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「ショート」桜色の人生#シロクマ文芸部#青ブラ文芸部

あくまでもフィクションです。

本文はここから↓



「桜色の人生だったな…」
火原 三平は病室のベッドで、そっと呟いた。
「Pardon me?」(なんて言ったの?)
彼のベッドの隣に座る年老いた妻が聞き返した。火原は面倒くさそうに
「Cherry blossom life」
英語で言い直すとぷいと横を向いて寝返りをうった。妻は呆れたように
「No! if you say that Rose colored life」(それを言うなら『薔薇色の人生でしょ)
嫌味のように言い捨てて、さっきまで読んでいた本にまた眼を落とした。


分かっているよ。
『薔薇色の人生』なんかじゃなかったさ…
でも俺にだって「桜色の人生」だった瞬間はあったんだ。
火原は数十年前の若き自分の思い出と犯した大きな過ちを思い出していた。

日本の北海道のプロ野球チームで通訳をしていたのは、まだ俺が二十代の頃だった。或る年、そのチームへ大物ルーキーが加入すると日本中が沸いたが、火原には無縁の世界の出来事だった。
通訳と言うと聞こえはいいが、所詮裏方に過ぎない。我が儘放題の外国人選手の意向をオーナー幹部に伝え、その真ん中に入り双方の機嫌をとるのが、主な役目だった。
つまらない人生だった。
そう、あの日までは…

大物ルーキーはピッチャーとバッターの二刀流を武器にいずれはアメリカのメジャーリーグへ行くと夢を語っていた。
「なんて生意気なガキだろう」
アメリカに詳しかった俺は、彼の夢を鼻先で笑っていた。
絶対に無理だ。日本人とアメリカ人では体格もパワーも違う。その上、二刀流だって?野球の神様と言われたベーブ・ルースの真似を日本人がしたって、叶うはすがない。
真剣にそう思いながら、ただ黙々と日々の仕事をこなしていた。
五年の歳月が流れた。高卒のルーキーだった彼が、23歳になった年、本当に夢を実現するチャンスが訪れた。

「僕に付いて来てくれませんか?一緒にアメリカに行きましょう、火原さん」
彼はキラキラした眼差しで俺に向かって言った。
「僕で、いいんですか?」
「貴方の仕事ぶりをずっと見ていました。貴方がいいんです、火原さん」

安定はしているが一球団の通訳で生涯をこのまま終えるか、日本では優秀な成績を残しているが、アメリカではまだ「海のものとも山のものとも知れない」彼の夢に賭けてみるか…
俺の気持ちは決まっていた。人生で一発逆転の大ギャンブルに打って出よう。

「行きます!一緒に!翔◯さん」

一も二もなく返事をしていた。
こうして俺達は二人三脚で、アメリカ中を沸かす大スターへの階段を上り始めたんだ。
あの頃は、毎日がわくわくとドキドキの連続だった。俺が求めていたスリルが其処にあった。翔◯は瞬く間にトッププレーヤーの仲間入りを果たすと今度は怪我に悩まされた。
人生ゲームで言うところの一回休みだ。俺はそれさえ愉しんだ。ギャンブルは勝ったり負けたりするから楽しいんだ。
でも俺は、この時既に俺自身の本質を忘れていたんだ…ギャンブルが好きだと言う根本を…
怪我から回復した彼は、さらなる飛躍を遂げた。なんとメジャーリーグで、二年連続MVPの栄冠を勝ち取った。

人々が注目する中を翔◯と俺は並んでレッドカーペットの上を歩いたんだぜ。
この俺がだよ?!
勝ったと思った。
一通訳だった俺が、人生の勝利者に上り詰めたと思った瞬間だったね。
でも、あの時はもう、もう一つのギャンブルに手を出していたんだ。そう、ホンモノのギャンブルに…
光があるから闇もある。
勝ったと思った時から、俺のわくわくやドキドキは何処かへ消し飛んでいたんだ。翔◯がホームランを打つ度に三振をとる度に、俺の不満は膨らんでいった。
金もある、名声も手に入れた。
それなのに何かが足りなくなっていった。俺が本当に求めていたのは、こんなものじゃなかったはずだ。

後は、皆さんがご存知の通りだよ。

俺は、もう一つの裏の顔でギャンブルにハマっていったのさ。いつバレるかとドキドキ、はらはらしながらね。
一夜にして桜色だった人生は、見事にパッと散ったよ。ハハハ〜〜
おまけに信じてくれていた翔◯の金にまで手をつけてたさ。さすがに大切な人を裏切るのだけは、俺の中でも大きな誤算だったな。
七億だぜ、遊んでスッた金…
でも、それでも楽しかったなぁ~。
ああ、だから病気だって言われるんだよな。

全てを無くしたよ。
一夜にしてね。
職も信用も金も、最後には美人だって評判だった妻も愛想を尽かして離れていった。
それから罪を償って、野球があまり普及していないヨーロッパを転々としたんだ。アメリカには居られなかったし、さすがに日本へは帰れなかったよ(苦笑)
うん?翔◯は、俺のギャンブル依存症を知っていたか?って。
それだけは俺の一生の暗々裏だな。
これだけは墓まで持って行くつもりなんだ。話せないよ。せめてもの俺の翔◯への友情の証かな。あれから二度と会う事はなかったけど…


さて、看護師さん、長い話しを聞かせて悪かったな。
コインを投げよう。
表が出たら俺は明日死ぬ、裏が出たら一ヶ月は保つってのは、どうだい?
もう、何も賭けるものがないから俺の生命を賭けるよ。

火原は誰も居ない病室で、一枚のコインを高々と宙へ向かって放り投げた。


小巻幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いしますm(__)m


山根あきらさんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いしますm(__)m












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