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クリスマスイブ「記憶に残る風景」#虎吉の交流部屋プチ企画

2010年12月20日
この日、noteで何度も書いているが大動脈瘤破裂による「くも膜下出血」で、私の主人は植物人間になった。

あの日の空は抜けるように何処までも高く碧く、私はユーミンの「悲しいほどお天気」と言う歌を救急車の中で思い出していた。

その風景も記憶に残っているが今も尚、更に鮮明に私の記憶に残るのは、それから4日後の24日 クリスマスイブの風景だ。

20日の一度目の手術で一命を取り止めた主人だったが、翌21日早朝再びピッキング手術を施した直ぐ近くにもまだ大動脈瘤があったらしく大量出血を引き起こした。
朝5時、病院からの電話を受け取った私は震えてしまって自分で運転をする事が出来なかった。当時、同居していた実父の運転ですぐさま病院に向かった(事後承諾という形でまた多くの書類にサインをしなければなからなった)

二度目の緊急手術が終わった主人は、窓のない宇宙ステーションのようなICUの一番奥の一番の重症患者だけが入る事を許された病室に寝かされていた。
ベッドと呼ぶにはあまりにも無機質な台の上に上半身は裸のままだった。
消毒をされ変な服を着せられて、入室を許可された私が見た主人は更に変わり果てていた。
顔はサッカーボールのように腫れ上がり、身体中が一回りも大きく浮腫んでいた。
その身体に繋がれた管を私はバカのように数えたのを覚えている。鼻の穴に3本、口に3本、両手、両足に…
確か全部で10本以上……その先には何パックもの点滴が吊るされ、無数の機械が並びピーピーと電子音を立てていた。

担当の医師は
「最善は尽くしました。後はご主人の生命力だけです」
そんな事を言ったと思う。
グローブのように浮腫んでしまったダーちゃん(主人)の手を握り締めて、私はひたすら時が経つのを待った。ずっとずっと握り締めたまま、この危機が立ち去りますようにと祈り続けた。

数日後、ダーちゃんの生命力がまたもこの危機を脱してくれた。
そして迎えたクリスマスイブの日、私は医師に主人の病状説明があると呼ばれた。

今思えば何故、クリスマスイブの日だったのだろう。
街はイルミネーションに輝き人々が浮足立っていたあの日…
私はダーちゃんのお母さんが握ってくれた「おにぎり」を持ってビジネスホテルに泊まる予定だった。確か次の日の朝早くからまた何かの手術が行われる予定だったからだ。
何処の部屋で医師の説明を受けたのかは、覚えていない。でもダーちゃんのレントゲンを見せられ医師が言った言葉だけはしっかりと記憶に焼き付いている。

「今までの経緯を考えて、ご主人のこの先は、または脳死、最高に良くて植物人間です」

瑛太似のイケメン医師が、はっきりと私に告げた。
「……」
返す言葉が見つからなかった。
2010年のクリスマスイブに私が受け取ったクリスマスプレゼントは医師のこの言葉だった。
呆然としている私にイケメン医師は何度も謝った。

「すみません、やれるだけのことはやったのですが」
「いいえ、ありがとうございます」

直ぐには事態が飲み込めなかった。
「奥さん、大丈夫ですか?」
よほど酷い顔をしていたのだろう。医師は私に慰めの言葉を投げかけた。

よろよろとその部屋を出ると病院の前のコンビニへ走った。寒い寒い日だった。
Yコンビニエンスストアの外の喫煙場所で、煙草に火を点ける手が震えた。
寒さのせいだったのか悲しみのせいだったのかは、分からない。
歯も震えてカチカチと音を立てる。なかなか火は点つかない。医師の前では見せなかった涙が自然に溢れてきた。
街にはジングル・ベルが高らかに流れていた。その中で、まるで世界中で自分が一番不幸なような気持ちになった。私は煙草を吸いながら、いつしか号泣していた。
その時、ミニスカートのサンタクロースの格好をしたお姉ちゃんが3人、私に声を掛けて来た。

「クリスマスケーキ、如何ですか?」

可愛いサンタクロースの前のテーブルには、残り僅かになったクリスマスケーキが置かれていた。

「クリスマスケーキ、今なら30%オフですよ~。クリスマスケーキ如何ですか〜」

泣いている私を無視して売り込みは続く。
今日の私にクリスマスケーキなんて要るはずがなかった。
泣いている私に興味を持ったのか、幸せそうなサンタクロースは断ったのに

「半額にしましょうか?」

可愛い笑顔を振りまいてきた。

「ごめんなさい、本当に要らないんです」

いたたまれなくなった私は歩き出していた。重症な主人を一人ICUに置き去りにして街を彷徨い歩いていた。歩いても歩いても幸せそうな人達で街は満たされていた。
しばらく歩いた私の目に飛び込んで来たのは、青と白に美しく輝くクリスマスツリーのイルミネーションの群れだった。

あの日のミニスカートのサンタクロースと輝くクリスマスツリーを私は一生忘れることは出来ないだろう。
彷徨いながら辿り着いたビジネスホテルの一室で、私は義母が握った梅干しのおにぎりを頬ばった。そこには鶏の唐揚げもなければ、たくあんの一切れも入っていなかったけど……
「ああ、これが私に与えられたクリスマスなんだ」
実感しながら明日の手術の付添人として食べるしかなかった。

テレビでは、幸せなクリスマスの特集が流れていた。





ここまで書いてきて、一度荷物を取りに病室へ引き返した事を思い出した。其処では仲良くなったICU担当の看護師さんが熱を出した主人の為に氷嚢を運んでくれていた。
「死」か「脳死」か「植物人間」の選択しかない人の脇に氷嚢を当て懸命な処置をしてくれている。

「すみません、クリスマスイブなのに」

私の言葉に看護師さんは

「好きで病気になる人はいませんよ」

と明るく笑ってくれた。
あの言葉に救われて、私は迷いながらホテルへ辿り着けたのだと思う。



虎吉の交流部屋プチ企画に参加させて頂きます。
虎ちゃん、よろしくお願いします。

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