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植物人間の妻【連載 記憶の記録】

(まえがき)
7月16日にnoteに住まわせてもらえるようになってから、今日で約一ヶ月が過ぎました。
そろそろ私が本当に書きたかった事を記していかないと…
そう思って、やっと重い筆を取りました。
これは私が記憶している「植物人間になった主人」との生活記録です、多分(笑)
一応、小説っぽい形式?で書こうと思っているのですが、どうなるか分かりません。七年半の長い時間でしたので、無事に着地出来るかも分かりません。でもnoteの方針にのっとって、ありのまま綴っていこうと思います。
そのうち「目次」なんかも作れるかも(笑)

よく「病気と闘って闘いに負けて亡くなった」
と言う方がいらっしゃいますが、私は亡くなった方が『負けた』とは思っていません。
主人の場合は「もう、いいだろ?」と言って旅立ったと思っています。


注)作中に「継母」と言う名称が頻繁に出て来ますが、私を育ててくれた母です。継母はずっと陰湿な意地悪をしながらも私を育ててくれました。
夫が倒れた時、甘やかして育てた実の子(長男)の乱暴にあい家を追われ、我が家で引き取っていました。
主人は全てを受け入れてくれる心の広い人でした。
継母は私達の家に来る時、私に今までの仕打ちを謝罪しました。自分でも自覚していたんですね。今は長い時を経て本当の親子になれたと思っています。
人物相関図を作れれば分かり易いかと思いますが、noteを始めて日の浅い私にはまだその技術がありませんm(__)m
詳しくは此方の記事を読んで頂ければと思います。




「植物人間の妻」1


2010年12月20日 早朝

ドン、ドンドン、ドン、ドンドン…


同じリズムを刻み、太鼓を叩くような音が聞こえる。
夢を観ていた。

空には太く黒い鱗を失くした蛇のような虹が幾重にも掛かっている。
その虹はまるで生きているかのようにとぐろを巻いたり、畝ったりして平面の空を覆っている。

ドン、ドンドン、ドン、ドンドン…

その下の原っぱのような地面で、上半身裸の十数人が、空へ向かって祈りを捧げている。
人々は正座し、両腕を上げ下げする動作を何度も何度も繰り返している。

「何だ?!これは?」
私は小高い丘のような所に立って、その様子を見ていた。
人々の祈りを無視するかのように、黒い虹は更に空を覆い激しく畝り続けている。

祈るんだ!今日子!
お前も、あの集団の最後尾に入って祈れ!
祈りが通じれば、あの虹は消える。
何処からともなく声が聞こえる。

ドン、ドンドン、ドン、ドンドン…

誰かが私の脳裡に訴え続ける。
祈れ!祈れば、虹が消える。
祈れ!祈れ!祈れ!
早く、強く、早く、強く
祈るんだ!

薄っすらとあの虹が災いをもたらす前兆なのだと理解出来た。
ふいに誰かが私の腕を掴み、丘を駆け下り出した。
男なのか女なのかも分からない。
白い影だけのような腕が私を祈りの集団の最後尾に座らせた。
いつの間にか私も無我夢中で祈っていた。

「お願いです!消えて下さい!お願いです!消えて!!」

人々の祈りが通じたのか、虹は少しづつ勢いを弱め一つ、二つと去って行ったり、薄くなって消えた。
後一つ!もう少し、後一つさえ消えれば……

そこで目が覚めた。

ドン、ドンドン、ドン、ドンドン…

目覚めても、あの音だけは鳴り止まなかった。
夢で聞いていたのは、祈りの太鼓の音ではなかった。
現実の家の中で聞こえている。
3DKの狭いマンションの何処だ?!この音を発生させているのは。
何かが起きている、悪い胸騒ぎしかしない。

ドン、ドンドン、ドン、ドンドン…

更に大きな音が響いた。
トイレだ!!
布団を跳ね除け、トイレに走った。
私がドアの前に立ったのを感じとったかのように、中から夫が倒れ込むように出て来た。
直ぐに両手で大きな身体の夫を支える。一人では立ち上がる事も出来ないらしい。

