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ROCA 吉川ロカストリートライブ

海辺の町に住むふたりの女子高生、吉川ロカと柴島美乃の物語。歌手を目指すロカは美乃や周りの人々に支えられながら、プロの道へと進んでいく。

こう書くと、
まあそういう話あるよね
という感じなのですが、そこは「がんばれ!!タブチくん」「となりの山田くん」のいしいひさいち作品、味付けが独特です。

物語はほぼほぼ4コマ漫画で綴られていきます。
画面では容赦なくデフォルメされた登場人物たちがわちゃわちゃと掛け合い、いしいフォントとも言える個性的な書き文字のセリフが舞います。
もちろん、物語をただ縦4コマでコマ割りしてあるのではなく、毎回色々な風味のオチのついた4コマ漫画の連作です。
いくつものエピソードが重なって物語を作っているのを読んでいるうちに、生き物の一生は小さなエピソードの積み重ねなんだなぁ、などとしみじみ思いました。

この物語には、夢追う少女の物語には必ずといっていい程出てくるイケメンの彼氏とか素敵な憧れの先輩とかは登場しません。
(そもそも美男子は…???)
そして主人公に立ち塞がる才能ある美貌のライバル!みたいな敵キャラも出て来ません。
ロカが立ち向かわなければならないのは現実です。音楽事務所に断られる、お客が来ない路上ライブ、面倒な観客。それから自分の歌に対する不安などの心の問題です。
内気で不器用なロカは、美乃に後ろから力強くどやされながら前に進みます。

もともとロカは朝日新聞連載「ののちゃん」作中登場人物として登場しました。「ののちゃん」では、ののちゃん以外の登場人物が主役の回があります。ロカも、ののちゃんの家族と絡んで出て来たり、関係なく出て来たりしていました。
その後新聞漫画内での連載内連載を終えましたが、作者は公式ホームページや自費出版本でロカの話を描き続け、それがまとめられたのが、「ROCA」なのだそうです。
新聞連載の時とこちらでは、少々設定が変わっているところもあるので、新聞連載を離れた時点で仕切り直しがあったのかもしれません。

「花の雨が降る」は、「ROCA」に続いて出された本です。続編というより1冊目の行間を埋める物語。昔風に言うとレコードのB面みたいな感じでしょうか。これから読むのなら2冊とも読むのがおすすめです。

ちなみにロカが目指しているのはポルトガルの民族歌謡ファドの歌手ですが、ファドを聞いたことが無くても問題はありません。読者が読んで感じたものがロカの曲です(多分)。

以下 結末にも触れます


港町の高校に通う吉川ロカと柴島美乃。この町では10年前に海難事故が起きて、多くの犠牲者が出ていました。この事故で親を亡くした美乃は、同じく親を亡くして慰霊祭で泣いていたロカを覚えていて、学校で声をかけます。

ロカは、ポルトガルの民族歌謡ファドの歌手を目指しています。歌の事しか考えられないのか勉強が苦手、発想や行動がいろいろと危うかったりします。普段は内気(ビビリとも)ですが、歌う時には人が変わったように存在感があがり、咆哮のような大音量のアルトで歌いあげます。

親が亡くなった後、ロカの保護者は叔父さんです。ロカの母親の弟で美術館勤務のかたわら小さな画廊も主催しています。叔父さんは心配しつつもロカの夢を応援してくれています。ちなみに亡くなったロカのお母さんも無国籍バンドで歌っていたそうです。

美乃は、目つきが悪くて背も態度もデカい女の子です。留年しています。
「海岸通りの連れ込まれた人が出て来んゆうウワサの商会の支配人の娘で、ものすごいバカな弟がいて高校1年生を何回もやらかしている」(ロカのセリフより)

美乃の保護者はヤバそうな商会を経営しているおじいさんです。美乃への呼びかけが「美乃さんや」。美乃の弟は、しょうもない子です。

ウマが合ったのか、ロカと美乃は一緒に行動するようになります。周りからはロカが金魚のフンとか美乃の子分のように見えていたようです。

学校の先生のなかにもロカを応援してくれる人がいます。吉田先生です。
先生はロカの才能に気づいて放課後に歌の個人レッスンをしてくれます。
この先生、オシャレで明るい感じの中年女性なのですが、かなりエキセントリックで、教え方もユニークです。
レッスンにつきあっていた美乃が
「どんなボイストレーニングやねん」
と、言っているシーンがあります。
でも、ロカはレッスンのおかげで声が前に出るようになったと言っているので、優秀な先生なのでしょう。

