サルオギ春の一人一枚ピザまつり
業務スーパーに行き、ピザ生地とピザソースを買った。
ピザ生地は一袋に5枚入っているものを買った。パン生地ではなくてクラストタイプ。薄いヤツ。たぶん私がひとつひとつ尻もちをついて成型したとかしないとか言う噂の薄いヤツ。パンタイプの方が腹に溜まるので家計的には助かるのだが、耳の部分まで美味しく食べたいという高校2年生の長男にために、今回私は尻もちタイプの生地を選択。普段であれば私はピザを焼き、そして、それを8枚にカットし、家族で分け合って食べている。
しかし、その日、私はそうはしなかった。
せっかくなので、一人一枚食べちゃおう祭りをしようという試みを決行したのだ。
ちなみに何枚食べても白い皿はもらえない残念な祭りではある。冷蔵庫にシールを貼って集めることもなく、ただただ、一人黙々と一枚のピザを食べるという祭だ。
ピザソースの上にトマトとソーセージとオリーブにしめじ、そしてチーズを大量に乗せた。きのこ嫌いの次男にはしめじなし、オリーブを食べない息子たちにはオリーブなし、精製肉を控えている私にはソーセージなし、と好みに合わせて具材を変更できるのが、一人一枚ピザまつりの素晴らしいところ。
我が家はピザを1枚ずつしか焼けない。概ね大体の家庭がそうであることを願う。いつの日かピザ窯を庭にこしらえて、一気に数枚のピザが焼けるようになればいいのになんて思ったことはない。それにしても1枚ずつしか焼けないということは、夕食が順番待ちになってしまうということに他ならない。私は待ち時間が生じるストレスを軽減するため、ピザを待つ間に食べる食べ物を提供することを怠らなかった。祭り開催中に苛立つようなことがあっては、せっかくの楽しい時間が台無しになってしまう。
その日は手羽元の塩焼きとポテトとサラダを用意。こちらについても1人1皿用意し、すぐに食べることができるようにテーブルに準備した。
ピザの焼く順番は、次男→夫→長男→私にした。
高校2年生の長男は何度声をかけても、自分のタイミングでしか食事をとらない。そのため、お腹を空かせている次男を1番にし、次にピザを心待ちにしている夫を2番に置く。
まずは腹を空かせた小学5年生の次男のピザを一番に焼き、彼の前に置いてみた。この時点で私はやっと、本日の夕飯が1人1枚ピザまつりであることを伝える。
「え? 一人で一枚食べていいと? これ全部オレの?」
とテンション、ダダ上がりの次男。
思わず私は嬉しくなった。嬉しそうな次男の様子を見ることができ、祭を開催した甲斐があるってもんよ、と私は胸を張った。
次は夫。
夫はピザを4等分にカットし、美味しそうに食べていた。
しかしその日は予想外に長男が早く食卓について、夫のピザを恨めしそうに見ながら、手羽元とポテトを食べ始めた。長男が食卓につくなりすぐに私は彼のピザをトースターに放り込んだが、ピザを待ちわびている長男はまだこんがりとチーズが焼けていないピザをさっさとトースターから取り出そうとする。私は「待て」と彼を制止し、せっかくなら美味しいものを、とピザがいい感じに焼けるのを待つように指示した。
ようやく長男のピザが焼ける。長男はピザを8等分にカット。
すでにあらかた自分のピザを平らげた夫が長男のピザを指差して口を開いた。
「オレのピザはあと一枚しかないのに、お前のピザはまだ8枚もあるじゃないか! そのピザよこせ!」
その一言に私も長男も仰天した。
アホな暴君が誕生している。ウケ狙いなのかただの酔っ払いなのかわからないが、真剣に8枚切りの長男のピザを狙っているように見える。世が世なら、暴君と呼ばれかねない絶対王政だ。
カットは全て自分次第。
そして、提供されるピザは一人一枚。
それがサルオギ春の一人一枚ピザまつりのルールだ。
朗らかな春の一人一枚のピザまつりが、このままでは冷ややかなものになってしまう。嵐だ。春の嵐がやってきた。彼は嵐を起こせとばかりに、虎視眈々と長男のピザを狙い続けた。
私と長男はあまりに滑稽な暴君の様子に腹を抱えて笑い、そして、5枚入りのピザの残り一枚を夫に献上することを伝えた。夫のみ一人二枚のピザまつりになった。
「ふむ。それならばよしとしよう」
と彼が言ったかどうかは定かではないが、暴君は落ち着きをとり戻し、ぐびっと酒を飲んだ。
そうこうしている間に私のピザが焼ける。
何等分にカットしようか、と考えてみたが、せっかくなのでカットしないで食べてみようと考えた。
私は一気にかぶりつく。ああ、食べにくいことこの上ない。折りたたんで食べることも可能だが、普通に切ったほうがいいと思い、私も長男同様8等分にカットして食べた。
私がピザを食べ終わる頃、暴君に献上するピザが焼き上がった。
暴君は私にもそのピザを食べるように促した。私はピザをすでに一枚食べ切った後だったが、暴君の誘いを断ることなく食べることにした。誘われなくても勝手に食べるつもりだった。焼き立てのピザを目の前に手を止めることができない。
一人一枚ピザまつりのルールなんて、どうだっていいのだ。
私は追加のピザをカットする際、均等に切り分けることができなかった。
「くるくる回るあのカッターって、案外難しくないですか?」
「いやあ、私も苦手なんですよ」
「真ん中の辺りをぐりぐり切ろうとすると、なんでかズレて綺麗に切れないし」
「そんなもんですよね。仕方ない仕方ない。みんな一緒。大丈夫、オクサマ」
なんて猿芝居はしていないけれど、私はすでにお腹いっぱいなので、不揃いにカットされたうちの、そのうちの小さくカットされたピザを2枚程度食べ、残りは暴君が平らげた。
私はピザの屑だけが残った皿を片付ける。
食べ終わったピザの皿が、まつりの終焉を告げた。
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