【怪談】体当たり老人

30代男性Kさんの話


Kさんは妻と子供たちを連れ、都会の駅にやってきた。

子どもたちの願いで、電車に乗って遊びに来たのだった。


Kさん一家は田舎に住んでいるものの、電車を乗り継げばさほど時間をかけずに発展した街に行ける。


一家でプラットフォームの階段を上がっていた。

妻と子は手をつないで上がり、その後ろをKが歩く。


スーツを着た老人が妻と子の前に向かってきた。


階段は「左側通行」と注意書きが一段一段表示されている。

Kさんの妻と子供は左側を歩いていた。

老人はわざわざこちらを逆行してきて、妻と子の間を通ろうとする。


妻と子は困惑したが、押し寄せる老人を避けるにも避けれず、ついに繋いでいた手を離してしまった。


老人はテープカットでもするように、離れた手の間を憮然と歩いてくる。


Kさんはそれを見て憤慨した。


都会の駅には、わざわざ女子供に体当たりをして困らせ、その下劣極まる自尊心を充足させる男の風上にも置けぬ糞野郎がいると聞いている。

なるほど、その手合いか。


Kさんは、まっすぐ向かってきた老人を避けなかった。

真正面から向かって、お前が避けろと言わんばかりに立ち塞がる。


老人は痩せこけたスーツ姿。

一方Kさんは、体重が3桁に近い柔道家である。


結果は明らか……


と思えたが、Kさんの身体に老人の身体が触れた瞬間だった。


墓石のようなずっしりとした、無機質な重みがKさんによりかかった。

Kさんの強靭な腰や、背骨も軋んだ悲鳴を漏らす。

危険を感じ、Kさんはパッと避けてしまった。

その瞬間、階段で足がもつれ、盛大によろけてしまった。


老人は暴走列車のごとく、ずんずんとプラットフォームへ降りていった。


「なんだよ!迷惑だな」Kさんが悔し紛れに吐き捨てる。

すぐに駅員がやってきた。

「大丈夫ですか?」

「ええ。見ましたか?とんでもない奴ですよ」Kさんは男の方を指さした。


「え?」駅員はぽかんとする。

「いや、私を押しのけたでしょう。スーツのおじいさんが」

「いえ……お客様がお一人で転けそうになっていたので……お声掛けしたまでで」

駅員がそう言って、Kさんと妻は顔を見合わせた。


そんなはずはない。右側通行をする迷惑老人がいた。

Kさん夫婦はそう主張した。


駅員は、そんな人はいなかったという。


しばし押し問答した挙げ句、特別に防犯カメラの映像を見せてもらった。


映像を見て夫妻は愕然とした。


確かに夫妻は、何もいないのに子供の手繋ぎを断たれ、Kさんが一人でよろけていたのである。


防犯カメラを操作する、初老の駅員が言った。

「時々あるんですよ、こういうことが。大きな駅なんでね、ひとの想いも沢山あるでしょうから……妙なモノもよく出るんでしょうね」


【おわり】

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