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本屋メガホン

柳ヶ瀬に本屋さんが出来るようだ。
たまたま立ち寄ったら「怒りZINE」を見つけた。

東京に遊びに行った際に立ち寄った本屋さんのオーナーさんが文章を書いている、というSNSの投稿で丁度読んでみたいと思っていたZINEだった。

前に読んだイ・ラン氏のエッセイ、「話したりなかった日」で、自己表現(音楽)の教室を開いた際に生徒の性について話し合い、授業に使用するプリントの男・女の選択欄に線を引いて消した。という話の中で、生徒が自分の性を示す中でバイセクシャル、ゲイ、レズビアン….など知っている単語もあったが、知らない単語が多くあった。
また、実際どのような空気で、生徒の方々が自分の性について発言していったのかはわからないが、自分の性について自分が、そして他人が認められる環境でなければ、偽ることもできる自分の性を素直には示せないと思う。
自分の関心の薄さや、日本のジェンダー問題の浸透していなさを恥ずかしく思った。
それとお年を召した方がその教室に参加した際に年齢を「地下鉄何番線の何号車」という表現をする方がいて、韓国という国において年齢はそこまでのコンプレックスであるのか、とイ・ラン氏が驚いたという部分があったのだが、日本にもそれがないとは言えないように思えて、衝撃を受けた。

が、どのように向き合っていいのかわからずにいた。

ただ読んで、そこからまだ少し考えただけで現在キーボードを叩いている私の言葉ではとても説明にすらなりはしないが、怒りZINEは同性婚や、性差別、ハラスメント、在日朝鮮人に対する差別、など色々な「怒り」や「違和感(気持ち悪さ)」をそれぞれの視点で捉えた等身大の文章が綴られている。
怒り、嘆き、悲しみ、やるせなさ、何より痛み、本っっっっっ当にわずかな希望だと思った。
私はこのZINEで初めて「関東大震災朝鮮人大虐殺」という事件を知った。
デマに煽られた人々が朝鮮人や共産主義者を虐殺した、という事件だそうだ。
学校の授業でも習った覚えはないし、TVで報道されているのを見た覚えも無い。
(私が聞き流してしまっていただけかもしれないが)
自分の無知が恥ずかしく、やるせなくなった。
今できるのは忘れないこと、知ること、少しでも意見を持つこと、話をすること、何ができるのか悩み続けることだと思う。

知らなかった問題すら私に突きつけ、考えさせる場所ができ、出会えたことをありがたく思う。


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