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「短編小説」花吹雪#シロクマ文芸部


花吹雪が新郎新婦を祝福するために人々の手から放たれた。

「おめでとう」
「お幸せにね~」

歓声と舞い散る薔薇の花びらの下を中上 賢治と榊原 由良は腕を組んで教会の階段を下りていた。
ライスシャワーではなく「薔薇の花びら」にしようと提案したのは由良本人だった。
人生の最高な一瞬を味わうように、いや味わっているふりをしながら二人はゆっくりと階段を下りて行く。由良は、レースのベールの隙間からチラリと新郎の賢治を盗み見みた。来賓に頭を下げながら幸せそうな微笑みを浮かべるこの人が本当に私の夫だったら、どんなにこの瞬間が、嬉しかったことだろう。


「お願い!一生のお願い!由良ちゃん、明日の結婚式、私の代わりにウェディングドレスを着て!」

病院のベッドの上で、姉の由利が懇願したのは昨夜のことだった。
「何言ってるの?!お姉ちゃん」
由利は由良の双子の姉だ。昨日、ウェディングエステを済ませた帰り道、由利は暴走してきた高校生の自転車を避けようとして事故にあった。交通事故自体は大した事はなかったが、コンクリート塀に顔を打ち付けて鼻の骨を折ってしまった。今まで同じ双子なのに成績は優秀で社交的な姉の一世一代のとんだ失態だった。

「分かるでしょ?もう、これ以上結婚式を伸ばせないのよ」

コロナ禍になってしまって式場のキャンセルは2回、待った期間は二年間だった。それに昨日の今日ではキャンセル料が100%になってしまう。
「賢治のご両親や親戚は北海道から、もう出て来てくれてるし、私、一番大切な日にこんな顔じゃ出られないわよ~」
由利は布団に突っ伏して子供のようにわんわんと泣き叫んだ。
「でも…」
由良は、心配して由利の背中をさする賢治の方を見た。
「いいの?私で?」
「由良じゃなきゃ、ダメに決まってるじゃない!!同じ顔なんだから!他の人に頼めるわけないでしょ!」
「じゃ、じゃあ、妹の由良の役は?私は?」
「風邪でも盲腸でも欠席にしておけばいいわよっ」

 ーあぁ、所詮、お姉ちゃんにとって私の存在ってそんなものなのね。
「由良ちゃん、僕からも頼むよ。僕の高齢のお祖母ちゃんも来るんだ。頼む!」
賢治に仏様を拝むように手を合わせられて、由良は今、この花吹雪が舞う下を歩いている。
明日になったら、お姉ちゃんに返さなければならない人。ずっと好きだったのにお姉ちゃんの方を愛した人の隣を…

薔薇の花びらがハラハラとレースのベールに降り注ぐ。由良が浮かべた涙を見て
「まぁ、今どき感動して泣くなんて、なんて可愛らしい花嫁さん」
賢治の祖母がハンカチで目頭を押さえた。

 ー良かった。この役だけでも務められて。
高校生に握らせた三万円は無駄にならなかったわね。『脚でも折って』って頼んだのに失敗したと思ったら、避けて鼻を折るなんて、なんてまぬけな由利。

教会のチャペルが二人を祝福するために盛大に鳴り響いた。
 ー神の前で誓った、あのキスを私は一生忘れない…





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