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元カレは小悪魔アイドル〈再会〉後編

あらすじ
結衣は10年ぶりに、元カレとCMの撮影現場で偶然出会った。
今のカレは、誰もが知る国民的アイドル。
結衣の心に、切ない想いがこみ上げる。
アイドルのハルキも、結衣のことを忘れていなかった。
再会を期に、再び始まった二人の恋。
アイドルと一般人との恋の行方は、とんでもない展開に。
コンサート会場でハルキは・・・


前編はこちらから。無料です



10年ぶりの再会


それから、10年後の現在

コマーシャル撮影のスタジオで。

あの少年だったハルキが、立派な青年になって。

わたしの目の前で、仕事している。

あの頃と変わらない、極上のアイドルスマイルをカメラに向ける。

ハルキのアイドルっぷりは、大したものだと思う。

完璧に演じているのだろう。

みんなが望んでいる「AGE」のアイドル像を。

彼の成功を、わたしはずっと切ない想いでみつめてきた。

色々な女優さんたちと、浮名を流しているけど、わたしは気にならなかった。

ハルキが幸せなら、それでいい。

わたしにとって、あの輝いていた初恋が、
彼のすべてだから。

そのままフリーズさせて、
色あせることなく、心にしまっている。


カットがかかる。

メインシーンが終わって、セットチェンジになる。
 
ハルキは、セットから出ると、スタジオを見渡している。

モニターの前で、一人で佇んでいるわたしを見つけると、ハルキは迷うことなく、まっすぐにわたしの方へ歩いてくる。

「よう、ひさしぶり。
 結衣、元気だった?」

あの頃と変わらない人懐っこい笑顔を向ける。

タイムスリップしたように、あの頃の二人の距離感が戻ってくる。

あんなにつらい想いをして別れたのに。

「わたしのこと、よくわかったわね」

「そりゃ、そうでしょ。
 いい女になったよな。美人秘書さん」

ハルキは、ちょっぴり眩しそうに、わたしをみつめる。

その眼差しが、わたしの封印した心を揺らす。

そりゃ、そうでしょ・・・
その言葉の真意が知りたいと思った。
 
わたしのことを覚えていてくれた。

それって、10年間、
わたしの記憶は、ハルキのどこにいたのだろう。

露出の多い彼を見続けた、
わたしの10年とは、明らかに違うから。

「あの後、すぐにモデルやめたんだってな。 
 もう、こっちの仕事はやらないの?」

ハルキが、わたしの消息を追ってくれていた。
それだけで、切ない想いがこみ上げてくる。

「わたしには無理。
 あの世界は好きじゃないし。
 フツーのOLで十分よ」

「そっか…。
 会社じゃ、さぞかし、モテるんだろうな」

ハルキが手の届かないものを、みつめるような切ない眼差しを投げる。

「そういうハルキこそ、知らない人はいないトップアイドルじゃない」

「『AGE』はトップでも、おれはそうでもないから。
 無人島に一緒に残りたくないナンバーワンだからさ」
ちょっと小首を傾ける癖も昔のまま。

「そういう、役回りを自分から買って出るからでしょ」

「変わんねぇなぁ。
 そうやって、ズバってつっこむとこ」

ハルキは、本当に昔みたいな笑顔をくれる。

10年たっても変わらない時間が流れる。 

その時。

まわりにいる社員たちが、わたしたちをじっと見ているのに気付いた。 

一般人が、スーパーアイドルと親しげに談笑している。
フツーでは、ありえない光景だから。
わたしは、今の自分の立ち位置に引き戻された。

宣伝部の女の子たちが、わたしたちのところに、おずおずとやってくる。

「あ、あの・・・お知り合いなんですか」

その子たちは、わたしの横に来て、そっと聞いてくる。
