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【連載小説】宇宙警察ドラスティック・ヘゲモニー㉘「寄生虫」

平治、垣と機動部隊員が製粉工場で死闘を繰り広げている同刻

ネオシティの中心部
連島警察部本部庁舎、副部長室。

警察部副部長、つまり連島警察部のナンバー2である茶柱修(ちゃばしらおさむ)警視監のオフィスであり、拠点であり、その権力を誇示する展覧室でもある。

警察部長のワンフロア室には敵わないにしろ、歴代の副部長のポートレートが誇らしげに並び、地球の警察庁から送られた贈呈品、記念品などが一室を囲むように配置されている。

茶柱は自席に腰掛け、腕を組み、眠そうな顔をして、いやむしろ眠っているのではないかというほど下を向き、菩薩のような半眼でうつむいている。

そばには深刻な顔をした50代くらいの眼鏡の男が立っている。男は四角い眼鏡をかけ、制服を着ている。
その手の平は竹刀を長年操って来たであろう硬い豆ができている。


だが、今この貫警視正の手の平は籠手を着けた時よりも手汗が涌いていた。

今、自分と茶柱副部長を見据える二人の視線が穏やかではないからだ。

「えらいすいませんねえ」副部長の対面にいる初老の小男が言った。スーツ姿である。
地味なグレーのスーツで、相手に嫌な気を起こさない地味なネクタイ、気取らない時計や靴などを着用している。
だが、全ては地球の高級ブランド品である。

「まあ、何せ昔のからの事ですからね。大目に見てきた点はあるんですよ」男は白髪の頭をかく。
男の名はジョエル小向(こなた)台マル製粉株式会社の代表取締役社長である。

まさに今、平治と垣が生き残りの戦いを繰り広げる工場「台マル製粉」社の社長である。

「大目とか言える場合じゃないでしょう」貫警視正がきっとにらむ。「できる限り面倒ごとは起こさないと約束したはずだ。さらに我々も稼働施設を決して破壊しないよう最大限努力を現場に強いた。事業に影響が出ないように」

「そこは、ほんと、感謝してますよ。生産ラインは私らの命綱ですから」ジョエル小向は頭を下げながら言った。「一応ね。出来レースだからと言うことで、工場の幹部連には伝えたんですけどね。まさか…労組の過激連中が嗅ぎつけてくるとはねえ」

「あなたの根回しが足りなかったのじゃないか」貫が言う。

「へえ…えらくすいません」ジョエル小向が言う「ただね。どうしても開業当時からのつながりで、『筋の人』や労働組合もおざなりにできないところではあるんですよ。そっぽを向かれてストライキでも起こされたら、それこそねえ」

「スラムの住人が飢えるぞ」ジョエル小向の隣で、用意された安楽椅子に座る男が言った。「小麦工場を停止させてみろ、スラムや長屋の連中は食いっぱぐれて、それこそポリティカルディフェンダーズの工作員と暴動起こすぞ。絶対に製粉工場を停止させることがあってはならないんだ。そんなことも分からないのか。警察部は」

男に言われ、貫はたじろいだ。

男は50代前半、頭はロマンスグレーで堀の深い顔をしている。顔は若干コーカソイド系で目は青かったが、アジア的な顔立ちも混じっている。
着用しているスーツは地味な色だが、やはりハイブランドだ。

男はバッファ・康行(やすゆき)政権与党である「保守党」に属する連島衆議院議員である。
連島議会・・地球で言うところの国会に相当する。要は国会議員である。

「警察のメンツと犯罪捜査もわかるんだが」バッファ議員は貫をたしなめるような目で見て言った「先の事を考えてほしいね。ただでさえスラムが広がっているのに、仕事を増やしたいわけじゃないんだろう。予算のあてもないのに」

「メンツなど構っていませんよ」貫が静かに抵抗した。「できるだけ会社の方で抑えてほしかったのです」

「仕方ないさ。台マル製粉は巨大化しすぎた。社長の意図だって執行役員と同じかというと分からない。労組は常に本社のアラを探してる。それこそ、背中にポリティカルディフェンダーズという用心棒を立ててな。そんな中で『警察のガサ入れがあるけど、お前らは黙ってろ』なんて安直に言えないだろう」バッファが言った。

「ええもう、バッファ先生のおっしゃる通りで」ジョエル小向が言った「労組の連中は寄生虫なんですわ。私にとってはね。会社に要求したいだけ要求して、裏ではマフィアやポリティックの連中と繋がっている。要求が通らないと、腕力をちらつかせる。わしもあいつらは煙たいんですがね」

「繋がりねえ」聞いているかどうか分からない副部長が呟いた。下を向いたままである。

「ま、しかし、科学実験で生まれたぼろの土くれだったこの土地を、ここまでの経済都市に引き上げた地盤を作ったのは、労働者やマフィアの存在あってのことですからね。大量の人とモノ、カネを効率よく動かした。土くれにまみれて高層地盤を建設する労務者をマフィアが集めて、目を光らせて見守ったんですから。」説明たらしく小向がしゃべる。説得しようとしている風に聞こえる。

