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【雑記】夏だから神社と大多喜無敵探検隊の絵が描きたかったのです。そして話は行徳神輿に・・

 こう暑い日が続くと、子供の頃のあの『夏』を思い出しませんか。ふと思い立って、大多喜無敵探検隊メンバーと昔ながらの村の鎮守様のコラボが何故かどうしても描きたくなり、仕事の合間でチマチマ描きました(仕事しろよオレ)。各部の色あい調整でずいぶん沼りましたが、とりあえずはFIX!
昭和50年代の房総の山の中、朝から宿題もせずに村の鎮守様にダラダラと集う、夏休みの大多喜無敵探検隊メンバー!
『次は何して遊ぶ?セミがうるさいんでセミ獲りでもしようか?』
『エザワ屋にナウでヤングなペプシコーラを飲みにいこうよ、尾高屋のコカ・コーラはいい加減飽きたしさー』
『駄菓子屋のバクダン屋は、ありゃーハズレくじばっかだよな、当たったためしがないぞ』
『・・そういや夕方は流星人間ゾーンの再放送がやってたな』
『あ!今夜は水曜スペシャル探検隊!確かアマゾン川の探検だったぞ!ガミラスから遊星爆弾が降ってこようが見なければ!』
・・とか何とか。

 ウルトマランのお面を被っているのは、今までは各お話の文中でしか、それも稀にしか登場してこなかった大多喜無敵探検隊の謎多き影のメンバー『ケンちゃん』です。ウルトラマンのお面にTシャツ、そしてマント(ふろしき)で、彼曰くウルトラスーパーマンだということでした。エラい強そうなオリジナルヒーロー名ですが、彼は喧嘩はからきし弱い男なのでした。
神社の前にいる白い女の子はこのおやしろの神様(のつもり)、ですので誰にも見えませんが、神様は子供たちを微笑ましく見守ってくれています。けっして幽霊ではありませんのでお間違いなく!

 ちなみに私がこの相変わらずのポンコツな絵を普段どうやって描いてるかというと、以下のような感じです。
漫画やイラストを描くためのツールとして昨今では有名な、ワコムのペンタブやクリップスタジオもこのPCには入っていますが、やはり私は手書きが好きでして、、1本100円ぐらいの三菱の安いサインペンでササッと10分ぐらいで線画を描いてスキャナでPCに取り込んで、フォトショップ上でさらに切った貼ったを、ついでにレタッチをしまくっています。
その際でも私はペンタブを使わず一般的なマウスを使います。ペンタブとクリップスタジオは、どうも私には不要なようでした(いやそんなことより仕事しろオレ)。
ですのでよく見比べますと、この文の下の初期の段階の線画と、上のFIX画では、それぞれの人物の表情は勿論、色々と線が変わっております!(全くどうでもいい話ですが)そして塗り絵の要領で、フォトショップ上でレイヤー分けした線画の下から色を落としていきます、ちょうど昔のアニメのセル画みたいな感じでしょうかね。
これが仕事の合間によい気分転換にもなって、むちゃくちゃ楽しいんだなぁ
( ^ω^ )

 そしてこの神社についてですが、私がご縁をいただき18歳から長年住んでいるこの地の鎮守様の八幡神社をモデルにしました。
下の写真の、神社との大きさ比較で立ってるモデルは何を隠そうウチの子です。私自身の結婚が40代中ごろとヤケに遅かったため、子供はまだまだ小学生なのでした
(;^ω^)

(上妙典八幡神社 このお宮の神様は女性の神様だとも云われております)

そんな私は現在55歳、思いっきり昭和のオッチャンなのですが、令和に生きるチビッ子と毎日一緒にいることで、普通の昭和生まれでは早々気付けなかったであろう新しい刺激や情報がもらえてることは事実です。スパイファミリーも鬼滅の刃もスミッコグラシの存在も、そしてその面白さも、全て子供から教わりました。子供を『育てる』とはよく言いますが、親も子供から色々と育ててもらえているよなぁー。

 ・・そうそう、こちらの神社にはなんと千貫神輿せんがんみこしがあるのです!町神輿で千貫神輿って冷静に考えると物凄いことですよね、町村単位で千貫神輿を維持管理しているって地域は、全国でも行徳のこの地区以外に私は今まで聞いたことがありません。さすがお神輿製造で全国にその名が知られる『お神輿の町』行徳ぎょうとくです!

