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「エッセイ」小さなオルゴール#青ブラ文学部

あの小さなオルゴールは何処へ行ってしまったのだろう。
回復期病院から療養型病院へ転院しても、ずっと夫に聴かせ続けた「小さなオルゴール」
いつもベッドサイドの小さなクローゼットに乗せていた「小さなオルゴール」
あんなに毎日ネジをギュッギュッギュッって巻いて、植物人間になった夫と一緒に聴いていたのに、何と言う曲だったのかさえも思い出せない。

他の記憶は鮮明なのに、確かに持って帰って来たはずなのに……

曲名も、その小さなオルゴールのカタチも、思い出せない。

「遷延性意識障害の患者にはオルゴールの音が良いんだって」
お見舞い客の誰かが、そう言って持って来てくれた「小さなオルゴール」

意識障害にはオルゴールや弦楽器の音がいいと聞いて、急いで買ったバイオリンのCDは、聴きもしないのに手元に残っている。
でも「小さなオルゴール」だけが、忽然と姿を消した。

あの日、主人の心臓が止まった日、バタバタと段ボールに詰めた入院していた時の荷物は、今も殆どそのまま封を開ける事はない。

むき出しになっていた物は、
皆が折ってくれた千羽鶴、使っていたCDデッキ、最期は身体が硬直して着られなくなったパジャマ、褥瘡を防ぐためのクッション、歯ブラシやコップ…
そういう物は、そのまま私のクローゼットの奥に押し込まれたままになっている。

でも「小さなオルゴール」だけが、何処を探しても見当たらない。
ずっと一緒に歩んできたあの小さなこは、何処へ行ってしまったのだろう。

山根あきらさんのこの企画を知って、真っ先にあの「オルゴール」のことを書かなくちゃと思った。
行方不明になってしまった、あの「小さなオルゴール」を。


人って、真の悲しみに出会うとソコだけ記憶が、すっぽりと抜け落ちるというのは、どうやら本当らしい。

あの「小さなオルゴール」が、今日も何処かで誰かの意識を刺激していてくれたら、嬉しいと思う。

きっと、あのこは次の役目を果たす為に旅に出たんだ……


私の「小さなオルゴール」の想い出です。
よろしくお願いします。



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