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iOS 17のアップデートがデジタル広告に与える影響

iOS 17とmacOS Sonomaのリリースにより、AppleがSafariのリンクトラッキング保護を導入することで、ウェブ閲覧中のユーザーのプライバシー保護をさらに強化しました。この記事では、このアップデートがデジタル広告にどのような影響を及ぼすのか、特にGoogle Ads、AD EBisなどの第三者ベンダーへの影響に焦点を当てて考察します。


広告のテクノロジーに関する前提知識

デジタル広告におけるトラッキング技術を理解する上で、まず基本となる要素である「1st Party Cookie」および「3rd Party Cookie」について把握する必要があります。

1st Party Cookieと3rd Party Cookieの違い

1st Party Cookieは、ユーザーが直接訪れたウェブサイトによって生成され、そのウェブサイトのドメインに関連付けられています。これは通常、ユーザーの設定、ログイン情報、またはショッピングカートの内容などを記憶するために使用されます。

対照的に、3rd Party Cookieは、ユーザーが直接訪れていない第三者のドメインによって生成されます。これらは主に広告ネットワークによって使用され、異なるウェブサイト間でユーザーを追跡し、ターゲティング広告を提供するためのプロファイルを作成します。

こちらについてはすでに多くの記事で解説があるかと思いますが、重要な差異としては、1st Party Cookieは所有者のドメインのみで有効なCookie、3rd Party Cookieは複数のドメインを跨いで活用が可能なCookieとなります。

例えるのであれば、1st Party Cookieが自分の会社の入館証としたら、3rd Party Cookieは名刺にあたるかもしれません。(それは自社が作成した名刺ではなく勝手に作られたプロファイルですが。)自分の会社の入館証を他社のゲートにかざしても何も起こりません。一方で名刺を持っていればそれはどこでも見た人があなたの情報を参照できるものになっています。

上記をイメージ頂けたら、広告テクノロジーにおいてそれぞれのCookieがどのように活用されているかもクリアになるでしょう。

1. コンバージョン計測の観点での1st Party Cookie

1st Party Cookieは、広告のコンバージョンを計測するために非常に役立ちます。例えば、広告をクリックしてウェブサイトにアクセスしたユーザーが商品を購入した場合、1st Party Cookieを使用してその行動を記録し、広告の効果を測定することができます。同一のドメイン内でクリックしたユーザーとコンバージョンユーザーのIDをそれぞれ紐づけるので、1st Party Cookieが使われます。

2. ターゲティングの観点での3rd Party Cookie

一方、3rd Party Cookieは、広告のターゲティングに特に重要です。ユーザーのオンライン行動を複数のウェブサイトにわたって追跡し、これに基づいて広告をターゲットにするために使用されます。これにより、広告主はユーザーの興味や嗜好に合わせたパーソナライズされた広告を様々なサイトで表示することができます。例えば、ショッピングサイトAを見たユーザーを、ドメインの異なるメディアサイトZでリターゲティングしたいので、3rd Party Cookieが使われます。

ここまでご理解頂けたでしょうか。それでは本題に入ります。今回の焦点となるのは、コンバージョンなどの計測に用いる、前者の1st Party Cookieです。

何が起きるのか

ここでは詳細は割愛しますが、これまで世の中の多くの計測ツールはトラッキング識別子をページURLの末尾に追加することで、1st Party Cookieを付与し、コンバージョンやその他のアクションを計測していました。

簡潔に言えば、iOS17のアップデートで、SafariがURLのどの部分がトラッキングに利用されているパラメータかを自動的に検出し、その部分のみを削除する機能が搭載されるようになります。

https://9to5mac.com/2023/06/08/ios-17-link-tracking-protection/

ただし、パラメーターが削除されるのは、ユーザーがメールあるいはメッセージで他人にリンクを共有するとき、またはSafariでプライベートブラウズモードを使用しているときのみと公表されており、その影響範囲は限定的と言えます。

