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「エッセイ」棺桶物語 完結編

「どうやって飲ませるの?」
私はミユに尋ねた。こいつは「仏」の達人である。
短い人生の中で二度も施主を務め(その後、直ぐにまた二回)ギネスに載る勢いで二回も墓を建てている。

「脱脂綿かな〜?」
とミユ。
「そんな物ないよ」
もちろん私だ。
「あるよ!葬祭場だもん!」
自信たっぷりに言うと係の人に頼んで直ぐに「脱脂綿」を調達した。
そして、二人がかりで
「よっこらしょ」
と高級な棺桶の蓋を開けた。
あら、綺麗な顔、この人、死に顔まで綺麗だわ…
おっと!私の感想は省略して話を進めよう。

サントリーの角をたっぷりと脱脂綿に浸し、先ずミユが口元に……うん?ちょっと待て!思い出した!何故あの時、妻の私よりも先に?!まぁ、いいか、既に時効だ。

「ダーちゃん、ごめんね〜、安い酒で」(お、お前な~!)
ミユがお手本のようにダーちゃんの唇を湿らせた。
次は私の番だ。
「好きなお酒、もう思う存分飲んでいいからね」
涙がちょちょぎれるような良い話しだ(泣)
それからまた二人で蓋を戻した(蓋をしても顔は見えるようにガラス窓が付いている)

そこからは、もう無礼講の宴会だった。
飲む、飲む、飲む……
おまけにアカペラで「我が良き友よ」を肩を組み合って大合唱している愛すべき大バカども達。
あ、あれ?よく見ると
一番ノッてるの、息子ちゃんじゃん(笑)
「俺、一度、親父の友達と飲みたかったんすよ~」
いやん、なんていい子なの〜。
いくらでもオバサマが飲ませてさしあげてよ。

それが悪かった。
息子はダーちゃんほど酒が強くなかった。当たり前と言えば当たり前の話しだ。ダーちゃんは町でその名をとどろかすような立派な大酒飲みだった。
それがまだ経験も浅い若い息子ちゃんが叶うはずがなかった。
すまなかった、Rよ。
飲ませたのは私だ。
そして、これから君の酒癖を暴くぞ(笑)


突然だが
ダーちゃんの息子ちゃんは「キス魔」だった。
女の子はもちろんのこと、親父の友達とキスをしたいと誰かれ構わず「キス」して回っていた。
その証拠写真を今も私は握っている(何をする気だ)
何故、私に迫ってくれなかったのだろう。
実に残念だ、いや違う謎だ。

また話しが脱線しているようだ。
「棺桶」に戻そう。

三度目あたりからミユはメンドクサくなったのか、そのままダーちゃんの口の中へウィスキーの角を流し込んでいた(悪かったな安い酒で。割りと根に持つタイプだ)
仏初心者の私も真似して口へドボドボ流し込む。
さすがにダーちゃんは酒豪だ。びくともしない(死んでますから〜)

宴たけなわに差し掛かった頃、ミユも私も足元がおぼつかないほど酔ってきた。
それでも一定時間が来ると何かの儀式のように立ち上がりダーちゃんに酒を飲ませに向かう私達。
はたから見たらゾンビのように映ったかもしれない(変な新興宗教には属していない)
サントリーの角瓶を持ち、棺桶に向かう女二人…。


何度目だったのか、記憶していない。
酒の弱い友達が帰り始めた頃だった(それはそうだ。明日が本番の本葬なのにこんなに飲んでるバカにそうそう付き合ってはいられない)


「さて、またダーちゃんに酒をっと」
再びゾンビ女達は立ち上がった。足元はふらふら、目は座っている。もう息子ちゃんのキスも放置プレイだ。

したたかに酔っていた。
そう言い訳をさせて頂きたい。
酒は安いが、棺桶は高級だった。一世一代、私が張り込んだ「燃やす物」に金を掛けた代物だった。

「せぇ〜の、よっこらしょ〜」


スッパーーーーーン!


何故、私達は気が合ってしまうのだろう。 
二人で同時に手が滑る事があるという事実が判明された出来事だった。
どちらか一人がしっかりしているとか出来ないのだろうか、ゾンビ女達よ。


棺桶の蓋が空中に飛んだ、ぶっ飛んだ!
蓋は見事に宙を舞い「親族控室」のドアにぶつかり、大きな物音と共に着地した。


「あっ」

シーーン

飲んでいた客に訪れた一瞬の静けさ。
「しまった!」
よろけながら棺桶の蓋に駆け寄るバカ女二人。

プラ〜ンプラ〜ン

棺桶の蓋は見事に破壊されていた。
角が外れ長方形に尻尾が付いちゃったような感じ。
うーん、上手く表現出来ない。
一度棺桶の蓋をぶっ飛して壊したことがある方なら、容易にご理解して頂けると思う。
あの時の私達二人を襲ったのは「絶望」ではなく「取り繕う」または「誤魔化す」という姑息な手立ての発案だった。

「セロテープで貼っちゃう?」
いつにもましてオドオドと提案したミユ。
「ガムテープじゃなきゃ無理じゃない?」
と私。

もう一度言わせてくれ!
高い棺桶だった。しかも選んだのは事もあろうに「真っ白」!
本葬は誤魔化せても火葬の前の釘打ちをどうするか?
いや、その前にダーちゃん、ごめんなさい、こんな私で。

夜は白々と明け始めている。
私達は「棺桶の蓋壊しました」なんて告白する正義も勇気も毛頭持ち合わせていない。


カーン!カーン!


その時、私の友達の一人が背後で棺桶の蓋を何か硬い物で叩いて修理をしてくれていた。
おお、神よ!こんなところに君臨していらっしゃいましたか(泣)アーメン!(キリスト信者ではない)
なんとか応急処置が施され無事に蓋は棺桶に収まった。

修理した神のお言葉「ちょっと端が欠けちゃったけど…」
不届き者の私「いいの、いいの。ごまかせれば」
私は床に散らばった棺桶の蓋の白い欠片を大急ぎでかき集め、後ろ手に隠してゴミ箱に向かった。
アーメン!チャチャッと捨てた。

良かった。バレずに火葬に持ち込めて…

あの時の焦った気持ちは今も鮮明に記憶に残っている。
私の心の一頁に「高級でも棺桶は壊れる」と刻まれた一夜だった(もっと耐久性を追求して欲しい)







次の日の本葬の着物の着付けの最中に二日酔いで立っていられなかった施主は私だ。






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