【怪談】闘う守護霊

格闘技をたしなむDさんの話。


Dさんはとあるアマチュアの格闘技大会に参加していた。

この日のために減量に取り組み、筋力トレーニングや練習を重ねて来た。


勝ち星を上げればポイントが加算され、プロ選手への道も拓かれる。


Dさんは相手と対峙していた。Dさんは赤コーナー、相手は青コーナーだ。

試合用のパンツと、ヘッドギア、グローブだけの姿である。

対戦相手もDさんと同様、胸板は盛り上がり、腹直筋は6個に割れている。

ヘッドギアの隙間から、鋭い視線を送ってきている。

相手の準備も周到のようである。


試合開始のホーンが鳴ると、Dさんは様子見とばかり前に出る。

相手は小走りに迫ってきた。

ふと、相手の左の上腕に、細い革のバンドが巻かれているのが目についた。

ミサンガのように見える。

肌と同色なので、試合前は気づかなかった。


相手はその左腕をうならせ、パンチを放ってきた。

大したスピードではない。

Dさんは右腕を固めて頭を抱えるように、ガードした。


Dさんは激しい衝撃を受けた。

まるで石で殴られたような衝撃だ。

ガードした右腕を浸透し、脳が揺れた。


とたんに脚がもつれ、言うことを聞かない。

「いいぞ!相手効いてる!」敵のセコンドが威勢よく叫ぶ。


Dさんはパニックになりながら、何とか体勢を立て直す。

続けて、もう一度左のパンチを受けた。

今度もしっかりとガードした。

だが、重すぎる衝撃を受けDさんは一瞬気を失った。


相手に追撃のため、腹部を蹴られて正気に戻ったのだった。

なんとか倒れていないのが幸いだった。

倒れていたら、審判が止めてDさんの敗北が決定していただろう。


目の前の光景がぼやけて、二重に見える。

ノックアウト寸前の兆候だった。

自分のセコンドが「まだいける!前見ろ!前見ろ」と叫んでいる。

水中で声を聴いているように、くぐもって聞こえる感じだった。


必死で相手を見た時、Dさんはおぼろげに奇怪なものを見た。

相手の左肩の後方に、巨大なお面を被った裸の男が見えた。

お面は目が丸く、むき出しにした歯が彫られ、奇怪な模様にペインティングされている。

お面の周りには、棕櫚の葉がライオンのたてがみのように飾り付けてある。

男は痩せて手が異様に長く、肌が褐色だった。

相手の真後ろに立って、まるで守り神や背後霊のようである。


「KOされかけて……幻覚でも見てんのかなオレ…」

Dさんは必死で頭を振り、気付けした。

視界が正常に戻り、なんと相手の後ろにいた褐色の男は消えていた。


その時、ホーンが鳴り、1ラウンドが終了した。

試合場の端で椅子に腰かけ、口をゆすぐ。血の味がした。


「どうした!?あんなパンチ屁でもないだろ。お前KOされかけてたぞ」

コーチが激を飛ばす。

「やばいんです」Dさんは震える声で言った「俺もそう思ったんですが、威力がすさまじい。あの左腕……何かが宿ってますよ。守り神が見えましたもん」


言ってしまってDさんはコーチに叱られるかと思ったが、コーチはそれを聞いて振り向いた。

相手を見ると、審判に何か話に行った。

審判はうなづいて、大きな声で言った。

「青コーナーの選手、腕のミサンガを取りなさい。本大会ではアクセサリーの類は禁じられています」


相手はギョッとしていた。

そして、バツが悪そうにミサンガを外した。


それから流れが変わった。

全く左のパンチが効かなくなったのだ。

何発当てられても、全く通じない。

避けるのは難しかったが、ガードすれば平気だった。

Dさんは、相手のパンチをガードして、すぐに相手を投げ飛ばし、関節技で難なく仕留めた。


試合後、Dさんはコーチに駆け寄った。

「コーチ!相手のミサンガ……よく分かりましたね!」

コーチは笑って言った。

「おれ、若い頃アフリカに旅行してたのさ。そんな時、ある国でやってた格闘技がな。呪術師がセコンドについて、お守りを体に着けて戦う格闘技だったんだよ」

「そんなものあるんですか?」

「ああ。相手のお守りを引きちぎったりして戦うんだ。俺たちからしたら異様だけどな。それで、さっき相手が付けてたミサンガ……あれは、そのお守りによく似てたんだ」

Dさんは、奇妙な話に驚いた。

自分が見た異様な守り神や、相手の奇妙なまでの強いパンチなど……思えば、そんなお守りもあるのかもしれない。

そう思ったそうだ。


【おわり】




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?