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「永久欠番のあなたへ」#青ブラ文学部

もう20年以上も、昔の話…
ある会が主催する「花見」に新婚時代の私達夫婦が参加した時の話だ。

どうして、そんな昔の花見の話を覚えているかって?
私にとっては衝撃的な一日になったからだ。まぁ、お時間のある人は、私の昔話を聞いてもらえないだろうか。

話はその花見の前日に遡る。
私の妹の手によって保護された「ゴン」と言う名の痩せこけたパピヨンが我が家にやって来た。幼い頃から今まで実家で何匹も犬を飼ってきたが、ゴンは他に類を見ない本当に不思議なほど賢い仔だった。
我が家に来た初日のその日、与えたご飯も食べずに、水だけを舐めて「ワン、ワン」と吠えることも出来ず、喉の奥で「ヒーヒー」と哀しい掠れ声を上げていた。それを見たダーちゃん(私の主人)は
「こいつ、おしか?」(差別用語をすみません)
と首を傾げた。
痩せ過ぎて声を発する体力さえなかったと気づくのに時間はかからなかったが。

その翌日、私達夫婦は前々から予定していたその「花見」に出掛ける事になった。
私の主人は「友達百人できるかな」と言う歌をそのまま実践して生きてきたような人で、やたらと顔が広かった。その日の「花見」も何十人もの友達や知人をまとめる幹事の役目を担っていた。

家を出発する寸前、ダーちゃんは昨夜会ったばかりの「ゴン」を片手でひょいと抱き上げて肩に乗せると
「さぁ、行くぞ」
と私に言った。
「えっ?この仔も一緒に連れていくの?」
「いいだろ?留守番じゃ、可哀想じゃん」
「いいけど、何処かへ逃げたりしないかしら?」
「大丈夫だよ、賢そうだ」
そんな会話を交わしたと思う。私はダーちゃんの言葉を信じて二人と一匹で、地元では有名なお花見の名所へ出向いた。
見事に咲き誇った満開の桜は覚えているが、何を食べたのか何をしていたのかは覚えていない。
宴もたけなわになった頃、酔ったダーちゃんが突然私に言った。

「ゴンを〇〇さんの家にあげるけど、いいだろ?」

〇〇さんとは、この仲間うちでも一番の豪邸に住む田舎の金持ちだった。
「えっ?どうして?」
「家のマンションじゃ狭いし、〇〇さんちは豪邸で金もある。動物も好きだ。幸せにしてもらえるぞ!それにあの家の息子が、ゴンをどうしても欲しいんだってさ」
「……」

たった一晩を一緒に過ごしただけの仔に私達夫婦は、まだそれほどの愛情を抱いてはいなかった。
それに元々お金持ちの家で飼われていた仔だ。望まれているのなら、そちらの家で飼われた方がいいかもしれない。
「分かった」
私は幸せになるならと渋々承諾した。

「ちょっと飲み過ぎたから寝て来るね」
主人にそう断ると少し離れた駐車場の車の中で私は昼寝を始めた。
どのくらいの時間が経っただろう。

「おーい!さんちゃーん!」

私を呼ぶ大声で目が覚めた。声のする方に目をやると満開の桜が散る中をダーちゃんが微笑みながら、ゴンを抱いて歩いて来る姿が見えた。
「えっ?!」
私は飛び起きて、ダーちゃんへ向かって歩き出していた。
「取り返して来た」
「ど、どういうこと?」
「だから、ゴンを取り戻して来たの。その方がいいだろ?」
寝起きだったからか、意味がよく飲み込めなかった。
「いや〜、あの子に大泣きされちゃって大変だったよ」

ダーちゃんが、可愛がる子供からゴンを取り上げて泣かせた?
にわかには信じられなかった。少なくとも普段大人にも子供にも優しいこの人が、そんな事をするわけがなかった。
「さんちゃん、飼いたかったんだろう?」
「でも…」
「いいから、ゴンと車の中に居ろ。後は俺が何とかするから」

