ミッションインポッシブル(夜中のカツ丼)
学生の時に、3ヶ月ほどマレーシアに語学研修に行ったことがある。その年はISILによる日本人拘束事件が起こった年だったこともあり、参加希望者はとても少なかった。研修中は危ない場面や文化の違いに困惑することも多かったけど、結果的にマレーシアは私にとってとても思い入れの深い国となった。
3ヶ月の研修が終わって、帰国して半年ほど経ったある冬の日に、FBのメッセンジャーでその時世話になった学生から連絡が来た。
要約すると、「卒業する前に日本(大分県)に遊びに行きたい。でもお金がないのでとても弾丸旅行になる。短い時間ですまないが会わないか?」とのこと。
私はすぐに「もちろん!」と返事をした。
当時お世話になった他の学生含め3人で日本に来るとのことだったので、短い期間でも楽しめるように何か手伝いたいなと思った。
肝心の日程を聞くと14:00に大分市内に到着して、次の日の福岡空港の夜中のフライトで帰るみたいな日程で想像以上に弾丸だった。
あらかじめ行きたいところを聞いたらざっくりと
・アニメイト(必須)
・回転寿司か焼肉
・ポケモンストア
・城(市内にある城址のこと)
・私が通っている短大
と言われたので、まぁそれくらいなら短い時間でも回れそうと判断して「任せて!」と返信した。
そして、当日彼らは無事大分駅に着いて久しぶりに再会した。私は案内役としてずっと一緒にいたが、他の日本人のメンバーも就活の合間に会いにきたりしてくれてみんな満遍なく再会を果たせた。
ちなみにこの時寄ったアニメイトで「おすすめのダークな漫画はないか?」と聞かれたので死役所を勧めた。買った後に日本語の練習で使うと言われてなんかもう少し内容が優しいのにすればよかったと後悔している。
効率よく回ったおかげで上記の行きたいスポットを制覇でき、夜ごはんは回転寿司を食べた。全員ムスリムなので、豚・酒禁止だけど寿司なら安心ということで魚料理を楽しんだ。
夜ご飯を食べ終わる頃には、3人とも結構疲れていた。休む間を惜しんで観光しているのでそりゃそうなのである。
そのうち2人はすでに寝落ち寸前みたいな顔をしていたので、ホテルに送って行った。
「明日は朝9時くらいに迎えにいくからゆっくり休んでね〜」と伝え、私も家に帰った。
帰宅してお風呂などを済ませ、大分のクロス放送特有の変な時間帯にあっているスマスマを観ていると最初にやりとりをしていた彼からメッセージが来ていた。
そこには「As one of your friends who trusts you, I have an important request.」と書いてあった。
「あなたを信頼している友人の一人として、重要なお願いがある——」
「(な、なんて格好いい言い回しなんだ…)」と思った。
なんかすごく重い雰囲気を感じたので、「い、一体どうした?」と返信すると衝撃のお願いが返ってきた。
「実は、本当はカツ丼がすごく食べたいんだ。残りの二人はとても厳格なムスリムなので二人が寝ている間にしか食べれない。」とのこと。
家で一人なのに思わず「ワーオ!」と声が出た。
でも同時にとんでもないことを頼まれたな…と思った。
そもそも時間が時間なので、今から食べれるカツ丼屋などあるのか?と考えたし、それ以前にこのお願いに答えていいのかと思った。
私も3ヶ月だけではあるが、ムスリムの生活を見てきた中で、とても勇気のいるお願いだと思った。
ムスリムって言っても実は隠れて酒とか飲んでるんでしょ?と思うけど厳格な人は本当に決まりを守っており、まさに人によるのだ。
そして、そんなお願いをしてきた彼も他の二人と同じくらい厳格だったので突然のお願いに尚更驚いたのだ。
でもよっぽど食べたいのだろうと思って、「わかった。カツ丼食べよう!トップシークレットだ!」みたいな返信をして当時付き合っていた彼氏の車を借りてホテルに向かった。
こんな時間にまだやっているのは某チェーンのかつ◯ぐらいしかなかったのでそこに連れて行った。かつ◯に向かう車中で彼はずっとお祈りをしていた。
市内から少し離れたかつ◯に到着し、席に着いた。彼は少し緊張していた。大分は観光客が多いので、やはり店にも「ここは豚肉を使用しています。」「ノーハラル」といった注意書きが至る所にあった。
彼はそれを見て小さく「ノーハラル…」と呟いていた。
席についてメニューを見ていると、彼が「ハハ…唐揚げも美味そうだな…」とか言い出したので、私はメニューを取り上げ「カツ丼!!ふたつ!お願いします!あっ!!一つはご飯半分で!」と言った。
私のノールックメニューオーダーで彼も心を固めた。
私たちの意気込みとは逆に店員のやる気はなかった「はい〜カツ丼2つッすね〜」と言っていた。
夜中ということもあり、客は当然私たちだけ。カツ丼も5分くらいで提供された。彼は最後のお祈りを済ませカツ丼を食べ始めた。
彼は無言でガツガツと食べた。
カツ丼は美味い。海を越えても美味い。
そして食べ終わった彼を見ると、うっすら泣いていた。
「美味しい。すごく美味しいよ。ありがとうね。」と言われた。
私も俗にいう鳥居をくぐってはいけない系の宗教の2世なんだが、本当に宗教ってなんなのだろうと思った。
美味しいものは、食べていいのだ。
カツ丼くらいで暗い顔なんて、罪悪感なんて持たなくていいのだ。
周りが厳しいなら、こっそりやればいいなんていうアドバイスは人によっては結構残酷だったりする。
世の中には彼みたいなどうしても毎回葛藤しないといけない人もいるのだ。
悩んで悩んで、天秤にかけないといけない人なのだ。
食べ終わった彼は、丁寧にお祈りをしていた。
帰りの車中で、「実は自分は宗教2世で、クリスマスや地域の祭りなどに出たことがなく、昔はそれが辛かった。毎日1時間以上仏壇に座って、私に起こったいいことも悪いことも、自分自身の力で成し遂げたことも全てその宗教のおかげや、せいにされてきた。」という話をした。
宗教2世(親は信仰しているけど、子はさっぱり興味ない。)みたいな状況はマレーシアではあまりないようで、彼はイスラム教という宗教をとても大事にしていたので、彼はとても驚いていた。
彼は「でも、今日の体験は死ぬまで忘れない。必死に悩んでお願いして本当によかった。アッラーも許してくれる。絶対に誰にも言わない。」と言った。
ただ、かつ◯に連れて行っただけだけど、彼が改めてよかったと言ってくれたので私も安心した。
再びホテルに送り届け、次の日彼らが福岡空港に向かうまで2回目のアニメイトに行ったりなどして時間を過ごした。
私たちは昨日のことを、まるでなかったことのように振る舞った。アイコンタクトとかもしなかった。
福岡行きの高速バス乗り場で別れを告げ、3人を見送った。弾丸だったけど、十分に楽しんでもらえたようで嬉しかった。
後日、彼のFacebookのヘッダーの画像がかつ◯の看板になっていた。
(それは…いいのか…???)と思った。
でも、全然いいのだ。うん、いいのだ。
<後日談>
後日、彼からお礼としてマレー語で私の名前が書かれたブレスレットが郵送されてきたが、私の名前はマレー語にすると日本語でめっちゃくちゃ卑猥な意味をもつ言葉だったので気持ちだけ受け取り、そのブレスレットをつけることはなかった………(すまんな。)
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