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「くつしたの次男」と「走れ、ばあば」

Telettelettelettele………………………………….

軽快な着信音が朝の爽やかな空気を楽しげに彩る。私のスマートフォンがピタゴラスイッチの着信音を奏でたのは、朝の8時20分のことだった。

電話をかけてきたのは、私の母だった。私の実家は自宅から徒歩3分程度の距離にあり、母は我が家の目と鼻の先に住んでいる。まさしくスープの冷めない距離。私も夫も日中は仕事に出ていて誰も自宅にいないので、私の実家は息子たちの駆け込み寺、すなわち第二の自宅となっている。

「まだ通勤途中?」

私はガシガシと漕いでいた自転車を止めて、母からの電話に出た。その日は夏日で、うっすらと私の額に汗が滲む。

「まだ着いてな〜い。なんかあった?」
「それがさ、〇〇が靴下のまま、うちのピンポンを鳴らしてきたんよ。解決したけど、一応報告」


私と小学5年生の次男は朝、一緒に家を出る。
母からの電話によると、その後、靴下のまま駆け込み寺に駆け込んだとのこと。一体何があったのだろうかと心配せずにはいられない。


我が家の朝は慌ただしい。

次男がスムーズに準備をし余裕を持って家を出ることができたら、それは最高に喜ばしいことだが、そんな朝は年に数回あるかないかだ。我が家のほとんどの朝の状況としては、宿題も準備もしていない次男が「だる。学校行きたくない。宿題めんど。今日体育ある? 体育終わったら早退したい。ああ、習い事もあるやん。最悪。ああ、一度くらいポッキーになってみたい」というようなことを言っている。

私はそれに苛立ちを覚えながら、「早く準備をしなさい。お母さんが遅刻する。昨日やっとけばよかったのに」なんて当たり前のことを言いながら、次男に支度を促す日々を送っている。型で押したように代わり映えのしない朝。

当然、その日の朝も代わり映えのない朝だった。
私と次男は慌ただしく家を出て、玄関の前で「いってきま〜す」「いってらっしゃ〜い」というやりとりをした。それが8時5分のことである。

なぜ、靴下のまま第二の実家に駆け込む必要があったのだろうか、と私は想像を巡らせる。が、全く想像だにできない。何か事件に巻き込まれたのだろうか、と不安にならなくもない。

「なんで靴下のまんまでそっちに行くわけ?」
私が尋ねると、電話の向こうの母は笑っていた。

「家出る時に、靴を履いて出るのを忘れたんだって」

なるほど。靴を履き忘れたのか。それは、靴下のままでばあばんちに行くしかないよな、と私は思う。だって、靴がないのだから、靴下のまま外を歩くしかない。想像するだけでおかしな状況だ。ランドセルを背負った小学5年生の男子が靴を履かずに通学している。流石の次男も靴下のまま学校に行くことは憚られたのだろう。そのため、駆け込み寺に駆け込んだというわけだ。

次男は小学5年生だが、宿題も準備もしないし物をすぐになくすので、私はまだ自宅の鍵を渡せないでいる。そのため、「靴がない!」となっても自分で家のドアを開けることができない。その代わりと言ってはなんだが、母に自宅の鍵を渡していて、何かあれば対応をお願いしている。

その日の次男は、私が家を出る際もちゃんと準備ができていなかった。私の出勤時刻になると、玄関先にランドセルや水筒やらを放り投げて外で準備をしていた。その際に靴を持って出るのを忘れたのだろう。

結局のところ、その後、母が私の家まで走り、我が家のドアを開け次男の靴をピックアップし次男の靴を持って家まで戻り、そして次男に靴を履かせて学校へ行かせることができたとのこと。ありがたい。心の底からありがたい。私は母に謝辞を述べた。

「朝からありがと〜。ごめんね〜。今度から靴履いてるか確認してから出勤するわ」

私は電話を切り、職場へと向かった。
子育てとは予想外のことが起きるのだな、とそんなことを思いながら私は自転車を漕いだ。




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