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#家族について語ろう「告白」7




親族の顔には「諦め」の色が濃く浮かんでいた。
『キチ〇イ』
沙希のあの姿を見たら誰もが、そう感じただろう。
親戚と沙希の両親(父は私にとって義父)の間には、「思い」に明らかな温度差があった。
母は
「今日は本当にありがとうございました」
親戚の人達に頭を下げると
「後は家族だけで何とかするから。朝から呼び出して本当にごめんなさい」
心配の中に僅かな好奇心を覗かせる親族に帰るようにお願いした。

「きっと何とかなるよ、沙希は優秀な子だもの」

伯母は帰り際に母にそう言って元気付けたが、『何とかなる』の根拠は何処にも見当たらなかった。

一人残った医師が四人になった私達に声を掛けた。
「先ず、ご両親にお話をお聞きします。こちらへ」
母と沙希の父が、医師に付いて奥の部屋へ入って行った。
間接的な問診というところだろうか。本人との意思の疎通が全くはかれないので、家族から話を聞くしか手段がなかった。
長い時間を待たされた後に両親は相変わらず絶望の影を顔に落として待合室に戻って来た。母が私達に奥の診察室に行くように言った。
「次、行って。何でも知ってることを全部先生に正直に話してね」
其処に一つでも手掛かりや希望が見つけられれば…
「うん」
薄暗い廊下を進んで診察室と書かれたドアを開けると当番医なのだろう。若い医師が落ち着きなく紙をペラペラとめくったり、ペンを弄んだり、頭を抱えている様子がうかがえた。
「そこへ掛けて」
勧められるままに椅子に腰を下ろした。誠意は感じられるが『何て日に当番になってしまったんだろう』彼の動作は如何にもそう言いたそうだった。
十代のまだ少女と女の間のような娘に人生の決定的な判断を下すのは、どんなベテラン医師でも気分の良いものではないだろう。
若い医師は椅子をくるりと私達の方へ向けると質問を始めた。

「一緒に住んでる妹さんはどちら?」
「私です」
結花がはっきりと答えた。
「お姉さん、昨夜お酒は飲んでいなかった?」
「飲んでいません」
「薬物をしていたとか……」
「絶対にありません。姉は真面目過ぎるくらい真面目な人です」
「そうでか……」
医師はメモを取り、質問の方向を変えた。

「お姉さん、ここ最近物忘れが酷いとかなかった?」
「無かったと思います」
「じゃあ、変な声が聞こえるとか変な物が見えるとか言ってなかった?」
「聞いたことありません」
「そう……」
メモをしていく。
「おかしくなったのは昨日が初めてなんだね?」
「そうです」
「どんな風だった?」
「目を私の目を自分の代わりに誰かにくれてやれ!って」
「目?」
「はい」
「何故、目なんだろう?」
「分かりません」
「それで殺されそうになって、こちらのお姉さんの所へ逃げたんだね」
「そうです」
「何か他に特別な事はない?」

医師のその質問に私と結花は『バレンタインデーのチョコレートを彼氏に渡せずに沙希がずっと待っていた話し』を懸命に訴えた。問診の殆どの時間をその話しに費やしたと言っていい。

「うーん…それはあくまでも発症のきっかけかな〜」

真摯に向き合って話を聞いてくれていた医師の答えは私達には残酷なものだった。

沙希をあんな風にしてしまったのは「あの男」のせいではない?
結花は私の隣でしゃくりあげていた。
「でも」
「本人にこういう状態になる要因があって、それを引き出したきっかけだと僕は思うね」

今の私なら恋に破れた女が全て可怪しくなるはずがない事は理解出来る。
でも当時の幼かった私の頭では酷い事をした方は何でもなくて、された方が全て損をするのは許せなかった。
あの男は安西の家で夕食を取り風呂を使い家族のような顔で振舞った挙げ句、沙希がバイトで貯めた金を全部持っていってしまった。そしてそれから連絡が取れなくなった。

最後に私は思いきって自分の頭に浮かんでいる病名を医師に尋ねた。

「先生、沙希は精神分裂病ですか?」(当時はまだ統合失調症という病名は無かった)
「うーん、まだなんとも…それに僕一人では結論は出せないんですよ」

あの当時も精神疾患に病名を付けるのは、とても難しい問題だった。複数の医師が診察を繰り返してから慎重に病名が付けられた。
もう一つ、どうしても聞きたかったことを私は口に出していた。例え新人の医師でも「医師」という職業の人から事実を聞きたかった。

「精神分裂病は……完治しませんよね?」
「残念ながら現代医療では寛解はしますが」
ああ、やっぱり……
「そうですか、ありがとうございました」

結局その日、沙希を治療する手段は何も見つけられなかった。私達は診察室のドアを閉めた。

両親が沙希の入院のために沢山の書類にサインをした後、私の運転する車に四人で乗り込み安西の家に帰った。









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