サイババと、膝のゆらぎーー倒産する出版社に就職する方法・第8回

ガクガクガクガク……。

あっ、これ、私の膝の震えです。

2000年当時、三五館といって私が真っ先に思い浮かべたのは、アフロヘアのインド人、サイババでした。

覚えてますか、サイババ。

私が高校生のころ、手のひらから聖なる灰とか貴金属とか時計とかを出現させる「物質化現象」を起こすというサイババは、ゴールデンタイムに何度も特別番組が組まれるほどの話題を集めていました。

その火付け役となったのが、『理性のゆらぎ』(1993年4月刊)『アガスティアの葉』(1994年3月刊)『真実のサイババ』(1994年10月刊)という、三五館刊行の青山圭秀氏の著作シリーズだったのです。

1993~94年にかけて燃え上がったこのサイババブームは、1995年3月にオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生したことによって、猛烈な勢いで消火剤がぶち込まれ、徹底鎮火されることになります。

サイババも、宜保愛子とかと一緒に、テレビからお所払いとなるわけです。

しかし、テレビのインパクトというのは強烈なもので、所払いから5年もの歳月が過ぎてなお、私の記憶にはあのアフロヘアがはっきりと焼きつき、また三五館にもアフロの焼きゴテがくっきりと刻印されていたのです。

しかし、あらためて三五館の刊行物を調べると――、

『ぽっかり月が出ましたら』(朴慶南)『会えて、よかった』(黒田清)『臨床心理学と人間』(林昭仁、駒米勝利編)『アダルト・チルドレン』(西山明)『たんぽぽの仲間たち』(山元加津子)『脳と人間』(計見一雄)『カムチャツカ探検記』(岡田昇)……etc.

硬軟、ジャンルを問わず、脈絡がな……振り幅の広い出版物を出しています。『心地よさの発見』(高橋和巳)は私も読んでいました。

いろんなジャンルに挑戦できそう――これは私にとって大きな魅力でした。

その反面、心配もあります。

膝が震えだすH編集長のエピソード、もう一丁いきましょうか?

体育会系ばりばりのH編集長は二十人ほどいる社員に「お客がきたら全員立ちあがり、腹の底からでっかい声で挨拶すること!」などと“教育”しているものだから、うっかり顔を出すと全員が立ちあがりでっかい声で、

「いらっしゃいませェェ!」

などと叫ぶので、初めてきた人はたいていびっくりしてそのまま逃げだそうとする。

――『新宿熱風どかどか団』(椎名誠)

……心配になるよね?

膝、震えてくるよね?

大事なわが子、預けたくないよね?

そんな心配を凌駕する出版業への憧れ。

これまでの数社と同様の緊張感にくわえ、恐怖心とも武者震いともつかない膝のガクガクとともに三五館の番号をコールします。

「Hさん、いらっしゃいますか?」

「はい。少しお待ちください」

切り替わった保留音は、ワルキューレの騎行。(幻聴)

「はい。代わりました」

野太い低音。

急停止するワルキューレの行軍。

H社長、登場。

「お忙しいところ、突然の電話、申し訳ありません。私は大学4年次の就職活動で出版社をめざしましたが、その願いかなわず、その後、1年就職浪人をしておりました。今も本作りに携わりたいという……」

4回も5回もやって、多少こなれてきた口上で切り出し、アポイントをいただきます。

「わかりました。●日の17時でどうでしょう?」

「はい、もちろん大丈夫です。うかがいます!」

よしっ!

ひとまずアポ取りは成功です。

それから数日間、これまで作っていた企画書をもう一度吟味しなおし、新たに何本かを付け加えます。

準備は万全!……なのか?

(つづく)

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