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[ソウル暮らしのおと]ぬくもり郵便箱

(写真:온기우편함(ぬくもり郵便箱)ブログより)

東野圭吾さんの小説「ナミヤ雑貨店の奇跡」という小説を読んだことはありますか。
韓国では今でも根強い人気で、去年100刷りを突破した超ベストセラーです。この小説のナミヤ雑貨店は、悩み事を手紙に書いて郵便受けに入れると返事が返ってくるというものでした。
こんな風に人に言えない悩みを誰か親身になって答えてくれたら…と、小説を読んだ人は憧れたかもしれません。

ソウルの街角に、これを叶えてくれる郵便ポストがあります。
その名も「ぬくもり郵便箱」(온기우편함=オンギ ウピョンハム)です。

ソウル景福宮の東側、安国駅から北の方向かう細い石畳の路地に、小さな黄色いポストがあります。ポストには大きく「온기우편함 ぬくもり郵便箱」と書かれ、そばには便せんと封筒が置いてあります。
だれでも匿名で自分の悩みを書き、住所を書いてポストに入れると、悩みの手紙の返事が届くというシステムです。

ポストに投函された手紙は、「ぬくもり郵便部」と呼ばれる人々が一つ一つ手書きで返事を書きます。みなボランティアで参加している人たちで、20代から40代の学生や社会人の方々です。
金土日に分かれて集まり、みんなで投函された手紙を全部読むそうです。悩みを書く人はもちろん年齢も内容もさまざまなので、その中でも自分が一番気持ちを添わせて返事を書ける手紙を選び、一文字一文字直筆で返事を書いていきます。

2017年にこのぬくもり郵便箱を始めたのは、当時大学生のチョ・ヒョンシクさん。実際、ナミヤ雑貨店の奇跡を読んでアイデアを得たそうです。
「悩みを全部解決はできなくても、だれかが聞いてくれるというだけでも癒しになるのでは」という思いからこの取り組みを始めたヒョンシクさん。最初は週に10通もくればいいかと考えていたのに、予想を超えて、1日で50通もの悩みの手紙が届いたそうです。
この4年間でポストの数も12か所に増え、去年の12月までで8500通の手紙に返事を送ったとのこと。

実際に返事を書く「ぬくもり郵便部」の人たちは、どんな思いで参加しているのでしょうか。

ある郵便部員の方は、「じっくり考えてから、一文字一文字書く。効率的ではないけど、その分真心をこめて、どうやって伝えようか考える」と話していました。
また、「こんなに悩みを抱えている人が多いとは思わなかった。たぶん知らない人宛てだからこそ、自分がこんなに辛いんだということを直接言えるんだと思う」と話す人もいました。
そして、返事を書きながら「自分自身にも励ましてあげたい部分があることを発見する。返事を書く間に自分の答えも見出しているのかもしれない」という話もとても印象的でした。

100人近いボランティアの郵便部員とともにこのぬくもり郵便箱を運営する代表のヒョンシクさんは、手書きというのは時間も手間もかかるけれど、だれかが自分のために手をかけて返事を書いてくれた、というそれ自体が励ましになると思う、と語ります。また、これまでの悩みを読んだ経験から、何もできなくなる憂鬱さを抱えた人たちに対する社会的なセーフティネットがもっと必要だ、コロナ時代に感染の防疫も大事だけど、心の防疫も同時に築いてほしい、という思いも述べていました。

名前も知らない誰かが自分の悩みをそっと受け止めてくれる、ぬくもり郵便箱。時間をかけて書かれた返事からは、その名のとおりぬくもりも届くでしょう。

立ち止まって一つひとつの時間を大切にしたいこの時代に、とても大切な取り組みだと思いました。

[KBS World Radio「土曜ステーション」2021.01.09放送]
http://world.kbs.co.kr/service/program_main.htm?lang=j&procode=one

온기우편함 (ぬくもり郵便箱) blog
https://blog.naver.com/ongistudio

参考記事: Ohmynews. 2020.12.17  ["이름 모를 이들에게 보낸 손편지... 벌써 8천 통이 넘었죠"] ほか
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002702732&CMPT_CD=P0010&utm_source=naver&utm_medium=newsearch&utm_campaign=naver_news