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サッカークラブ経営の新常識:マルチクラブオーナーシップ(MCO)の成功法と落とし穴

こんにちは、Canvas代表の小黒です。
今回は、マルチクラブオーナーシップ(MCO)についてまとめてみました!サッカークラブ経営に大きな変革をもたらす「マルチクラブオーナーシップ」。
その興隆の背景や、裏の事情に迫っていきます。


マルチクラブオーナーシップ(MCO)とは

マルチクラブオーナーシップは、複数のサッカークラブを同じ組織や企業が所有・運営するビジネスモデルです。異なる地域やリーグに所属するクラブ同士が同じオーナーによって所有され、経営されることで、ビジネス面、スポーツ面で様々なシナジーを生み出しています。

なぜ今、注目されているのか

これだけ広く注目されるようになった一番の要因は、マンチェスター・シティを筆頭としたシティフットボールクラブの成功が挙げられます。彼らが経済面、スポーツ面で大きな成功を残したことで様々な企業が参入してきています。またアメリカ系投資会社を筆頭に金融系のプレイヤーが参入してきているのも要因です。 金融系のプレイヤーが増えることで、いわゆる投資ファンドのようなポートフォリオ戦略(後述)をサッカーにも取り入れ出しており、そのわかりやすい形がマルチクラブオーナーシップ制度ともいえます。アメリカ系の投資ファンドが関わる要因として、主に北米で、メディア放映権が大きく伸びていることが挙げられます。欧州クラブのブランド資産も大きなポテンシャルがあると考えており、こういった理由からプライベート・エクイティが参入している要因となっています。

どれくらいの規模になっているのか

UEFAの調査によると、現在世界180以上のクラブが複数クラブに属しており(2012年には40未満)、6,500人以上の選手がMCO系のチームに所属していることが明らかになっています。

マルチクラブオーナーシップのメリット

①リソースの最適活用

最大のメリットは、 人材やシステム、クラブ経営のノウハウなどありとあらゆるリソースを複数のクラブで共有できることです。これによりクラブ運営にかかるコストの効率化やノウハウの蓄積が可能になります。以下に具体例を記載します。

1.1スカウティングデータの共有化
今まで各チームで行っていたスカウト活動を1つのデータベースに集約することでより効率的かつ網羅的にスカウト活動を行うことができます。通常ヨーロッパのクラブではヨーロッパだけでなく南米やアフリカ、アジアなど世界中にスカウトネットワークを構築する必要があり、コストがかなりかかる、かつスカウト一人ひとりのカバー範囲がとても広い状況でした。これらを一つのデータベースに統合することでスカウト活動の効率化がおこなわれ、また抜けもれなく選手をスカウティングできるようになってきています。

1.2スポンサーの共有
例えばイングランドのクラブにスポンサーしている企業がドイツへのビジネス展開も考えている場合、ドイツのクラブを保有していれば、イングランドのクラブを通じてすぐに紹介することが可能です。これにより、グローバル企業へのアプローチが可能になります。

1.3ソフトウェアシステムの共有
上記のスカウティングシステムなども含んだクラブ運営にまつわる様々なソフトウェア等も共通化することで、効率化、コストカットをすることができます。

②プレイヤートーレディングでの収益化

選手をクラブ間で移籍させることで収益化が可能となっています。
例えば三笘選手の場合、川崎からブライトンに移籍後、すぐに同グループのユニオン・サン=ジロワーズにレンタル移籍しています。ここで ヨーロッパサッカーに適応させることでプレイクオリティーを上げ、結果ブライトンで大活躍しています。 当然、活躍とともに大きく移籍金を高めることができ、ブライトンから移籍した場合、ブライトンは大きな収益を得る事が想定されます。

【三笘選手の移籍金推移】
・川崎→ブライトンの移籍金:推定300万ユーロ
・現在の三笘選手の移籍金:推定5,000万ユーロ(2024年1月時点)

