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1年半で新卒カードを捨てた話

エモい話をしたい気分だったので、わたしの昔話です。
建築学生時代~新卒で1社目に入社して、短期離職するまでを掘り下げてみます。(ほぼ独り言)

2022.3  建築系大学院卒
2022.4  空間デザイン系設計事務所入社
     (スタッフ約10名)
2023.9  退職

2023.11 不動産営業会社入社(スタッフ約5名)
2024.1   適応障害により休職
2024.3   退職予定

2024.4   派遣社員予定

わたしの履歴書

京セラ美術館

建築学生時代

学部から大学院生までの6年間を建築学科で過ごした。

意識高め学生

建築学科では、設計課題というものが必ずある。
意識が高くてやる気がある学生達は、良い作品をつくるために寝る間も惜しんで模型をつくったり、プレゼンボードをガチったりする。
私もその一人だった。

意識が高かった私は、起きている時間のほとんどを課題に費やしていたので、先生からもいい評価をもらえたり、学外のコンペでもいくつか賞を貰ったりもしていた。

学校の先生や外部講師の先生は、「建築家」と呼ばれる人が多く、その方々に良い評価を貰えるのが心の底から嬉しかった。

建築家になりたい

意識が高かった私は、その「建築家」が立ち上げた設計事務所で、インターンに参加することもあった。
建築を夢中で学んでいたので、実際に建築を創り上げる姿を見て、
「かっこいい!いつか私も自分で建築をつくりたい!」
と思うようになった。

そんなこんなで、身近に「建築家」と呼ばれる「自分で会社を立ち上げた人」が身近にいる環境で学生時代を過ごした。

その結果、
「私もいつか建築家になって、自分の設計事務所を持つんだろうな」
と自然と思うようになった。
建築家を志す人の周りには、自然と建築家を志す人が集まるようで、私の周りも将来は独立して自分の会社を持つことを夢見る人が多く、それが当たり前だと思っていた。

それから、大学院2年生になり就活の時期になった。
私は、研究にどっぷりつかりすぎて全く就職活動をしておらず、大学院2年生の冬からやっと動き始めた。
卒業まで残り3ヶ月。さすがに焦っていた。

建築家になるためには、「建築家の元で働くこと」がセオリーっぽかったので、色んな建築家の設計事務所のインターンに時間が許す限り行きまくった。

インターンに行った設計事務所の一つから内定を貰った。大学院2年生の3月、卒業式の2週間前だった。
超ギリギリの時期に内定をもらった私は、2週間で家を決めて都内に上京することになる。

新卒入社

就職した先は、内装設計をメインにやっている小さな設計事務所だった。
スタッフは11名。
そして、私が初めての新卒スタッフだった。

結果的に、私はこの会社で建築家になる夢を諦めることになる。

人の入れ替わりが激しい

この会社に入ってまず感じたことは、
「めっちゃ人辞めるやん」

入社すると、
インターンの時にいた人がいなくなっていて、
その3か月後には、隣のデスクの人がいなくなり、
その2か月後には、よく飲みに連れていってくれた先輩がいなくなった。

最終的には、私が在籍した1年半の間で11人→6人になる。この間で入って辞めた人もいる。

次第に、この会社にはずっといても取り残されるだけだ。仲の良いあの先輩よりは先に辞めなきゃ、と思っていた。

創っているものに共感できない

インテリア(内装)をメインに扱っていた設計事務所だったこともあり、「どうやったら映えるお店になるかな?」という言葉をよくMTGで耳にした。

正直、「映える」には興味がなかった。
自分的には、心地よくて落ち着けるような空間が好きだった。

だからMTGにもついていけなかったし、
この時は生きづらさを特に感じていた
なんで、自分がいいと思わないものをサービス残業までして頑張らないといけないんだろう。

自分の考えと、自分以外が進む道が大きくズレていた。
「ここ、私の居場所じゃないな」と思い始める。

ものづくりが苦手

詳細図(ものすごく細かい図面)を書いたり、
たくさんの素材から壁紙を選んだり、家具に使う木の種類を選んだり、最終的に具体的な建築にしていく過程がそもそも苦手だった。

振り返ると、学生時代は周りの友達がDIYを楽しんでる中、私は難しい建築の本を何冊も読んで論文にまとめたりしてた。

あ、私ものづくり苦手だったんだ。

こういう空間が好きです

建築家の表面しか知らなかった

建築学生時代にやっていた設計課題は、建築を実際に創る上で一番気持ちいい部分を切り取られている。

実際には、たくさんの人と何年もかけてひとつのもを創り上げる。
その中で社長が違うと言えば、図面を書き直して、
納期が間に合わない家具があれば、何としてでも探し出す。
「振り回される調整役」といった方が近いかもしれない。

その地道な役割を乗り越えて、ものづくりの達成感を楽しいと感じられる人が残っていくんだな
と設計事務所での1年半を通して知ることができた。

と同時に、自分はその達成感を楽しめないこともわかった。

反面教師として、是非

そうやって1年半で新卒カードを手放して、「建築家になって独立する」ことも諦めることになる。

この経験から反面教師として伝えられることは、

①職業の名前だけで、判断することはよくないらしい
②自分が楽しんでやってたことでも、仕事になると違うこともあるよ

このあと、この会社をやめて全く違うことを仕事にしてすぐに適応障害になり、そしてこれから、全く違う仕事を始めようとしている。

せっかく大学院まで出たのに無駄だった、、、とは全く思わない。
むしろ、6年間も頑張れたことがあったから自分が得意なこと、熱中できること、を知ることができた。

無駄だった経験はない、と思いたい…


お陰さまで手先は器用になりました



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