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おのぼりピリカ、新宿へゆく#夜行バスに乗って

 帳面町のバス停は行列ができていた。
夜行バスの「風林火山号」。これに乗り込めば新宿まではとりあえずは安心だ。

九州を旅立つ時には手に持っていたトレンチコートでは頼りないほどの寒さに、私は身震いする。

「あ~、やっぱダウンば着てこんばやった」
なんとなく独りごちて、慌てて周囲を見渡す。
それぞれ手元のスマホに視線を落としている人ばっかりで、誰も私の独り言なんか気にしていない。

全然知らない街に、ひとりぼっち。

そのことが、私を不安でたまらなくもさせる反面、ちょっと大人な気分になる。しかも、夜行バスなんて、なかなか乗る機会ないもんね。

 終点のバスタ新宿では、待ち合わせしている人がいる。SNS仲間の、コッシーくんだ。
「パーマが目印だから!ピリカさんようこそ、って紙を掲げて待ってますから!」

やっほい、とLINEスタンプが連続して送られてきたので、私もやっほい、と返す。
今回の道のりで、コッシーくんのLINEを何度確認しただろう。それだけ怖いんだなあ、知らない街が。
いい年して情けない、なんて思いながらスマホを仕舞う。寒さで指が悴む。

「ピリカと~コッシーの~すまいるスパイス~!!」

わわわわわ!!しまった!

間違ってSpotifyの再生ボタンを押してしまったようだ。しかも大音量。
あわててスマホの音量ボタンを最小にする。

こんなとこで自分の声再生してどーすんだ私は!バカか!
 
嫌な汗が毛穴から吹き出す。
誰にでもなく、「すみません…」と謝るが、誰も目すら合わせない。
ほっとして、スマホをポケットに入れる。

バスタ新宿では、SNSのオフ会があるのだ。明日になれば、とりあえずコッシーくんと合流できる。

着信音。

「とき子さんや樹さん、もつさんも来るらしいよ!あとダフやんの人も!!」
「みらいさんとりみっとさんは前泊してるって」
「ひよこさんとごはん食べてきまーす」

LINEからコッシーくんの興奮が伝わってくる。

SNSで交流のある華々しい名前たちに、心が踊る。どんな人たちかなあ。

九州の人いるかなあ。
文章のイメージだけで話しかけちゃだめだよね。私みたいなおばさんが「ピリカ」だって知ったら失望されるかもしれないし。

どうしよう、やっぱりこの服ダサいかも。
なんか、いかにも気張ってきてます、て感じがしそうだなあ。

いや、そもそもそんなに私に期待されてるわけないじゃないか。
普通にしてればいいんだよ、普通、普通。

浮かれた気持ちと不安が交差する。


とりあえずバスに乗り込んで寝ちゃえば、あとは明日を待つだけだ。このモヤモヤも、きっと消えるだろう。

「あの~」

ひとりの女性が話しかけてきた。
びくっとして身構えてしまう。

「失礼ですが…noteのイベントに行かれます?」
きりっとした面持ちの女性だ。なんか、とっても賢そう。
「は、はい。note、してます!そして、イベント行きます!」
久しぶりに声を出したので、うまく発音できない。

女性はほうっ、と柔らかな笑顔を見せた。

「やっぱり!さっきすまスパが一瞬聴こえたから!」
「わー、すみません!ご迷惑かけて!…って、すまスパ、知ってるんですか!?」

すまいるスパイス。
私が趣味でやっている、インターネットラジオだ。

唾を飛ばしそうな勢いに、私は慌てて口もとを押さえる。
「はい、良く聴いてますよ~、あれ、もしかしてピリカさん?」

えっ、えっ!?

頭が混乱してついていけない。

「私、豆島です」
女性はパグちゃんのアイコンを私に見せた。
「ま、豆島さん!?ってあの豆島圭さん!?」
「そうです!」
「わー!!」

頭に血が登るとはこういうことを言うのだろう、「朝パグ」「ホラー」「指」など、いろんなワードが浮かぶものの文章にならない。

「あ、来た来た」
豆島さんが指差すと、バスが到着した。
「席、近いですね」
スマホきっぷを見せあいながら、列に並ぶ。

…なんか、すっごく、楽しみだ!

さっきまでのモヤモヤが嘘のように、すっきりとした気持ちで、私はバスに乗り込んだ。

やっと書けたー、豆島さんの企画だから絶対乗りたかったのー!!
よろしくお願いいたしますー!!


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