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「連載小説」姉さんの遺書12

前回までのお話しはこちら

      (銀杏の章)
         花言葉 『鎮魂』


「今日はどういたしましょう?」
指名した男性美容師が、真鍮の枠に飾られた鏡の中で植野 ゆかりの背後から微笑みかけた。ゆかりは自分よりもその美容師の方が小顔に映っているのが、ちょっと癪に触ったが気にかけない素振りで答えた。
「そうね、カラーリングと少し毛先を揃えてもらおうかしら」

高柳健三から毎月の小遣いが振り込まれなければ、こんな高級なサロンに通う事は一生なかっただろう。
地方都市の中で最も一坪の単価が高いこの辺りで、いったい家賃はどのくらいするのだろう。
あ、ダメ。
そんな貧乏くさい事を考えちゃ。私は上等な女性になるのよ、あの人の亡くなった奥様に負けないような……

今日、ゆかりは久しぶりに亮一とデートをする日だった。妻の珠姫が亡くなってからというもの、ずっと鬱ぎこんでいた亮一から
「ご飯でも食べに行こうか?」
と誘われたのだ。

だから今日は最高に綺麗にしてもらわなくちゃ。

午後の授業を欠席して、ゆかりは亮一とのデートのために常連になったこの美容室へ来ていた。
「髪の色はいつもと同じくらいで、よろしいですか?」
「そうねぇ、いつもより少しだけ明るめにお願い出来るかしら」
ゆかりの背後でヘアカラー剤を調合している美容師が液剤を足しながら
「かしこまりました」
上品に受け答えた。
「よろしかったら」
アシスタントの女性がVOGUEやVANSANなどの一流女性雑誌を手元のテーブルに並べて置いた。
「ありがとう」
出来るだけ優雅にゆかりはお礼を言った。
この贅沢な空間を一人占めしているような感覚が、堪らなかった。

コツコツコツ……

静かに流れるクラッシックの中をゆかりの優越感を邪魔するようにハイヒールの音が響いた。薄いグレーの大理石の床を規則的に彼女の方へ近付いて来る。

「こちらへどうぞ」
ホストのような顔をした指名NO1の美容師が、にこやかに微笑んで椅子をハイヒールの女の方へ回した。
「麗奈様、今日はどういたしましょう?」
麗奈と呼ばれた女が隣の席に腰を下ろした。

ゆかりは髪に塗られていく冷たい液剤が垂れないようにそっと視線だけを隣に座った女性に移した。

「シャンプーとヘアセットをお願い」

「えっ…」

其処に座っていた女は亮一の亡くなった妻によく似ていた。いや、年格好は十歳くらい若いだろうか。美容院になど来なくてもよさそうなつややかな髪に透き通るような白い肌、小さな顔には大きな瞳と少し高めの鼻梁、形の良い上品な唇……
その唇が開いて、くるりとした茶色がかった瞳が、真っ直ぐにゆかりを見つめ返した。

「何か?私の顔に何か付いています?」
「あ、いえ、知人によく似ていて、ごめんなさい」
「いいえ、謝らなくても大丈夫よ」

同性から見ても見惚れるような美女だが、よく見ると亮一の妻とは何処か違っていた。気の所為だったのかしら?

でも似ている。

「世の中には自分に似ている人が3人は存在するって言いますものね」
「え、ええ、お綺麗な方でしたよ、とても」
「『でした』?その方、お亡くなりになったの?」
「え、ええ、まぁ」
「じゃあ、私、ドッペルゲンガーにはならないわね」

女はいたずらっぽく微笑むとシャンプー係の女性スタッフに誘導されながら、シャンプー台の方へ去って行った。交わした会話はそれだけだったが、ゆかりは珠姫によく似た女に強烈な印象を持った。

なんなの、せっかくのデートの日なのに、嫌なもの見ちゃった。あれじゃ、まるで奥様が蘇って私に釘を刺したみたいじゃない。
忘れよう。もう二度と会わない人なんだから。
シャンプー・セットだけで帰る女の後ろ姿を鏡ごしに睨みつけながら、ゆかりは今日のデートのことだけを考えようと思った。

亮一の妻が亡くなってから、ゆかりはピルを服用するのを止めた。
子供さえ、子供さえ作ってしまえば、あの家も財産も亮一さんも全て私のものになるんだわ。
上品ぶったあの女が、亮一さんにしてあげられなかった事を私がするのよ。


コツコツ……
美容室を出た麗奈は街路樹の銀杏並木の色づきに秋の気配を感じながら、歩道を軽快に歩いていた。

人のものを取る時は、もっとお行儀よくやってよね。生命を取り引きに使うのって、どうなのかしら?
許せる?許せない?
私は許せないわ、ねぇ、珠姫さん。
私があの娘と亮一さんを必ず引き裂いてあげる。

麗奈はバッグからスマホを取り出すと柴田に連絡した。
「ねぇ、今日の二人のデートの場所って何処か分かる?」
「やる気だね、麗奈。でもどうして今日デートするって分かるんだよ」
「するわよ、さっき見て来たもの。ターゲットの顔。女がお洒落する時は久しぶりのデートに間違いないわ」
「分かった。それは俺が後を付けて知らせるよ。お前はその辺で珈琲でも飲んで待っててくれないか」
「OK、ボス。あ、それから白井康司さんを呼び出して」
「どうして?」
「女が一人で寿司屋やフレンチや中華に入るのは不自然でしょ?」
「それはそうだが…」
「ボスは全部見せるって彼に約束したじゃない?いい?必ず呼んでね。それから、ゆかりは行きつけの美容室に居るわ」
「分かった」
柴田は麗奈からのスマホを切ると眉間にいつもより深いしわを刻みながら、煙草に火を点けた。

いよいよか……



つづく




これ、不完全だから出すのイヤだっの(泣)
でも明媚へのエサ(笑)















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