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「音楽・平和・学び合い」(23)

◆【実践研究論文】 
 【不登校をめぐる教師としての「自己物語」の変容】(4)
  ~中学三年男子生徒の事例を通した「ナラティブ的探究」の試み~

1.事例の背景
 フィールドテキストの最初では、本事例の背景が概観されている。以下に紹介する。
〈フィールドテキスト1〉
生徒A                              
家族構成:母、妹(小4)、祖父・祖母(母方)との5人家族
経緯:小学校4年時、体が大きいことを理由にクラスでいじめに遭い、それを機に不登校状態となった。小6の時、小2の時にもってもらった女性担任に戻り、養護教諭との連携もあり数回登校できたが、中学校では入学受付と、2年時の進級に関わる校長面接の2回のみ登校。1・2年時はB先生が担任し、月1回ペースの家庭訪問を重ねたが、本人とはほとんど会うことができなかった様だ。
 4月から担任が替わり、始業式(6日)に電話であいさつ。祖母と話す。8日、母親と電話で話し、13日夕方に家庭訪問することとする。13日18時、家庭訪問。母親が強く促して、本人部屋から一瞬顔を出す。柔和な表情。背は高い。声は発せず。こちらから「はじめまして、大きいねえ、元気そうだね、よろしくね」と声をかける。その後、1時間ほど母親と、これまでの経緯と現状、今後の方針などについての話ができた。不登校となった時期と両親の離婚の時期が重なり、小学校の頃は本人に心理的な危機(抑うつ?)が見られた時期もあるが、中学に入ってからは安定している様子。母親は元小学校教員で、父親の暴力が子どもにも向かったことから離婚を決意。その頃から心理カウンセリングを学ぶようになり、現在は 本州某県に本部を置くNPOに所属するカウンセラーとして、講師業などをしているようだ。
 現在も小学校時代からの友人(C、D)らがよく遊びに来てくれるようで、週末は彼らと出かけて、外で遊ぶことが多いとのこと。平日はほとんど家にいるが、完全な引きこもりではないので、さほど心配はしていない様子。母親の見立てとしては、小学校時代のいじめられ体験から、特定の生徒に苦手意識を持っており、学校に行くとその子たちに会ってしまうことが、登校への抵抗感となっているのではないかとのこと。大きな体と比べて内面は幼く、上手く話せないところもあり、感受性が強すぎるとも言っていた。
現在、祖父母の理解があり家事を切り盛りしてくれるので、母親としては厳しく父性的な役割で接することが多いとのこと。困ったことがあると祖母を頼って甘える事が多い様だ。妹ともよく話しており、家庭内は安定していると母親は認識している。
 こちらからは、とにかく本人の発達・成長のペースに併せて支援していきたいとの方針を伝え、無理矢理登校を促したりするつもりはないが、義務教育最後の1年なので、卒業後の進路を見据えて、適切な働きかけができれば良いと考えている旨をお話しした。
 自分自身の来歴(いじめられ経験があること、同じくいじめから不登校となり、その後精神疾患を長く患っている家族がいること、そのことから個人的に学びを深め、不登校対応の専門家:各種フリースクール関係者に知り合いが多いこと…)などをお話ししたところ、興味を持って下さり、私への安心感や信頼感を持っていただけたように思われる。

〈リサーチテキスト1〉
 改めて読み直すと、不登校になったきっかけに関する聴き取りが薄く、Aの生育歴や小学校高学年で体験したであろう危機的状況についても、あまり詳しく聴けていないことが感じられる。これは、その後の関わりにおいても、深く立ち入ることのないままであった。
 福井雅英は、「個別の子どもを深くつかむ」為に、生育歴よりも「生活誌・生活史」にこだわりたいと書く。18)これはエスノグラフィーやライフヒストリーに対する私の研究的関心19)とも重なる指摘だが、にもかかわらず「なぜ深く立ち入らなかったのか」について考えてみる必要があるだろう。   
 そこには、母親が息子との心理的葛藤を乗り越えるためにカウンセリングを学び、その専門性を通して子育てをしているということへの信頼が第一にあったように思われる。加えて、自分自身の来歴における「いじめ・不登校・家族の機能不全」といった問題群が、未だに解決されないまま自らの核を形成しており、トラウマを回避する様な心理機制が働いていたようにも感じられる。母親との初回の面談から、自らの個人的来歴を語っていることが注目されるが、Aのストーリーと援助者としての私のストーリーを「いじめ・不登校・家族の機能不全」といった観点から重ね合わせて、「人生のカリキュラムを共に模索する」20)ことが暗黙に含意されていたとも考えられる。

 その後Aとは、電話では話せるものの、直接顔を見て語り合う機会を持てないまま、3ヶ月近くの時間が経過した。以下、中学校の現場で一般に重視されている「生徒指導」と「学習指導」という二つの側面からそれぞれエピソードを抽出し、分析・再叙述を試みたい。

【注】
18)福井雅英『子ども理解のカンファレンス 
     育ちを支える現場の臨床教育学』かもがわ出版(2009)pp.19-21
19)柴山真琴『子どもエスノグラフィー入門』新曜社(2006)や、
  I.グッドソン・P.サイクス『ライフヒストリーの教育学』
                   昭和堂(2006)等を参照のこと。
20)クランディニン他(2011)pp.30-35

===編集日記=== 
  皆様に支えられて「日刊・中高MM」第3337号です。
 笹木陽一さんの「音楽・平和・学び合い」、お届けします。
 【不登校をめぐる教師としての「自己物語」の変容】(4)である。
 じっくりと感想を述べたいが時間がない。後日、時間を改めます。

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