考になった方は「noteへのスキ」や「以下の投稿へのRT&いいね」などをしてもらえたらとても嬉しいです。反響が多いと今後の執筆モチベにつながるので、ぜひよろしくお願いします。


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