(上妙典八幡神社の大神輿 / 千貫神輿)

この大神輿は、現代の人々にはかなり重すぎるので、一旦広い道に出してからは四天棒にして50人ほどで担がれていますが、その昔は写真の通り二天棒のまま25~35人ぐらいで終始担がれていたそうです。
この写真は神社の参道から出る際のもの。こちらの神社の参道自体が二天棒でなければ出られない幅なので、今でも神社から出入りする際は二天棒です。その天棒の長さも、あまりに長いと神社境内の狛犬の間を抜けられないため、一般的な長さのものですので、そもそもこの巨大さに対して担ぎ手が基本的に少ないんです。
富岡八幡宮や千葉県興津の千貫神輿並に天棒が長く、そして天棒自体を多く取り付けられるのならそれこそ百人単位で担ぎ手がつけられるので楽なんでしょうが、、まぁそこはお神輿の町『行徳』の、その中でも一際ひときわ異彩を放つ上妙典かみみょうでんの千貫神輿なので、、私も頑張ります!

(上妙典八幡神社 大神輿のAA 私が作りました ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、)
(上妙典八幡神社 大神輿のAA やはり私が作りました ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、)

 そして毎年秋になるとこの街『行徳』一帯では、昔でいう村単位で、必ずどこかでお祭りが催され、お神輿が出るんですよ。実は何気にお神輿野郎な私も、お神輿の担ぎ手として方々にお手伝いに行ってます。この街は、地方が羨ましがるほどに若い人の人口がムチャクチャ多いエリアなのですが、やはり時代なのかお神輿の担ぎ手となると毎度中々集まらず、、各地の青年会や自治会を通じて、お手伝いの依頼が来るのです。
ちなみにこの街のお神輿は『行徳神輿』ぎょうとくみこしと呼ばれるもので、その独特な担ぎ方『行徳揉み』ぎょうとくもみが、これぞ神事!と思えるほどに厳かで個人的にもスマッシュヒットでありまして、ついつい担ぎ手お手伝いの依頼がくる度にイソイソと行徳神輿で共通の白装束に着替え、そして私の地区(昔の村単位)独自の半纏はんてんを羽織り毎度イザ出動!している次第です。
ここ2~3年は世界的な流行り病のせいでどこもお祭りやお神輿は自粛しまくりでしたが…、今年はお神輿やれるかな?
いずれにしても、この私にとっては第二の故郷である『行徳』もこの先描いてみるのも楽しいかもしれません。何せ自分の人生の、その2/3以上をこの街で過ごしてきているので、ここにも色々と思い出がいっぱいなのです。

 あー、そして、この趣味の(自称)児童文学『大多喜無敵探検隊』のお話作り自体はとっても楽しいのですが、一つ作るのに案外時間がかかるものでもありまして・・、でもまー折角のアカウントですし、この先は、こんな取るに足りないblog的な世間話もここに垂れ流していこうと思います。そんなこんなでこのnoteも、私のInstagramや複数のblog、幾つかのWEBサイトなど各所で20年以上前から使っていたハンドル名に統一しました。
でもこんな駄文散文まで混ぜこぜでここのタイムライン上に垂れ流すと、このnoteのインターフェイスではユーザーからは判別しにくく明らかに見にくくなるでしょうから、本編含めフォルダ化(マガジン化)などを今後はしっかりしようと考えています。
・・と、ここまで、冒頭の神社のイラストから始まり、何気に好きな行徳のお神輿の話にまでダラダラと流れちゃいましたが、まぁタイトル通りコレは【雑記】なので…、
うん、これでいいのだ!(バカボンのパパ調)

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