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アリゾナの「クルマのない街」実験は、ウォーカブルシティの未来か 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.807


特集 アリゾナの「クルマのない街」実験は、ウォーカブルシティの未来か〜〜〜「歩ける街」の楽しさから観光立国の未来は始まる(5)


ここまで4回にわたってウォーカブルシティ(歩ける街)の可能性について解説してきました。ウォーカブルシティの未来は、自動運転の実現とセットで考えていく必要があります。つまりレベル4〜5の完全自動運転が実現し、都市を無人タクシーが縦横に走り回ってバスや鉄道などの公共交通を代替するようになった時に、「歩く」という行為はどう変容するのかを考えていく必要があります。


自動運転の未来は、マイカーという自動車の私有が消滅し、あらゆる公共交通機関が無人タクシーに集約されていく世界です。自宅から道路に出てスマホかなにかでクルマを頼むと、数秒から数十秒で空いている無人タクシー到着し、目的地までそのまま運んでくれる。客を降ろしたタクシーは次の客を目指してさっと走り去ります。


自動運転車は路面からワイヤレス充電されて走り続け、乗客を下車したあとはすみやかに別の客をピックアップするよう最適化されているでしょう。どうしても空き時間ができるのであれば、郊外の広い駐車場にすみやかに移動させ待機させられます。人間の運転するクルマがいなくなれば、車線の幅はより狭く済むようになり、すべてのクルマが接近して車列として運行されるようになります。


このテクノロジーは社会に何をもたらすのか。最も大きな影響は、都市構造の変化でしょう。


ひとつの可能性としては、「あらゆる移動に無人タクシーが利用され、歩くという行為がさらに減る」という方向です。無人タクシーが路線バス並みか、シェアサイクルのLuup並みの料金(基本料金50円、10分ごとに150円)ぐらいで利用できるようになれば、可能性は十分にあります。


たとえば地方都市では、ショッピングモールが巨大な駐車場を併設する必要がなくなります。さらに巨大駐車場が不要なのであれば、そもそもショッピングモールが一か所に集約されている必要さえなくなります。お店やレストラン、遊戯施設、映画館などは集約されず、点在していても構わないのです。なぜなら自動運転車がそれらの施設間を自由自在に行き来してくれるのであれば、店から店へと移動する手間がほぼ消滅するから。


現在の巨大ショッピングモールは、案外と距離を歩かされる場所です。わたしが3拠点を構えているうちのひとつ、長野県軽井沢町には西武運営の巨大な「軽井沢ショッピングプラザ」というアウトレットモールがありますが、ここなど敷地の端から端まで歩くと20分ぐらいはかかります。だからモール内のある店舗から別の店舗に行こうとするときに、駐車場から駐車場へとクルマで移動する人もいるほどです。


しかし無人タクシーで点在している店と店の間を移動するのなら、歩く必要はありません。遠かろうが近かろうが、お好みに応じて自動運転車が店と店の間をいつでも運んでくれるのです。


これはショッピングモールのような「集約」型のビジネスを破壊し、逆に「分散」という新たなビジネスが生まれてくる可能性もあります。この未来を考えるのも非常に面白いのですが、この方向性の最大の問題は「人々がまったく歩かなくなること」です。それはさすがに健康に悪いのではないか。


では、無人タクシーが普及した世界で人々が「歩く」ためにはどうすればいいのか。この難問を以前、わたしが毎日配信しているVoicyで投げ掛けてみたところ、「歩いた距離に応じてポイントを付与」「歩くとベーシックインカムの金額が増える」などのご意見をいただきました。これはけっこう可能性ありそうですが、しかし一方で「無理矢理歩かせられてる」感もあります。その未来でも「反権力」の人たちが、「国民を無理矢理歩かせるとは、○○政権許すまじ!」と目を三角にして怒っているという光景が目に浮かびます(失礼)。


別の解として、歩くことを楽しめる街を設計するという方向があるでしょう。つまりアーキテクチャによる解決です。そしてこの方向の絶好のケーススタディが最近、アメリカのアリゾナ州で始まりました。


アリゾナ州の大都市フェニックスの近くに、カルデサック・テンペという新しい都市が建設され、昨年秋にオープンしたのです。この実験的な都市の特徴は「自動車のない街」というコンセプトを掲げていることです。


計画の主体となっているのは、カルデサック社という2018年設立のスタートアップ。オンライン不動産プラットフォームであるオープンドア社の創業メンバーと都市開発の専門家が組んで創業したといいます。街の面積は6万8千平方メートルといいますから、東京ドームの1.5倍ぐらいというコンパクトさ。約1億4000万ドルの予算が組まれ、1000人が住める住宅街区やレストラン、市場、食料品店、スポーツジムなどが建設されています。その様子は、以下の1分半ほどの短いYouTube動画で紹介されています。



都市というほどの大きさではなく、大きめの街区ブロックに小さな建物が密集しているような雰囲気ですね。建物と建物のあいだは広い中庭と路地で構成され、徒歩か自転車しか通行できません。小さな食料品店やジム、レストランや自転車店まであり、アリゾナの他の土地にあるような典型的なスプロール(都市が平面的にダラダラと広がってる現象)とはまったく異なります。


街区の外側には駐車場もありますが、それはあくまでも外と行き来するための交通手段。カルデサック・テンペの中ではクルマはいっさい必要ないというコンセプトです。


カルデサック・テンペの計画は新型コロナ禍以前から進められてきたものですが、われわれはコロナ禍で「出かけないでも生活できる」というリモートワークの楽しさを実感しました。ウーバーイーツやアマゾンでたいていの生活必需品は揃うし、ネットフリックスなどのサブスク動画サービスが自宅映画館化を進め、「どこかに出かけなければならない」という強制力は乏しくなっています。これで職場に行かなくて済むのなら、一日じゅう家にいたっていい。

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