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『ラーメンの誕生』(岡田哲/ちくま学芸文庫)を読んで ~ラーメン県ができるまで~

総務省の家計調査で中華そばにかける外食費用は山形市が全国1位となり、ぼくの故郷・山形はいつの間にかラーメンで町おこしをするほどの「ラーメン県」になりました。山形のラーメンは、関東大震災で被災した横浜中華街の職人たちが湯治に蔵王を訪れ、そこで地元の蕎麦屋にラーメンを教えたのが始まりとする説が濃厚です。しかし、その職人たちは、なぜ栃木でも宮城でも福島でもなく、山形を訪れたのでしょうか? なぜ山形の蕎麦屋がこれほどラーメンを取り入れたのでしょうか? そこを調べていきたいと思っています。

◤気になったポイント◢

・日本における麺食はそもそも「ハレの日」文化であった
・開国直後、明治期の日本は「獣臭、油を多用する」中国料理は不人気であった。明治期は食べても牛肉であり、苦手な獣臭を消すために醤油が味付けに使われていた。本格的な素材が集まらず、豚肉が敬遠されたことが不人気に拍車をかけた。
・日清、日露戦争を経て大陸との交通が増えて華僑、留学生も増加。これによって日本の港町を中心に中国料理が広がっていく。
・大正時代になって中国料理は「外観よりも実質的な味を尊重する料理」として、濃厚な西洋料理に慣れ始めていた日本人に受け入れられ、ブームとなる。
・札幌味噌ラーメンの始まり。昭和30年代には大陸からの引揚者によるラーメン屋が多数並んでいた。当時の札幌には「札チョン族」と称する単身赴任者が多く、家庭の味噌汁を懐かしんだ。ラーメン屋「味の三平」はこうした人々に向けて、味噌汁仕立ての豚汁にラーメンを入れて提供した。
・大正時代に「ソバ不作が続いた」という記述がある。

◤本書内で紹介されている気になった文献◢

日清食品東京本社には「食の図書館」がある→行ってみる
『にっぽんラーメン物語』(講談社)
『中国食文化事典』(角川書店)
『ラーメン王国の歩き方』(光文社新書)
『21世紀ラーメン伝説』(双葉社)
『ラーメンの文化経済学』(芙蓉書房出版)


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