ロカは路上ライブを始めます。美乃はコネを駆使して商会からボディガードを派遣するなどして応援します。かなり怖いお兄さん達です。

路上ライブで、頼もしい応援者も現れます。「ののちゃん」でお馴染みの食堂のおばあさん、キクさんです。
キクさんは、食堂でバイトしながら定休日に食堂を使ってライブをする事を提案してくれます。キクさんの店は大衆食堂です。
いしい漫画の登場人物は生命反応が強い人が多いのですが、キクさんも、かなりの存在感がある女性です。

ロカは活動の場を広げていきます。ライブハウス、船上ライブ、地域のFM局にも出演します。
美乃もロカのオーディションや打ち合わせに保護者のように付き添います。

そして、ロカは音楽事務所から声がかかり、叔父さん立ち会いのもと研究生として契約を果たして高校も中退、故郷を旅立つ事になります。
さあ、プロの歌手へ!

ひとりでは乗り物の乗り継ぎもおぼつかなかったロカは、もう自力で移動しなければなりません。不安な時握りしめていた美乃の服の裾もありません。それでもロカは前に進みます。

でも故郷を離れてからも、ロカが頼るのはやっぱり美乃。何かある度に「もすもす」と電話をかけ、美乃に「バカ」と喝を入れてもらいます。

新しい人間関係も生まれます。訳詩者や編曲者、伴奏者、エンジニアなどの音楽関係の人々です。
事務所からはロカに女性担当者がつけられます。この女性ですが、ただ者ではないニオイがします。考えすぎかも知れませんが、美乃のおじいさん関係と何処かで繋がっているのではないかと思ったりするのですが。

さて、ロカの歌はどんな歌なのか

ファド(ポルトガル語: fado [ˈfaðu])は、ポルトガルに生まれた民族歌謡。ファドとは運命、または宿命を意味し、このような意味の言葉で自分たちの民族歌謡を表すのは珍しい。1820年代に生まれ、19世紀中ごろにリスボンのマリア・セヴェーラの歌によって現在の地位を得た。 (wikipediaより)

以下は作中引用です 

「可憐な容姿と暗く美しいアルトのアンバランスが魅力」

「厳密にはファドではなく見事なアルトとヘンな歌いまわしとのミスマッチのせいで「吉川ロカ」のファドになっている」

「能力は高いがすごく不器用な女の子がファドを歌ってみたらヘンなオリジナルになってしまった」

つまり、かなり個性的で魅力のあるファドのようです。

物語は進みます。

次第に、積み重ねられた4コマの後ろで読者の心をザワザワとさせるような風が吹いて来ます。 

やがてロカは権威ある賞の候補に選ばれます。
喜ぶロカ。

しかし
「ROCA」のラスト。これまで笑ったりしんみりしながら読んでいた読者は、座っている座布団ごと放り出され、その後、ものすごい消失感を抱えたまま本を閉じる事になります。

サウダージはファドで歌われる「切ないだけでない儚いだけでないひとことでは言われへん複雑な感情表現」だそうです。終盤で、ひとり何処かを見つめるロカを見て音楽事務所の人が「サウダージだ」と言うシーンがあります。あの時ロカの心に何が浮かんでいたのでしょう。読後に「花の雨が降る」の表紙を見返すと何とも言えない思いがします。

この本を読んだ後思い出したのが「九月姫とウグイス」という昔読んだ童話です。主人公ふたりの設定も結末も「ROCA」とはまったく違うのですが、思い出してしまったものはしょうがありません。
他にも昔見た映画などを思い出した人もいるようです。もしかしたらこの物語は、ずっと前に人の心に刺さった何かの跡を疼かせるのかもしれません。

どの物語でも言える事だと思うのですが「ROCA」を読んだ後、何を感じたか何を思ったかは、人それぞれでしょう。でも、この本でロカの歌を感じる事ができたなら、懐かしい何かを思い出したり、また新しい何かを見つけられたなら、それはその人にとってこの本が幸せな出会いだったのだと思います。


追記
去年(2023年)の事ですが、ROCAストリートライブの原画展に行きました。
噂には聞いていたのですが、原画には並々ならない修正が為されていました。ホワイト修正だけでなく、切り貼りまでしての修正です。作品に対する作者の強い思いを感じました。



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