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#創作大賞感想 WATCHER山〜憎みきれないろくでなし〜

この感想を書く前に、先ず著者『生まれたてのおっさん』こと山ちゃんについて語らせて頂きたいと思う。
彼との出会いは、もちろんこのnoteでだ。実際に会った事はない。私がnoteを始めたその日、note運営部に推奨されるままにフォローした中に居たのが、山ちゃんだった。
あれ?可愛いお坊様?と思わせるようなアイコンに反した凄まじく傍若無人な記事の数々…。
それなのに気付いたら山ちゃんの世界にどっぷりと惹き込まれていた。
それだけ彼の書く物は「アク」が強い(笑)私が愛する変人の一人である。
山ちゃんは料理、作詞、音楽、映画、エッセイ、小説……
何をさせても語らせても超一流だ。天才に違いないと信じている。
そんな山ちゃんがフィクションを書いた。お節介な私はまたまた「創作大賞へ出せば?」と推薦しちゃった(笑)だって、祭りは参加して楽しんで、なんぼでしょ?

「同じアホなら、踊らにゃ、損損♪」だ!

さぁ、楽しもう!!天才山ちゃんが描く世界を!
(って、これ23:59分投稿の綱渡りだったんだよね 笑)


山ちゃんの本職は理学療法士らしい。らしいと言うのは、自分を日本一無責任な医療従事者と呼んでいるからだ(笑)
そんな事は絶対ないと思う。山ちゃんから感じる熱量は、きっと仕事にも反映されているに違いない。

さて、長い前置きをやっと終わりにして、問題の「憎みきれないろくでなし」についてそろそろ話そうか。
物語の語りべ ウォッチャー山とは、山ちゃんが創り出した架空のリハビリ師らしい(笑)ウォッチャー山は、人間観察を得意としている。いや、得意と言うよりも趣味なのだろう。
そんなウォッチャー山の今回のターゲットが「シマ子さん」だ。
シマ子さんは、痩せた小さな老婆だ。まだ75歳なのに、その背中は昔のお婆さんのように曲がっている。ウォッチャー山の元へは、その曲がった背中を伸ばし歩行訓練をするためにやって来る。
シマ子さんは、この時間をとても楽しみにしている。リハビリが楽しみなのではなく、ウォッチャー山がシマ子さんのために憧れの「沢田研二」を観せてくれるからだ。
うっとりと若き日の妖艶な沢田研二を観ながら、シマ子さんは、過去の自分を語り始める。
そんな面白い話をウォッチャー山が、逃すはずがない。

それが、この物語だ。

小さな小さな老婆の半生が、ウォッチャー山の視線を通して見事に再現されている。哀しみや怖さや可笑しさが凝縮されているが、ウォッチャー山は敢えて何も口をはさまない。ただ「人間観察」をするだけだ。
何か言ったところで、もうシマ子さんの小さな世界は終わっていて後戻りすることは出来ない。
沢田研二の「憎みきれないろくでなし」の曲が終わる頃、ウォッチャー山は、「そろそろ歩きますか」と言う。
其処には湿度の高い空気が流れていて、ウォッチャー山は窓を開ける。空気は湿っていたのにシマ子さんは今日もケタケタと大きく乾いた笑いをするのだ。
このシマ子さんの不思議な人生を皆さんにも読んで頂きたいと思う。ウォッチャー山は、山ちゃんと一緒で人の観察をする天才だ。いや「人たらし」なのかもしれない。

私が自信を持ってお薦めする傑作。貴方は、この人生を読んで耐えられるだろうか。

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