わたしは一瞬、なんて答えようかと言葉を飲んだ。

「おれ、この人の元カレだから」

なんとハルキは、
サラッと、とんでもないことを言う。

「うっそーーー!」

その子たちは口に手を当てて、驚いている。

「あわわっ、し、失礼しました」

女の子たちは、あわてて散っていく。

「なんてことを言うのよ」

わたしは呆れていた。

「噂はすぐ広まるね。
 これで変な男は、結衣にちょっかい出さなくなるよ。
 おれと比較されたくないだろうしな」

ハルキは、いたずらが成功した子供のような顔をする。

「もう、わたし、一般人なんだから。
 会社で目立ちたくないんだけど。
 また女の子たちに敬遠されちゃうじゃない」

「それはどうかな。
 接点なさそうな女の子まで、君に聞きにくるよ。
 ハルキってどんな人なんですかって。
 ネットワーク拡がっていいんじゃない」

ハルキは、瞬時にそこまで計算して、
あの言葉を言ったらしい。

自分の発言が、世間に及ぼす影響をわかっているから。

きっと日頃から、こんな調子で、周りの状況を読んでいるのだろう。

でも、何よりも、わたしの会社での立ち位置を、彼なりに考えてくれたことが嬉しかった。
セットの準備ができて、ハルキが呼ばれる。

「おれのアカウント、harukiXXXXXXX」

ハルキは自分のラインアカウントを口早に私に告げて、ライトの中へ帰っていった。


二人の未来


その夜、ハルキからラインが入った。

今日はズケェ、びっくりした😲
久々に会いたいんだけど。。。💖
🏠、来れる?
侵入ルートはコチラ⇒******


セキュリティ万全な彼のマンションへの入り方が書いてあった。

絵文字が多い・・・・💦

10年もたつと、アイドルキャラが普通になるのかも・・・。

彼の住まいは、あの頃の中目黒のワンルームマンションとはちがって。

溜池山王にあるリッチな億ションの上層階になっていた。

彼に通された部屋は、メゾネットタイプになっていて、
吹き抜けになったリビングの大きい窓から、夜景がキレイに見えた。

遠くにレインボーブリッジまで見える。
まるでドラマのセットみたい。
今まで画面越しに見てきたハルキがいるから、よけい錯覚しまう。

「何か飲む? 
 結衣ってワインとか好きそう。
 それでいい?」

大人になったハルキは、やっぱり、あの頃とはちがう。

そう言えば、あの頃はまだ、お酒なんて飲めない年頃だった。

でも、わたしの好みを当てちゃうところは、さすがだ。

「うん。ありがとう」

二人で、グラスにワインをついで乾杯した。

ひとしきり、あの頃の思い出話に、ハナが咲いて・・・。

でも、わたしが本当に話したかったのはそんなことじゃなかった。

失った10年間のハルキの気持ち。

いくつも恋をしてきただろうけど、
わたしのことを忘れてなかったから。

ふっ、会話が途切れて・・・。

わたしは思い切って、聞こうと思った。

だって、ハルキに会えるのは、今日だけかもしれないから。

「あのね、ちょっと、
 聞いてみたいことがあるんだけど・・・」

わたしは、ちょっと言い淀む。

「なに? 
 おれ、今、
 つきあってる彼女ならいないよ」

「 !! 」

わたしは、ハートを打ち抜かれた気分になった。

すごい直球を投げてくる。

確かに、それは聞いてみたかったけど・・・。

願わくば、あの日に帰りたいけど・・。

「ううん。
 そういうことじゃなくて・・・」

「なんだぁ・・。
 結衣には、男がいるのか」

ハルキは残念そうな顔をする。

なんて、思わせぶりな態度をするのだろう。

あんなにつらい想いをして、別れたのに。

彼は、やっぱり本音が見えない。

「・・わたしも、
 だれともつきあってないわ・・・」