このように、 選手の状況やクオリティーに応じて適切な環境を与えることで選手の成長を促し、結果として移籍金で大きな収益を上げることが出来るようになっています。
ここが重要なポイントなのですが、ブライトン→ユニオン・サン=ジロワーズ→ブライトン、という移籍がMCOグループ内で完結している=グループ内の取引となるため、資金はグループ内で動いていくこととなります。そのため自社グループの中で選手の価値を上げることができてしまいます。
クラブの目線から見ると、なるべくコストを抑えながら選手を段階的に成長させてクラブの強化に繋げられます。

③選手の育成&強化

選手目線から見てもメリットがあります。選手の成長に合わせてグループの中のレベルで段階的にステップアップさせることが可能です。要はグループ内でキャリアパスを引くことができます。

例えば 日本代表の板倉選手を例に挙げると、2019年に川崎フロンターレからマンチェスター・シティに移籍しました。そのタイミングではすぐ出場機会得ることが難しいため、一度もプレーすることなく、すぐグループ内のオランダのフローニンゲンに移籍し、出場機会を得ます。ここで経験を積んだあとシャルケでのプレーを経由し、現在ではボルシア・メンヒェングラートバッハ(グループ外)で活躍、更なるステップアップが期待されています。

選手側からすればグループ内で出場機会を得ながらステップアップできますし、
そういう意味で、クラブ、選手にとってウィン・ウィンの仕組みと言えます。

④リスク分散

上記のような効率化をすることで経営の安定度を高め、また選手にバリューアップの機会を提供することで、一チームに投資するよりも、複数チームに投資するほうがリスクを低減させることができます。
サッカークラブへの投資には、シーズンの成績が悪ければ降格する可能性があるというリスクが伴います。リーグのディビジョンとスポンサー収益や観客動員などは密接に関わるため、いくらビジネスサイドで良い実績を収めてもサッカー面が振るわなければ降格(=売上ダウン)してしまうためビジネス的にはリスクが高くなってしまいます。

しかし、複数のクラブを保有すれば、ポートフォリオが分散し、リスクもある程度分散することができます。
例えば

・ある一つのクラブが降格しても、他のクラブが昇格/上位進出することで、チーム成績のリスクを分散。
・選手獲得時に、1つ目のクラブで活躍できなければ、他のクラブへ移籍させ活躍の場を提供→選手の保有価値アップをさせることが可能。(選手獲得のリスク分散)

といったことが可能になります。

これは金融におけるファンドやベンチャーキャピタルと同じ発想で、一つの会社、銘柄に投資するのではなく複数に投資することで期待リターンを上げる、という手法をサッカーに持ち込んでいる形となります。

マルチクラブオーナーシップのデメリット

①公平性への疑念

同じオーナーが複数のクラブを所有する場合、これらのクラブが同じリーグや大会に参加する可能性が生じます。
例えば先程の例でいうと同じオーナーのブライトンとユニオン・サン=ジロワーズが ヨーロッパリーグで対戦する可能性があります。 ブライトンが勝ってほしいとオーナーが思った場合、ユニオンに対して八百長につながる何らかの指示をすることも理論上できてしまいます。こういった場合、スポーツとしての公平性が損われてしまう可能性があります。

規制が強化される可能性も
事実、UEFAは所有権ルールの見直しについて話しています。
UEFAや主要リーグの運営組織が、同じ大会に参加するクラブを同一グループが直接支配することを認める可能性は、識者の中でも見解が別れています。しかし一方で、RBライプツィヒとレッドブル・ザルツブルクは、UEFAからチャンピオンズリーグへの出場許可を得た前例となっています。
このことからUEFAを始めとした各団体は、ビジネス的なメリットと、競技としての公平性を天秤にかける難しい舵取りを求められています。

MCOが普及した裏の事情と落とし穴

また、MCOが普及した裏の要因として、エージェントグループとの関係性も指摘されています。実は、FIFAが2015年4月に選手の第三者所有(クラブではなく、代理人やグループが選手の経済的権利を所有すること)を禁止して以来、複数クラブによる所有が急増しています。

