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いいのいいの、それでいいの


「いいの、いいの、それでいいの!」

教室に戻ってきたら、いきなり石田先生の声が聞こえてきた。

どうやら、
もうすぐ七夕なのでみんなで短冊に願い事を書いていたのだけれど、
たかしが『総理大臣になれますように!』って書いたので、
周りのみんながわぁーわぁー囃し立てはじめたらしい。

それで、石田先生のこのセリフ。

先生はその後に、
「総理大臣になりたいっていう夢、先生は素敵だと思うな。
 たかし君、先生応援してるからね!」って。

たかしも、ほんとは少しふざけていたのかもしれないけれど、
石田先生にそう言われると、なんだか妙に嬉しそうな顔をしていた。

僕のクラスの石田先生の口癖は、
「いいの、いいの、それでいいの」
だ。
このクラスになってから、何度も聞いて聞き飽きたけど、
実は僕が大好きなセリフでもある。

三年生になって新しく担任になった石田先生は、最初の挨拶でみんなにこう言った。

「今日から三年三組の担任になりました、石田かおりです。
 みんな、宜しくお願いします。
 先生、今日みんなに何を話そうかなぁ?って考えてたんだけど、
 なんだか頭がグチャグチャになって、
 考えるのやめました。」

ここで、みんながドッと笑った。

「だって、ちゃんとみんなの顔を見ないと思いつかないんだもん。
 でも今、みんなの元気そうな顔を見て、先生はワクワクしています。
 そうそう、言いたいこと思いついた!先生のモットーを話します。

 先生のモットーは、『それでいい!』です。」

僕たちは、「なんだそれ?」と口々に言った。
意味が良く分からなかった。

でも、先生は続けてこう言った。

「先生ね、何か自分がやろうとすること、
 やったことに正解を見つける必要はないと思うの。
 正解を見つけるのではなく、自分がそう考えること、
 そうやったことが良いんだって!」

やっぱり僕にはよく意味が分からなかった。
ただ、なんか面白い先生が来たと思った。

石田先生が来てから、1週間が経ったころ、クラスのゆりちゃんが急に学校に来なくなった。
最初は風邪かな?と思っていた僕だったけど、次の日、先生が終わりの会でこんなことを言った。

「ゆりちゃんは、学校で嫌なことがあって学校に来たくないそうです。
 どんな嫌なことがあったのか、
 先生には話してもらえなかったけれど、もしかするとみんなの中で、
 心当たりのある人がいるんじゃないかな?」

みんなだまっているけれど、目でお互いをジロジロ見合っていた。
すると、先生が、

「先生ね、このクラスに最初に来た時に言ったよね。
 先生のモットーは『それでいい!』だって。
 でもね、言い忘れてた。
 1つ当てはらまないことがあるの。それは、人を傷つけること。
 身体もそうだけど、心もね。『それはダメ』
 何があったかは聞かないけれど、もし先生の話を聞いて、
 何か思った人は是非行動してほしい。
 『それでいいんだ!』って思えることをね。」

それからしばらくして、ゆりちゃんは学校にまた来るようになった。僕は何があったのか知りたかったけれど、
ゆりちゃんが楽しそうに友達と遊んでいる姿を見たら、「ま、いっか」って思った。

6月に入り、校内絵画コンクールが始まった。
僕たちのクラスは、みんなで育てているザリガニを描くことになった。
ザリガニは大大大好きだけど、絵を描くことが苦手な僕には憂鬱なコンクールだ。

図工の時間、みんなは思い思いに絵を描き始めた。
去年のコンクールで銀賞だった立花は、やっぱり上手い。
僕は隣の席の立花の絵をずっと眺めていた。僕もあんな風に描けたらな・・・って思いながら。
僕の手は全く進まない。
だって、どこから描けばいいのかわからないんだもん。
困っていると、石田先生が横に来た。

先生は小声で僕にこう言った。

「あきらくん、ザリガニのお世話一番頑張ってるでしょ。
 先生、毎朝早く来てお世話してくれているの知ってるよ。」

「先生、なんで知ってるの?」

「だって、ザリガニが教えてくれたんだもん」

「うそ!!」

先生は笑ってた。

「ザリガニの気持ちが一番わかるのは、あきらくんだね!」

先生はそう言って、違うところに行ってしまった。

僕は嬉しかった。大好きなザリガニの気持ちがわかるのが僕だって言ってもらったことが嬉しかった。
勿論ザリガニの気持ちなんかわからない。でも、わかる。わかるんだ!

すると、不思議なことに、ザリガニの絵を描きたくなってきた。
毎日眺めていたザリガニの大きなハサミ、長く伸びた触覚、くりくりとした目玉。
細くて長い足。
上手に描こうと思えば思うほどうまく描けなかった絵なのに、
毎日眺めていた大好きなザリガニだと思うと、楽しくなってきた。

描きあがった僕のザリガニの絵を、立花は、

「でっかく描きすぎて、紙からはみ出してるぞ」

って言ったけど、石田先生は横から、

「いいのいいの、それでいいの!」

って言ってくれた。

6月最後の月曜日、朝の朝礼で絵画コンクールの表彰式があった。
金賞は、6年2組の女子だった。

僕は、列の後ろの方で早く朝礼が終わるのを待っていたら、

「特別賞 3年3組、高野あきらくん」

って、声がした。
僕は一瞬、何が起こったのが分からなかった。
クラスのみんなが僕の方を振り返った。
石田先生が、

「あきらくん、早く朝礼台に上がって」

って、言ったので、慌てて朝礼台に上がった。
校長先生が大きな表彰状を持って、何か喋っていたけど、
僕は緊張で体ががちがちになっていて、よく覚えていない。
とにかく、9年間生きてきて初めてもらった表彰状だった。

朝礼が終わって、クラスにもどってきたら、石田先生が話してくれた。

「あきら君の絵を見た先生たちがね、
 絵からザリガニが動き出しそうなくらい生き生きしていて良い絵だなぁ~  
 って話になって、
 特別に今年だけ『特別賞』っていうのが出来たのよ」

って。それから、

「見たこと、感じたこと、それを素直に表現する。
 上手にやろう、間違えないでやろう、って思わなくても大丈夫。
 それでいいの!」

七夕の短冊に、僕も願い事を書いた。

「ザリガニ博士になりたいです!」

ってね。

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