その言葉に、ハルキは真顔になって、わたしをみつめる。

「で、なに? 聞きたいことって」

「別れたあの日、
 ハルキは、本当は何を望んでいたの?」

そう・・・あの日。

ハルキは、『おれと別れられる?』と、だけわたしに聞いた。

きっぱり別れてほしいとか、
隠れてつきあうとか、
彼なりの選択肢を聞かないまま、別れたから。

わたしは、ずっとその想いを引きずっていた。

「・・・・・」

ハルキは、答えないまま、ずっと窓の外を見つめる。

「・・・・あの時は、ショックだったなぁ・・」




「えっ?」

意外な言葉が返ってくる。

別れを切り出されて、ショックだったのは、わたしの方なのに。

「わかったって言って、
 あっさり、帰ったじゃん。
 おれのこと一度も振り向かないで。
 おれに対する気持ちって、
 そんなもんなんだって・・。
 しばらく立ち直れなかった。
 マジで・・」

ハルキは、切なそうにわたしを見つめる。

「だって、ハルキの負担に
 なりたくなかったから・・。
 泣きそうだったから、
 あわてて部屋を出たの。
 ドアの外で号泣したのよ。
 だって、わたしが泣いて叫んでも
 現実は変わらない。
 あなたを苦しめるだけかと思って」

「・・・おれの前で、
 泣いてほしかったんだけど・・・。
 別れたくないって、
 言ってほしかったんだよ。
 事務所に隠れてつきあうのって大変だろうけど、
 その覚悟をしてほしかったんだ。
 本当は…」


「うそっ! 
 なんでそうならそうと、言ってくれないの? 
 なんで、大切なところで、
 本当の気持ちを隠したりしたのよ!」

わたしは、いままでの失った10年間を想って、切なくてしかたなかった。

ずっと、ハルキのそばにいたかったのに。

いくつか恋もしたけど、
ハルキほど、好きになれる人なんかいなかったから。

わたしは、なんか、悔しくて、
涙が込み上げてきた。

涙が頬をつたう。

10年ぶりに出会えたのに・・・。

そんなことで、
気持ちがすれちがっていたなんて。

ハルキは、わたしの隣に座って、
わたしをそっと抱きしめる。

「ごめん・・・。
 でもさ、それは、おれの望みであって。
 実際は、結衣のことを
 守り通すことはできなかったと思うよ。
 きっと、傷つけてた。
 あの頃のおれ、
 自分のことで精一杯だったから・・」

「ハルキは・・・。
 わたしのために、別れたの・・」

「10代のガキに、
 何ができるんだって思ってさ・・」

ハルキは、切なそうにほほ笑んだ。

わたしは、ハルキの本当の心に
触れることができて、
涙が止まらなくなった。

嬉しくて、切なくて、
もう、胸がいっぱいで。
 
わたしたちは、互いを思い合って、
別れを選んでいた。

同じ想いだった。
同じ心だったんだ。

ずっと心にかかっていた、
10年間も想いが
昇華されたような気がする。

ハルキは、わたしの頬に手を触れると、
優しくキスをした。

そして、抱きしめて、耳元でささやく。

「あの日のリベンジさせて・・・」

「えっ?」

わたしには、リベンジの意味がわからない。

「もう、おれ、あの頃のガキじゃないし。
結衣のことを守れる大人になったから」

「!!」

それって・・
それって・・・
また、一緒にいられるってこと。

「結衣を、時間を、取り戻したい」

「ハルキ・・・」




彼の寝室で。

わたしは、ハルキに愛された。

彼はもう、あの頃の少年ではないし、
わたしも少女ではなかったから。

大好きな人と、身体を重ねる心地よさに、うっとりしていた。

「あの頃、
 結衣のことイカせられなかったから、
 リベンジする」

ハルキはそんなことを宣言する。

彼の言うリベンジの意味って、
まさか・・それ?