第三者所有権とは、代理人や組織が選手の移籍金に関する権利を所有し、対価を支払ってクラブに貸し出すというもので、主に南米で広く行われていました。簡単に言えば、所属クラブではなく、代理人や企業が選手の保有権を持つことで移籍金を得る仕組みを作っていました。
有名なのはカルロス・テベスの例ですね。

スポーツ報知は28日、イングランド・プレミアリーグが、ウェストハムに選手の移籍獲得で規約違反があったとして550万ポンド(約13億3000万円)の罰金を科したと報じている。
 同紙によると、ウェストハムは今季開幕前にアルゼンチン代表FWカルロス・テベスと同MFハビエル・マスチェラーノをコリンチャンス(ブラジル)から獲得する際、両選手の保有権を持つ英国のメディア・スポーツ・インベストメント社と契約したという。だが、同リーグはクラブ以外の第三者が選手を保有することを禁止しているためとのこと。

https://web.gekisaka.jp/news/world/detail/?24772-5436-fl

第三者保有が禁止された結果、第三者保有をビジネスとしていたエージェントや会社がクラブのオーナーとなり、実質的に選手の権利保有を進めています。このように選手の保有権を取得するための手段の一つにとして、クラブ保有及びMCOの仕組みが使われているという実情もあります。
第三者保有がFIFAによって禁止された通り、MCOもその運用の仕方や、選手の保有権の乱用とみなされる場合は、そういった方向からも規制がかかる可能性があります。

②資金とリソースの分散

先程のメリットでリスク分散という話をしましたが、裏返してみると、一社ごとの投資金額は分散=減ってしまいます。
例えば伸びているリーグ、クラブに対して1社だけに集中的に投資するほうが、結果としてクラブの順位向上や投資効率が高い可能性があります。
投資において、一つの投資銘柄に集中投下したほうが大勝ちできる可能性が高まるとの同じような話です。

マルチクラブオーナーシップの成功事例

シティフットボールグループ

シティフットボールグループ(City Football Group, CFG)マンチェスター・シティFCを母体として、世界中で複数のクラブを所有するサッカークラブグループです。
オーナーは、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ王室に属するムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン王子(Mohamed bin Zayed Al Nahyan)です。CFGはアブダビに拠点を置く投資グループで、その資本が複数のサッカークラブの所有と運営に投入されています。

所有クラブ:
• マンチェスター・シティFC(イングランド)
• ニューヨーク・シティFC(アメリカ・MLS)
• シドニーFC(オーストラリア・Aリーグ)
• 横浜F・マリノス(日本・Jリーグ)
• グイド・プント・フォルトゥナ・シッタート(オランダ・エールディヴィジ)

レッドブルグループ

レッドブルグループ(Red Bull Group)は、言わずとしてたエナジードリンクブランドのレッドブルを中心とした企業グループで、複数のサッカークラブを所有しています。グループのオーナーはオーストリアの起業家であるディートリッヒ・マテシッツです。 RBライプツィヒなどは近年の

所有クラブ:
・ RBライプツィヒ(ドイツ・ブンデスリーガ):
・RBザルツブルク(オーストリア・ブンデスリーガ):
・ニューヨーク・レッドブルズ(アメリカ・MLS):
・FCレッドブル・ザルツブルク(オーストリア・エールステ・リーガ):

終わりに

ビジネス面でもサッカー面でもメリットの多い仕組みだと感じるので、これからMCOは更に増えていくと思っています。個人的にはいくつかの巨大資本をバックに持つMCOグループが寡占を進めていき、それと同時に競技の公平性などの議論も強まっていくのではと予想しています。FIFAや主要リーグ団体は、スーパーリーグ構想などの対応を見ても明らかなように、個別クラブが大きな力を持つのを恐れており、何かしらの対策を講じてくる可能性もあるかなと。選手の立場からすると、選手の価値向上のための選択肢が複数与えられるので、その意味では非常に良い仕組みかなと思っています。

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