酔っ払い過ぎたのだろうか?
ダーちゃんは、そんな酷い事を子供にする人ではないと思っていた。
「さんちゃんが泣いて困るって事にしておいたから」
「はぁ〜?!」
私のせい?!私のせいにして子供を泣かせたって言うの?
「もうさ、大変だったんだぞ、土下座して謝って来た」
だから、それは貴方が勝手に決めて勝手に取り消しにした事で…
「いいから、いいから。これ以上子供に泣かれると困るからゴン隠しておいて」

それだけ言うと来た道をまた花見会場へと千鳥足で戻って行った。

家に帰るとダーちゃんは
「ゴンちゃんは今日から正式に家の仔だ!」
と上機嫌でのたまわった。
私のせいにしたくせに!何言ってるんだ、この酔っ払いは!
「このピラピラした耳がいいなぁ~、蝶々みたいでさ」
だから「パピヨン」って言うんだよ、このバカが!
ゴンが我が家に来たのは嬉しかったが、私の機嫌は暫く治らなかった。


この話には後日、分かった事がある。
小学校中学年くらいの〇〇家の息子さんは、少しゴンと遊んだ後にダーちゃんにこう言ったそうだ。

「僕ね、今飼ってる犬に飽きちゃってさ」

今飼っている犬と言うのは、日本に数頭しかいない当時でも数十万はした大型犬だった。私も見た事がある素晴らしい名犬だ。
「今度は小型犬が欲しかったんだ~」
ダーちゃんは、その言葉を聞いて、散歩もさせないでオリに閉じ込められたままになっているあの大型犬の事を思い出したのだそうだ。
そのすぐ後に〇〇家の奥様が、
「この犬の血統書はあるのかしら?」
と尋ねたそうだ。

現在なら分かる。テレビCMでも
「可愛いだけで飼うのはダメです」
と命の重さについて説いている。

当時、まだ若かった主人のどこにそんな先見の明があったのかと思う。
すぐさま奥様や息子さんに土下座をしてゴンを返してもらったのだそうだ。
「私のせいにした」と言う大きなオチを付けてくれたが仕方ない、許そう。
晩酌の度にダーちゃんは言った。
「命に飽きるような家じゃ、幸せになれない」

偶然かもしれないが、〇〇家の大型犬は、その僅か数ヶ月後に死んでしまった。息子は父にまた高級な小型犬をねだって買ってもらったが、贅沢放題で先祖が遺した財産を食い潰し労働をしなかった〇〇家は数年後に破産した。
ゴンは狭く古い我が家で、二十年と言う長い年月を生きてくれた。
晩年は病気で倒れたダーちゃんを待つ生活だったが、誰よりもダーちゃんに愛されていた。
何処へ行くのにも連れて行き、倒れる前の晩も散歩に行った。

後にも先にも私の記憶の中で、主人が子供を泣かせた唯一の事件だが、ゴンにとっては良かったのではないかと思う。
私がゴンの事を「主人の愛犬」と呼ぶのには、こうした経緯がある。
「ゴン、ゴン」
バカでかい声で呼ばれると尻尾を千切れんばかりに振ってダーちゃんにまとわりついていたゴン。
ゴンちゃんの筆頭飼い主は、やっぱり私ではなくてダーちゃんだったと思う。
そしてダーちゃんの愛犬はゴンちゃんだけだ。
お互いが「永久欠番」同士になっちゃったけど、私の記憶の中には、楽しそうにじゃれあう二人の姿が今も強く残っている。
あの桜吹雪の舞い散る中をゴンを愛おしそうに抱きながら、微笑んで私に歩み寄って来たダーちゃんの姿が忘れられない。


「生命に責任を取れ!」
私は貴方達の生命の責任を取れたかな?




山根あきらさんの企画に参加させてください。
よろしくお願いします。






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