「もう、ハルキったら・・」

こんなところは、あの頃のままだ。

でも、愛し方が大人になった。

ハルキは、身体を起こすと、わたしの頬に触れる。

愛おしそうにみつめて、

「また、おまえを抱ける日がくるなんて、
 思わなかったよ」

わたしは、ハルキの手に自分の手を重ねる。

「もう、手放したりしないで」

「うん・・・。
 そうしたいな。
 そうしたいけど・・・」

ハルキは、ふっと顔をそらす。

「おれは幸せになれるけど。
 結衣を幸せにできないと思って」

ハルキは、切なそうに言う。

何でも先回りして考えるのは、彼の癖だ。

「なんで、そんなことを言うの?」

わたしは、彼の手を握り締めた。
手放したら、また同じことを繰り返す。

「結衣は、普通の生活がしたいんだろ。
 おれといたら、無理だよ」

芸能雑誌や、テレビの芸能報道が、
脳裏をかすめる。
確かにそうかもしれない。

「わたしの幸せは、
 ハルキが幸せでいることなの。
 だから大丈夫よ」

「でもさ・・・」

ハルキは不安そうな顔をする。

「わたし・・・、
 たとえ、
 ハルキが他の人を好きになって
 わたしから離れていっても、
 あなたが幸せなら、
 それでいいと思っているから・・」

わたしの10年間の想いは、
そんなことが本気で言えるほど
大きくなっていた。

「そんなこと、するわけないだろっ。」

「アイドルの彼女になるなら、それくらいの覚悟はできるから。
 キレイな人いっぱいいるし」

「結衣のほうが、キレイだよ。
そこらの女優より、ずっといい女だから」

ハルキは、わたしを抱きおこして、
ぎゅっと抱きしめる。

「おれでいいの?」

「ハルキじゃなきゃ、ダメなの」

「おれも、結衣じゃないと、
 ダメみたい・・・」   



今カレは人気アイドル



『オレが、オマエを守る!! 』

液晶テレビに映し出されているハルキが叫ぶ。

荒廃し瓦礫と化した都市、極限状態の戦闘シーンが繰り広げられている。

傷だらけで、血まみれで、必死に戦っているハルキがいる。 

「おれが、おまえを守る」

本物のハルキも、わたしの肩を抱きながら、同じセリフをシンクロさせて言う。

 

『好きだ! 』

画面のハルキは、ヒロインにガッとキスをすると、

敵の真っ只中に、身を投じた。  

 

「くぅ~!!  カッコイイッ!!」 

 と言ったのは、本人だった…。

 もう、ハルキったら…。

 

「好きだ。結衣っ」

ハルキはわたしを抱きよせて、キスをする。

 

わたしは、彼のマンションのリビングルームで、

彼の最新作の映画を一緒に見ていた。

今度、全米でも公開される日米合作のSFアクション映画だ。

 

超カッコイイ主演俳優さんと、
ソファーでベタベタしながら映画を見られるなんて、なんて贅沢なんだろう。

 ファンやマスコミの目があるので、外でフツーの恋人のように逢えない。

だから、ハルキとのデートは、もっぱら彼の家。

彼にもらったカードキーを使って、マンションの住人のフリをする。

外のスーパーでお買い物して、彼のキッチンで料理をつくる。

通いの半同棲みたいなデートだった。

 

忙しい彼とフツーのOLを続けていたわたしは、時間が合わなくて。

なかなか思うように逢うことはできなかった。

 

でも、10年間、逢えなかったことを思うと、そんなすれちがいは、大した問題ではなく。

心がつながっていると思えるだけで、わたしは幸せだった。

 

でも、当のハルキの方はちょっと不満だったみたい。

 ハルキは画面に目を戻すと、

 「今度ハリウッドでさ、この映画の公開記念イベントをやるんだ」

何の気負いもなく、ぼそっと話す。

 「すごいじゃない!!」

 

ハルキはどんどん世界に羽ばたいていく。

人気アイドルグループ「AGE」だけでもすごいのに。

映画の聖地で、公開イベントだなんて。

今は、目の前にいてくれるけど、どんどん遠い存在になってしまう。

 

「ハリウッド…、ロサンゼルス…、いいなぁ。

 わたしも行ってみたい」

『ハルキと』という言葉はのみ込んで、わたしは叶わない夢を見る。

 