「何?何があったの?」
「うん、何かね、脳の血管が切れちゃったみたい」
「えっ!」
「大丈夫、多分、小さい細い血管じゃないかな?」

夫はしっかりした口調でそう言うが、私には『大丈夫』には到底見えなかった。

「ねぇ、それよりもズボンが片方穿けないんだ、手伝って」
そんな事、どうでもいいじゃない!救急車、救急車を呼ばなきゃ!!
「いいから!早く!!」
夫は若い頃から、カッコつけシイだった。
どうしても、このままズボンを片方だけぶら下げた無様な格好の自分を許せないのだろう。夫の真念に衝き動かされた格好で私は彼の言う通りにした。

物音を聞き付けた継母が起き出して来た。
「何があったの?」
「お母さん、いいから早く私の携帯持って来て!!」
夫を支えている状態で動けない私は、叫んでいた。
それを聞いていた夫は
「俺の携帯も」
と言った。
「は、はい!」
継母は充電していた私の携帯と夫の携帯を二つ、急いで居間から取って来た。
脳の血管が切れていると言ったのに夫は、現場監督に自分で電話を掛けた。
「すみません、ちょっと脳の血管が切れたみたいで病院行ってから行くんで遅刻します、あ、はい、大丈夫です。迷惑掛けてすみません」

遅刻?!この人は、この状態でまだ仕事に行くつもりなのか?!


当時、水道事業を営んでいた私達夫婦は「新東名高速道路」の開通に向けた水道工事に携わっていた。
2020年は正月以外、夫は休みらしい休みを取らないで開通に向けて働いていた。
国が決めた開通日に向けて自然は予定を合わせてくれない。空からは雨が降り、トンネルを作る為に山を掘削すれば水が出て工事が遅れる。
工期が遅れれば遅れるだけ人件費がかさみ予算が失なわれてしまう。当時の建設業は「ブラック」その物だった。
今日、仕事に出なければ仕上がりを待っている元請けの建設会社に迷惑を掛けてしまう。責任感だけが夫に電話を掛けさせたのだろう。


驚いている私を尻目に
「ちょっと支えてて、歯を磨くから」
と言う。
な、何を呑気な事を……
歯を磨く洗面所はトイレの横にあった。夫は勝手に片手で歯を磨き出していた。
私達の後ろでは継母が、ただオロオロしている様子が伝わって来る。

その時だった。

「うっ、うぉーーーーーー!!」

鬼のような形相で仁王立ちした夫が、断末魔の叫び声をあげた。
大木のような夫の身体が、ぐらっと大きく揺れた。

「〇〇くーーん!!」
小柄で痩せっぽちの私は、その衝撃に耐えられなかった。夫の身体は洗面台の後ろの小箪笥が、かろうじて支えてくれた。大木になぎ倒されたような形で一緒にぶっ飛んだ私は、必死に夫を立ち上がらせた。
その夫の頭から大粒の真珠大の汗が噴き出していた。師走の寒い朝なのに。
みるみる間に汗は顔中に流れ出した。
「あっ」
そして夫の右顔がガタンと音をたてるように一気に下がった。
今もあの瞬間はスローモーションのようにハッキリと覚えている。
「人間て、こんな大粒の汗を出せるんだ……」
呆然とそんな事を考えていた自分の事も。


私は右腕で夫を支え、左手で電話を掛けようとした。
でも、でも
「お母さん、お母さん、救急車って何番だっけ?」
手がガタガタ、ワナワナ震えて掛けられない。
多分、継母が掛けてくれたのかもしれない。
この間の経緯は全く記憶に残っていない。
ただ心臓の鼓動だけがバクバクと早まり、身体の震えが収まらなかった事だけしか……
住所と夫の状態を何とか伝え、早く来てくれるようにお願いしたのではないかと思う。

「今日子ちゃん、とにかく〇〇君を寝かせよう」
私が左側を継母が右側を支えて、そっと居間に運んだ。
頭を動かしてはいけない。頭だけは動かさないように…
「お義母さん、すみません、すみません」
こんな状態になっても、夫はまだ気遣いを忘れなかった。
居間にそっと寝かせ、私達はひたすら救急車の到着を待った。 
「まだ?、まだなの?!」
その時、頭を抱えて寝ていた夫が上半身を起こした。
ダメ!!動いちゃ!!
「今日子、吐きそうだから洗面器持って来て」
「えっ」
「早く!!」
風呂場に走って洗面器を掴んで戻る。
継母が冷静に
「これを」
新聞紙を洗面器の中に敷いてくれた。

十分、二十分…
救急車を待つ時間が異常に長く感じられた。



つづく


つづきが何時書けるのかは不明

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