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【ホラー短編小説】インターチェンジ

もう数十年前の話だ。

僕は中国地方Y県の生まれで、大学はその隣県の大学に通った。

大学四年の頃に、仲の良い友人二人がY県の山間に自動車旅行をすると言い出した。


確かに、その付近は田園風景や山村が残り、秘湯などもある。

交通の便は壊滅的だが、自動車があれば旅行に支障はない。

僕にガイドを頼んできたが、あいにく僕は卒論に忙しく、同行することができなかった。

僕とて旅行には行きたかったが…


友人ら二人は、浮かれて旅行へ出発した。

おんぼろの軽自動車で、高速道路を進んでいくらしい。


「食(くい)」というインターチェンジで降りればその山間部はすぐだ。

友人らは特に宿泊先も決めずに、行き当たりばったりの旅に出かけた。

始めの頃は楽し気にしていた。

途中のパーキングエリアで飲み食いする写真や、山間部の写真、山村の人々にご飯を食わせてもらっている写真など、観光の様子を逐一チャットに送ってきていた。

卒論でバタついていた僕は、楽し気なその姿に怒りすら覚えたものだ。


3日経った頃、友人が不安げな様子で電話をしてきた。

ちょうど、夜の八時頃で、僕が研究室に一人残り卒論を仕上げていた時だった。


「ああ…すまんなあ、忙しい時に。この真っ暗な山間部で迷っちゃってさ」

友人は不安そうに言った。運転しているもう一人の友人も「どこだよ…」「真っ暗でなんも見えない」と呟いているのが聞こえる。


僕は地図アプリを起動して、現在地を確認するように言った。


「それが、位置情報がバグって動かないんだよ。『食集落』ってところに位置情報が止まっててさ。そこから微動だにしないんだ」


『食集落』という名前は聞いたことがなかった。だが、地図アプリに地名があるなら、そんな場所もあるのだろう。

僕は、周囲の様子を聞いた。


「別に集落なんてないんだよ。森と山に囲まれてさ。いわゆる酷道っつーか…非舗装で草ぼうぼう。車が進むのもやっとって感じの道路さ」


僕はピンとこなかった。だが、Y県にそのような酷道は少なくない。来た道を戻るようにアドバイスした。

「やってるよ。もうしばらく戻ったんだが…一向に元の道にたどり着かなくてさ。どこか、曲がるべきところを曲がり損ねたのか…同じような所をぐるぐる回ってんの」

運転手が「なんかこええよ」と呟いている。


僕は、とりあえず高架道路を探せと伝えた。高架道路を目指して、見失わないように並走すればいずれ高速道路のインターチェンジに到着するだろうと。


「いい考えだな。そうするよ。まあ、あんまり真っ暗で道がヤバくなったら、車中泊するかもしれん」電話で友人が言った。

運転手は「冗談じゃねえよ!」と叫んでいる。


僕は、気をつけろよと声を掛けようとした。その時だった。


友人が弾んだ声で叫んだ。

「おい!あった!あったよ!高架道路だ!これで帰れるぜ!ありがとよ!さすがはY県民」


僕は安堵した、夜道は気をつけろよなと言った。


「ああ、ごめんな。おかげで助かったぜ。そう言えば、俺たちが降りたインターチェンジって何て言ったかな」


『食インターチェンジ』だろうと僕は答えた。


「おお、そうか。…あ!あった!あれだ!『食IC』って案内標識あるぞ」友人が興奮して言う。

運転手も笑って「よかったあ~、帰れる」と言っている。


「なんだ、読み方ちがうじゃん」友人が言った。「KUWAREって書いてあるぞ。食(くわれ)ICじゃんかよ」

電話越しに友人が呟いた。


僕は不穏なものが、腹の底から上ってくるのを感じた。

違う、食(くい)インターチェンジだ。

くわれインターチェンジのはずがない。

少なくとも、今は。


僕は戸惑って、何も言えなかった。


「ボロボロじゃん…降りた時、こんなに古かったっけ?コケだらけで、廃墟の電話ボックスみたいだぜ…ゲートもコケまみれじゃん。おい!ETCじゃないぞ、一般だからな」

「わかってる」と運転手。


僕は何かを言おうとした。だが、余りに非科学的で、現実味のない友人の言葉が、僕を惑わした。

僕が何も言い出せないうちに、電話越しに発券機を通過し、ゲートをくぐった音声が聞こえてきた。


「なんか不気味だな、真っ暗じゃん。街灯くらいないとあぶねえだろ…田舎とはいえ。えーとH県方面な、上り線」

「オーケイ」と運転手。


僕は慌てて、すぐ止まって引き返せと言った。

嫌な予感がすると。

内側プラザに止まって、料金所の事務所を覗いてみろと…


「何言ってんだよ。お前、俺たちが怖がってるからってからかうんじゃねえよ」友人は笑いながら言った。「明日の昼に研究室寄るからな」

「おやすみー」と運転手。

そして、電話は切れた。

それ以降、現在まで友人二人には会えていない。

僕はパニックになったせいで口にできなかった。

確かに、友人たちが通る15年ほど前、「食(くわれ)インターチェンジ」というインターチェンジは存在した。

廃止になって、少し離れた場所に現在の『食(くい)インターチェンジ』が開設されたのだ。


友人が失踪して、騒ぎになってから僕はその顛末を調べた。

そもそも、この付近には『食(くい)集落』と『食(くわれ)集落』という二つの集落があったらしい。

当初は『食(くわれ)集落』の直近にインターチェンジが開設された。

集落には排他的な村民たちが住んでおり、高速道路特需を得ながらも、あまりよそ者が往来するのを歓迎しなかったそうだ。

そして、とある外国人観光客らが集落に入り込み、酒が入っていたことからトラブルとなった。

そのうち、外国人の女性一人を村民が捕まえてしまった。

農具を振り上げる村民の威迫に、たまらず外国人たちは女性を置いて逃走した。

以降は、生き残った外国人男性の供述内容なのだが、彼らは刃物などを持って、女性の奪還に村に戻ったらしい。

駐在所に駆け込んでも年老いた巡査がいるだけで、要領を得なかったらしいのだ。

外国人たちが目にしたのは、女性を縛って、家畜のように締めている村民たちの姿であったという。

一様に頭にろうそくと鉢巻をして、犠牲獣のヤギのごとき姿で横たわる外国人女性を取り囲んでいた。

次の瞬間には、仲間の外国人が、叫びながら村民の一人に包丁を突き立てた。

自分も襲われたが、余りに恐ろしくて逃げてきた…

とのことだった。

結局、村民10数名と外国人3名の遺体が間もなく発見され、猟奇事件だと新聞をしばしにぎわせることになったそうだ。

そして、そんないわくつき村落にインターチェンジは置けないとして移転となったのだった。

『食(くい)集落』に関しては、既に集落の名を「村」に変えており、排他的ではなく、観光客や観光業にも寛容であったとのことらしい。

移転先は「食(くい)」に決まった。


そんな話だった。


なぜ、僕の友人が、存在しないはずの集落やインターチェンジに迷い込んだかは分からない。

友人はどこへ行ってしまったのか、僕には知るすべがない。

今でもY県に戻ると、街中で行方不明者のチラシを目にする。

中には、古ぼけてはいるが、友人のチラシも存在する。

チラシに写る友人たちの寂しそうな表情が、僕に助けを求めているように見えさえする。


僕は今でもそのチラシを正視できない。

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