「一緒に行かない?」

ハルキはとんでもないことを言いだす。

 

日本からも大挙してマスコミの取材陣も行くはずだし。

映画PRのスケジュールは半端ない。

映画関係者もたくさんいるのに、そんなことできるわけがない。

 

「行きたいけど…。そんなの無理でしょ」

 「大丈夫。うまくやるからさ」

ハルキは、わたしに余裕のウインクをした。

 

 

ハリウッドデート

 

わたしは、ハルキに言われるままに、サンタモニカのリゾートホテルに来ていた。

 そこはハリウッドからも近い観光名所。

海沿いのロケーションで、目の前をずっとビーチが続いている。

クラシックな遊園地がある有名な桟橋が、見える場所だった。

 

ホテルのテラスから、キレイなサンセットのビーチが望める。

わたしはそこで、ハルキを待っていた。

 

飛行機は別だったし、たった一人でここにいるのに、
不思議と不安はなかった。

 

夕日が赤く染まっていく…。

わたしは食い入るように、海を見つめていた。

 

「ねえ、彼女。一人?」

 

その声に振り向くと、ハルキがそこに立っていた。

シンプルな白いシャツに、ダメージデニム。
普段と変わらない姿で。

 

「ごめん。一人で心細くなかった?」

ハルキは優しい笑顔をくれる。

 

「大丈夫。こうして、逢えたし」

わたしも彼に微笑んだ。

 

彼がどう段取りをつけて、ここに来たか、もう聞こうとは思わなかった。

今、ここにいてくれるだけでいい。

ここは日本じゃないし、季節外れのビーチに来るマスコミもいない。

 

「おれとデートして」

ハルキは、わたしに手を差し出す。

 

指と指を絡めて恋人つなぎで、歩きだした。

紅に染まる夕日を背に、二人でビーチを歩く。

 

人前で手をつないだのは、彼のデビュー前。

そう…、高校生の時以来だ。

再び付き合い始めて、なんどか肌を重ねてきたけど。

ハルキとこうして手をつなぐだけで、胸がときめく。

 

あのおしゃべりで通っている彼も、言葉がない。

いいえ、言葉なんかいらない。

こうして、二人でいられるだけで胸がいっぱいになる。

 

波の音や、人々の歓声がBGMで。

 

フツーの恋人たちがするデートは、わたしたちには許されない。

だから、この瞬間は、とてもプレミアムな時間になる。

それだけで、十分、幸せになる。

 

 

 

サンタモニカピア(桟橋)の遊園地に入る。

ここは昔から、けっこう映画のロケで使われているところ。

 

「本当はロデオドライブとか、行きたかったんじゃないの?

フツーの女子としては」

 ハルキはLAが初めてのわたしに気を使ってくれる。

 

「全然興味ないわ。

 プリティ・ウーマンみたいに、

 ハルキが全部買ってくれるんなら、行ってもいいけど」

わたしはわざと憎まれ口。

 

「おれのキャラ、わかってて言うなよ」

ハルキは苦笑い。

 

「でも、わかんないわよ。

 映画が大ヒットしたら、こっちのオファーが殺到するかも。

 そうしたら、ハリウッドセレブになるかもしれないじゃない」

ハルキは、まんざらでもない顔で、

「ありえないって」

手を左右に振って、否定のポーズ。

 

ハルキは、まっすぐ海を見つめながら、

 

「ま、もし、そうなったら、ビバリーヒルズで一緒に暮らすか」

とポツリとつぶやいた。

 

!!