筆者としては、まだ慌てるような時間じゃないと思っている今回のアップデートですが、仮にパラメーターが削除された場合にデジタル広告においてどのような影響が生じてくるかを以下で整理していきたいと思います。

https://twitter.com/korashokunin/status/504248447654842370

どんな影響があるのか

Google広告のトラッキングへの影響

本アップデートが行われると、今後Googleがなんらかの措置を講じない限り、Google広告でSafariからのコンバージョンについては通常の計測方法では一切計測ができなくなる可能性があります。

2023年6月現在、Google広告ではgclid, wbraid, gbraid, gadなどのパラメーターを付与することで、1st Party Cookieを発行して、コンバージョン計測の精度改善を行っています。

重要な点としては、2019年からこれまでもSafariからのコンバージョンはクリックから最大7日間を超えると、1st Party Cookieが無効化され、コンバージョン計測では捕捉ができていませんでしたが(これはITP: Intelligent Tracking ProtectionというiOSの機能なのですが、詳細はググってみてください)、本アップデートが適用された場合は1st Party Cookieの有効期間がどうとかその次元での話ではなく、そもそもトラッキングパラメータを付与することができないので、アトリビューション期間が長くなりがちなディスプレイ広告は勿論、ラストクリックの多いリスティング広告ですら、Safariからのコンバージョンが計測できなくなります。

これに対応する現状の対策としては、Googleの拡張コンバージョンを利用すること以外にはなさそうです。拡張コンバージョンの仕組みについてはこちらのヘルプを参照ください。ただし、拡張コンバージョンの設定の実現においては、メールアドレスなどの個人情報をハッシュ化してGoogleのサーバーに送信する必要があり、自社の法務部門との調整をはじめとして、実現のためのコストが数段階高くなるため、各社で導入が進んでいないのが現状です。

AD EBisなどの第三者ベンダーによるトラッキングへの影響

AD EBisなどの第三者計測ベンダーも多くは上記のGoogle広告同様、パラメータの付与による1st Party Cookieの付与をベースとしたコンバージョン計測を行っているので、こちらもいずれ機能しなくなる可能性は非常に高いと想定されます。

設定が有効になっている場合、リダイレクト計測方式の入稿用URLでアクセスした際、自動的に以下のパラメータが付与されます。
(※ダイレクト計測方式の場合は、以下のパラメータは付与されない仕様となります。)

この状態で、共通タグが設置されているランディングページに遷移することで、クリックの計測が行われます。
※本仕様はiOS・iPad上の全ブラウザ、MacSafari、Firefoxのみとなります。

【付与されるパラメータ】 https://example.com/test.html?rmai=XXXXXXXX&_ebr=▼▼▼

https://support.ebis.ne.jp/s/article/000004778

AD EBisについては2022年の末に、サーバーサイドから1st Party Cookieの発行を行う「1st Party Cookieプログラム」なる機能をリリースしており、現段階では本アップデートによる影響を免れる見込みがあります。

ただし、このサービスについても広告主企業のサーバーに特定のプログラムを追加する作業が必要となり、これまでのトラッキングのための設定と比較すると、開発部門との調整を含めた設定の難易度が上がってしまっているものとなっているため、どの程度導入が進んでいるかはまだ未知数です。

まとめ

今回のアップデートの内容自体はデジタル広告のトラッキング技術を根底からゆるがすような内容でしたが、適用の条件自体がまだ限定的ということもあり、目に見える変化はあまり見られなさそうというのが筆者の大枠の見立てです。

近い将来、SafariではクライアントサイドでのCookieの利用が1stも3rdも完全に利用不可となるでしょう。サーバーサイドでの1st Party Dataの活用やサーバーサイドからの1st Party Cookieの発行などを中心に各社対応を進めていますが、テック企業がこれらの対応を進めれば進めるほど、広告主企業とのリテラシーの乖離に基づくサービス離れが加速していく未来が待ち受けているように思えてなりません。実際にAD EBisの売上は昨年あたりから頭打ちになってきているようです。

本来であれば、Appleが独断でこのような選別を行うのではなく、広告主企業とベンダー各社が足並みを揃えて、ユーザーに対してどのようにユーザーのデータを扱っていくかを明らかに示したうえで、透明性を担保しながら利用できるデータの余地を広げていく世界線を期待したいところです。

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