「その時、一介の小麦商だった創業者の小向粉次郎は、そんな人とつるんで食料インフラを整備し、公共事業に絡んだのです」と小向が続ける。「まあ、警察さんも創部当初はマフィアの息がかかった議員を頼ってたはずですよ、お忘れですかい」

「だから何だ」貫が鋭く言う。確かに、遠い過去であるが連島警察部の創部当初は、マフィアの息がかかった議員が一日警察署長をやったことがある。地球でもある話だ。

「切っても切れぬ男女の仲ってとこですかい」小向がおどけて見せる。「結局ね、締め付け過ぎは無理なんですよ。しかも、うちは去年事故で派遣の死人を出してますしね。派遣の扱いで世間からえらい批判を受けましたしね。」

貫は黙って聞いている。

「そこで、まあ当然ご遺族とね、マスコミと、労組と…『筋の人』にね。ちょっと『握らせる』と…あら不思議!」小向が手をひらひらさせる「マスコミも、従業員も誰もなにも言わなくなってね、はい忘却の彼方」

貫は顔をしかめた。

「そういうことだ。これを蒸し返されると、台マルに助けてもらってる私や保守党も困る。だから強く締め付けはできんのだ」バッファが言う「衆院選が近いのでね。ここまで言ったら分かってくれるかな。お巡りさんがた」

「分かりますよ」副部長が呟いた。今度は顔を上げた。「まあ、この前のスラム爆発事件でも、警備の手落ちは責められてる。機動部隊員が一人重度後遺症を負った。遺族は公的賠償を興すつもりらしい。さらにスラムをはじめ、あの一帯からは相当恨みを買った。保守党さんが負けたら、うちの予算もあんまり芳しくないことになりそうだ」

「来年は本部長殿のご勇退ですしね」貫がつぶやく。

「予算が減らされたとなっちゃ、ご経歴に傷がつくからなあ」と副部長。

その時、小向の携帯端末が鳴り、小向が電話に出る。

「え!なんだそれは!話が違うやないか!」小向が突然声を荒げ、言い合いを始めた。

そして、数十秒同じ調子で話した後、端末を切った。

その眼は先ほどまで見せたおどけた表情は一切なく、敵意に満ちた顔で副部長を見据えた。

「不器用ですな!警察さん方」と小向「中の従業員からね、警察が撃ち合いを始めて、小麦庫を吹き飛ばしたと連絡がありましたよ。どうしてくれるんじゃ!」

小向の突然の怒鳴り声に、狼狽する貫。
「撃ち合いだと?」途端に副部長の顔が鋭くなり、貫をにらむ「把握してないのか」

貫は激しく狼狽し、滝のように汗を流し始めた。「現場からはそのような情報は入っていませんが…至急確認させます!」

「穏便に済ます言うたやんけ!」小向が副部長の机をバンとたたいた。「生産ラインになんかあってみい!ネオシティの人間飢え死にさせたいんかあんたら!」

副部長はじっと小向を見据え「次同じ事をやったら職務執行妨害で留置所行きだぞ。商売人が」と言った。

「やってみいや!」小向が怒鳴る。

「待ちなさい。子どもじゃあるまいし」バッファが呆れたように言った。「小向社長。気持ちは分かるが落ち着いて」

「先生!わしは辛抱重ねてきたけど、どたまに来たんですわ。いつも下らん警察のメンツに邪魔されて」

「警察のメンツと決まったワケじゃない。労組が連れてきた反社が口火を切ったのかも知れんでしょう」バッファが言う。「反社や労組の過激連中から手を出したんなら、仕方ないですよ」

「電話じゃあ、警察の方から発砲したと聞きましたぜ。それに『筋もん』はさっさとトンズラしまさあ。労組がそこまでやることはないだろうし」小向がやや落ち着きを取り戻し、椅子に座った。「まあ、ポリティックなら…いやあどうかなあ」

「ふむ…」バッファ議員は突然閃いたように体を起こした。「小向社長、いい方法思いつきましたよ。みんなが幸せになれる方法をね。多少の犠牲はあるかもしれないが」

「なんですかい?そりゃ」小向社長が怪訝な顔で聞く。

「警察の皆さんも、悪い話じゃないと思います」とバッファ議員「『虫下し』をやりましょう。この事件でね」

「虫下し…」副部長は復唱するようにつぶやいた。「ああ、そういう事か。それしかないですかね、むしろ」

「ちょっと待って、わしには何のことだか」小向社長が戸惑う。

「『寄生虫』。あなたが言ったんですよ。社長」とバッファ議員が言う。「社長の目の上のたんこぶをこの際追い出しちゃいましょうよ」

その時、あっけにとられ茫然としていた貫警視長を副部長が怒鳴りつけた。

「何を突っ立ってる!」副部長の眠そうな顔は消え去り、般若の如き形相だった。「さっさと確認に行ってこい、このクソ無能が!来季の人事楽しみにしとけよ」

貫警視長は年齢と階級に見合わぬ素早さで、副部長室を飛び出していった。



つづく


〇 画像について


また、記事の絵はAI画像生成アプリ「AI Piccaso」を使用して生成されたものを掲載させていただきました。

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