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たぶんあれは、マイクポップコーンだった。

5月3日(金)祝日。

その日私は、福岡空港のすぐそばにあるベスト電器スタジアムにいた。サッカー観戦をするためだ。

サッカー観戦をするとは言ったものの、私はサッカーのルールを知らないし、選手も知らない。たぶん私は会場内で一番サッカーに興味がない観客だったのではないかと思われる。しかし贅沢にも結構いい席に座っていたと思う。メインスタンドの前から5列目。

サッカーに興味がない私がサッカー観戦をするには理由がある。小学5年生の次男が、この春からサッカーを始めたからだ。

タイミングよく私の妹がサッカーの観戦チケットを入手し、私、というより次男にチケットを譲ってくれた。夫に息子をサッカー観戦に連れていって欲しいと願い出てみたが、夫はサッカーには興味がない。次男以外、誰もサッカーに興味がないが、次男が行きたいというので、まあ、ビールでも飲みに行くかと私が同行者に名乗り出た。

晴れたらいいな〜、とちょっとした行楽気分で私は出かけた。

その日は、青空がすこーんと抜けるいい天気。

私はビールの一番大きいやつを二杯飲んだ。すきっ腹でビールを飲むと、一杯目で気持ちが良くなった。私はご機嫌でサッカーを見る。

サッカー観戦をすることになり、事前リサーチをしたところ、食べたいものがたくさんあった。しかし、私が食べたい料理がある店は、どうも私が座っていたメインスタンド周辺ではなく、バックスタンド周辺にあるようだった。

バックスタンドへはメインスタンドからも、ぐるりと回っていけることを確認。じゃあ、いってみようかと歩いていたところ、途中でスタッフさんに止められた。

ビジターエリアを通り抜けるにはアビスパ福岡のTシャツを着たままでは行けませんとのこと。へぇ、マナー的なもんかな、トラブルにでもなんのかな? 私は5,500円もするTシャツを息子に買ってやったことを若干後悔した。Tシャツを脱がせるのも歩くのもめんどくさくなって、メインスタンド側で普通に焼きそばとポテトを買った。

カッパえびせんではなくて中華料理に出てくるようなえびせんが売っていたので、えびせんを買うことにした。しかし、売り切れていたので、代わりにポップコーンを買う。

焼きそばを食べ終えた私はポップコーンを口にした。どこかで食べたことのある食感と味。これは間違いなくマイクポップコーンだ。私はそう思った。

畜生、と私は思わず舌打ちをする。スーパーで買えば100円以内で購入できるマイクポップコーンを310円で購入してしまった可能性が出てきた。しかも一袋に満たない量だと思われる。

悔しい、悔しすぎる。

しかし、マイクポップコーンは、いつ食べても美味しいなあと完全に紙コップに入ったポップコーンをマイクポップコーンと決めつけてビールを飲んだ。

ぼけっと見ていたら、なんかものすごい長いシュートが決まっていた。かなりビビった。あんなところから蹴って、ゴールに入るもんなんかという場所からシュートが決まっていた。多分、いや絶対、ピッチにいた選手たちも予想外だったのではなかろうか。ゴールキーパーなんてめっちゃ前にいたもん。

後で知ったが、70mの超ロングシュートだったらしい。いいもん見れた。

でもやっぱり、このポップコーンは、マイクポップコーンであることには間違いないと思う。家でポップコーンを2メートル先から息子たちの口に入れたり、私の口に投げ入れたりして、シュートを決めながら食べるあのマイクポップコーンに違いない。

それにしても、みんな痛そうにこけるなぁと思いながらゲームを観戦した。選手たちが芝生の上に転がっては痛そうに悶えている。危ないスポーツなのだな、と私は息子がサッカーを始めたことに不安を覚えた。サッカーとは怪我が絶えないスポーツなのだろうか。

そんな風に思いながら見ていると、先ほどまで歩くこともできなかった選手が、普通に芝生の上を元気よく走っているではないか。

痛そうにしていたのは嘘だったのか。演技だったのか。私は騙されたのか、と思い、「痛そうにしとるの、あれって嘘なん?」と息子に尋ねてみたところ、「痛くないわけやなかろうけど、ファールもらったけん、アピールせんといかん」とのこと。勝つための手段だと息子は言う。

ふーん。そんなもんなんか、と思いながら、私はポップコーンを摘んだ。

やはり、どう考えてもこのポップコーンはマイクポップコーンだ。それは揺るぎない事実であり、真実。ここで作りましたよ、と言わんばかりに違う入れ物に入れて、俺は作りたてポップコーンだぜという顔をしているが、私はそんなものには騙されない。これは間違いなくマイクポップコーンなのだ。

私はイエローカードを出した。

試合の結果としてはシャハブ・ザへディ選手のロングシュートが決定打となり、アビスパ福岡が勝利した。初サッカー観戦の次男もすごく喜んでいたので、来てよかったな、と思った。すぐに妹に勝利とお礼のLINEをした。

アビスパ勝利にスタンドの観客たちも、歓喜し盛り上がる。近くの席に座っていた補聴器をつけたガチ勢っぽいおじいちゃんとハイタッチをした。

ガチ勢おじいちゃんは周囲の人と喜びを分かち合うと、再び席についた。そして今まで隠し持っていた双眼鏡をおもむろに取り出す。試合終了後に何をみているのかと思い、おじいちゃんの双眼鏡の先に視線を移すと、チアガールたちがダンスを踊っている最中だった。

おじいちゃん、いつまでもお元気で、と私はガチ勢おじいちゃんに心の中で挨拶をして、席を立った。

私は手に持っていたビールの紙コップやポップコーンの紙コップを全て一つのビニール袋に入れた。そして燃えるゴミのカゴの中に、迷わずにシュートを決める。

しかし、どう考えても、あれはマイクポップコーンだった。




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