源氏物語 現代語訳読み比べ~須磨には、いとど心づくしの秋風に~
結構、源氏物語の現代語訳の紹介記事は好き。
比較しようかな、と思ったら冒頭の「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに…」の部分の訳の比較をしている記事を見つけた。
なので、紫式部が石山寺に籠って、ここから書き始めたという伝説がある次の文章で比較してみることにした。
昔から名文と言われていた須磨の秋
なんか授業で暗唱させられたなぁ…
これを各現代語訳ではどのような文章にしているのでしょうか?
与謝野晶子
まずは言文一致運動後、初めての源氏物語の現代語訳といわれる与謝野晶子。
「である調」で男性的な訳と言われていて、確かに「謫居の秋」などという女性っぽくない言葉が入ってくる。
明治時代の文学を読みなれている人ならいいかもしれないけれど、言葉の感覚がやっぱり今と違う。
谷崎潤一郎
太字にしていない()の部分は、紙の本では紙面の上部に注釈として、kindle本ではフォントを小さくしているので、noteでの画面よりも読みやすい。
谷崎としては()の注の部分で読むのを止めず、まず本文だけで読んで文章の流れを味わってもらいたい、という趣旨のことを書いているので、注を抜いてみるとこんな感じ。
「ですます調」で文章の長さも原文に合わせている。
主語も原文と同じくらいしか入っておらず、敬語の使われ方で主語を推察する感じ。文章は美しいけれど、内容を知らないで読むと大変かもしれない。
円地文子
「である調」で、ひきしまった格調高い文章。私は文章の美しさは円地源氏が一番だと思う。
いいから新潮文庫さん、復刊してくださいw
瀬戸内寂聴氏も「円地さん訳の文章はとても美しい」と語っていたのに…
瀬戸内寂聴
「ですます調」で易しい文章。和歌が5行詩になっていたり、朗読することを想定して訳していると言われると、なるほどなと思う。
注釈は本文では記号だけあって、巻末にまとめてある。kindleだとリンクになっていて結構便利。
この引用部では<関吹き越ゆる>に注があてられている。
林望
「心づくし」も有名な古歌から引いているんだよ、とわかるようにしているのは、谷崎潤一郎と林望のですかね。
あんまり引歌があるという説明を入れると読んでいて鬱陶しいけど、知識が増えるのは個人的には嬉しい。
訳すときにどこまで入れるのかは悩ましい問題なのかなぁ。
この後出てくる明石の君が、身分は低いけれど教養があるというのを示すせいか、原文でも引歌がやたら出てきて、林さんは引かれている元歌を全部出しているので、正直その辺は読みづらいw
角田光代
「である調」で文章も短め、敬語も省いて読みやすい訳。
「"須磨に左遷された"在原行成の中納言」と、そもそも在原行成って誰よ?という所の説明を本文に入れているのは角田さんだけかな。
古文好きなら「行平=須磨に流された」ってわかるのかもしれないけれど、まぁ今の時代これは一般教養じゃないよね。
田辺聖子
最初の「桐壺」と「帚木」の雨夜の品定めを省いて再構成していたり、和歌を会話文に直していたりもあるけれど、なんだかんだで、原文にも忠実な新源氏物語。
小説として楽しく読めるし原文からも大きく外していない。凄い。
橋本治
光源氏の一人称で語られる、ダークでニヒルな源氏物語。
原文を素直に訳しているわけじゃないけれど(そもそも原文は源氏の一人称ですらない)原文のどこの辺りなのかはわかる。
色々な当時の政治のしくみや社会常識も本文に入っているし、源氏の心情も語られて、現代小説のように読める窯変。
唯一かつ最大の欠点は、それゆえに「長い」ということだと思うw
現代語訳の難しさ
光源氏のモデルになったと言われるうちの一人が、さんざん訳でも出てくる在原行平。
色好みで有名な弟の業平と違って、官僚として功績をあげたが、古今和歌集によると須磨に籠居を余儀なくされたとのことで、かなり源氏物語の「須磨」では歌が引かれている。
こういうのは注釈書ではない現代語訳では深くは書けないし、引歌も元の歌を入れすぎると読みにくいし、現代語訳ってみんな何年もかけているけれど、やっぱり大変なんだろうなぁと本当に思う。
千年前の話だから常識も違うし、どこまで、それを話として不自然にならない程度に説明を入れるのか。
「敬語」の美しさも源氏物語の特徴の1つだけど、それもどこまで訳出するのか。与謝野、角田源氏は敬語を省いているので読みやすいのだけど、多分、敬語を捨てるというのは覚悟がいったんじゃないのかな。
同じ話でも訳によって今まで気にしていなかった所が気になったり気づいたりするのが面白いので、また他のも読んでみたい。
今読みたいのは大塚ひかりさんのとウェイリー版の源氏物語。ウェイリー版は売っているからいいけど大塚ひかりさんのは出版社在庫切れで地元の図書館にもない…悲しみ。
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