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夏の味覚

ラブホテルに窓が無いのは2人の世界がそこで完結しているから。酒を脳が揺れるまで飲んで、欲のままに揺れる夜。好きでもない人と身体を重ねても残るのは虚しさと別れだけ。アルコールとタバコの味がする口内、重なって溶け合う2人のこの先は、始まりでも終わりでもない。何も始まらない。そこにあるのは快楽だけで、2人はどこにも行けない。ここで完結してしまったから。歩き疲れた君の隣に辿り着く事もない。心が廃れた2人は、欲を満たし合う事しかできずに、満たされない夜が続く。薄暗い部屋の中、途中で目が覚めてもここでは何時かもわからない。隣を見ると親密でもない女がいる。もう一眠りする。2匹の猫が甘えてくる夢を見る。親父に殺される夢を見る。焦って目が覚める、まだ女は寝ている。タバコに火をつけてみる、茂っていて付かないから諦める。自分の恋心にも火がつかないままだ。心が湿っているし、何より人を信用するのが難しい。そもそもこんな自分が恋愛なんて贅沢だよな、なんて思う。外に出ると曇り空。まるで僕の心模様。駅まで歩く途中で自分が車に轢かれたり、心臓が止まったりする事を祈っていた。死を心の底から願っていた。街中の誰かを殺して自分も死んでしまおうとかくだらない事を考えていたらあっという間に駅に着く。このホームをあと一、二歩と足を進めれば全て終わらせれるのに。僕の前に電車は止まる。僕を現実まで運ぶ。さっきまでの温もりは嘘みたいに忘れてしまう。何が悲しいと聞かれても何も悲しくないんだ。着いてしまう。もう着いてしまう。また戻ってしまう。夏って苦しい。心って苦しい。暑いのは凄く嫌いだよ。いつかどこかで会えたらなとか、暑くておかしくなってしまったのか、僕はずっと夏が来るたびにあの夜を思い出してしまうよ。

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