 

わたしのハートがキュンとする。

それって、まるでプロポーズみたいじゃない。

 

たとえ話にしても、わたしとの未来が彼の心にある証拠。

ま、先のことなんか、どうなるかわからないけど。

今、この瞬間の気持ちが嬉しい。

わたしは、少しテレた彼の横顔を見つめた。

 

「がんばってね。未来のハリウッドスターさん」

 

「おぅ」

 

二人で桟橋のベンチに座って、周りの風景にとけこむ。

 

ハルキはとても穏やかな表情をしていた。

こんな素のままの彼を、人前で見るのは初めてだった。

まだ今は、ハルキを誰も知らないから、何かを演じる必要もない。

 

「風が気持ちいい…。なんか、久々だわ、こんな気分」

 

「うん。本当のハルキのオフショットって感じね」

わたしは、両手の親指と人差し指で、ファインダーをつくってみせる。

 

その瞬間、ハルキは、極上のアイドルスマイル。

 

「もう、職業病ね」

 

「結衣には、ちゃんとキメ顔、見せとかないと」

ハルキは小首をかしげて、ウインクする。

 

もう、意味わかんない。

わたしが好きなのは、アイドルのハルキじゃないのに。

 

「わたしには、さっきの瞬間の表情が宝物なんだけど」

 

「なんだよ、それ?」

 

「彼女の特権よ。

 普段、人に見せてないハルキを見れたってこと」

 

「おれ、結衣に出し惜しみしてるトコ、まだいっぱいあるぜ」

ハルキは意味深に微笑む。

 

まあ、そうでしょうとも…。

ハルキの全てを理解するなんて、

深すぎて、到底、無理…。

 

インタビューでも、答えの核心を外して、多くを語らない。

『いいんじゃない? 勝手に想像してもらえれば』というスタンスで。

 

「AGE」のメンバーの中でも、一番物事を俯瞰(ふかん)で見て、自分の役割を演じている。

ツッコミが足らなければフォローし、誰かがやれば、そこで引くし。

彼は無意識にその役回りをやっているかもしれない。

 

わたしなら、そんなことできない。

そんなに周りに配慮するくらいなら、一人でいた方が気がラク。

 

わたしは、ハルキにとって、誰よりもラクな存在になりたい。

居心地のいい、無邪気な心のままでいられる関係性。

ハルキはわたしに対して、どんな側面を見せてくれているのだろう。

 わたしはハルキの顔をつい見つめてしまう。

 

「なに? おれのこと、じっと見てさ…」

「なんでもない。なんてイケメンなんだろうって思って…。」

「フッ。切り返し、うまくなったじゃん。ホントは、何?」

「ハルキは何を考えているのかなって思って」

「え? おれ? 結衣のことに決まってんだろ」

ハルキはわたしの肩を抱きよせて、キスをする。

 

わたしは、慌てて、身体を離した。

こんな人前で、大胆にキスするなんて…。

一般人同士だって、周りを気にするのに。

 

「ハルキったら。こんな人前で…」

「大丈夫だって。こんなの、こっちじゃ挨拶だろ」

 

ハルキはかまわず、また唇を重ねる。

ハルキの甘いキスに、わたしの警戒心も解けていく…。

 

サンセットビーチの風景となって、

人目を気にすることもなく、ハルキとキスをする。

 

なんて、極上なデートなのだろう…。

こんなフツーの幸せが、ずっと続けばいいのに…。

こうして、ずっとハルキのそばにいたい。

 

 

 

ディナーの後。

わたしはハルキとホテルの部屋に戻ってきた。

 

極上のラグジュアリールーム。

 

サンタモニカらしく、ブルーを基調としたさわやかなカラーリングの室内。

リビングには座り心地のいい、ソファーがあって。

窓辺の扉を開けると、ステップアウトバルコニーになっていて、海岸が望める。

 

奥に寝室が、チラリ。

キングサイズのゆったりしたベッドが見えた。

 

今夜、彼とここで一夜を過ごす。

 

いつも、ハルキの部屋だから、二人での旅行は初めてだった。

環境が変わっただけだけど、わたしはちょっぴり緊張してしまう。

 

わたしは、気分を変えたくて、バルコニーに出た。

季節外れのひんやりした風が、火照った頬に気持ちいい。

 

ハルキもそばに来て、わたしの背中からハグをする。

彼の温もりに包まれて、また、甘い気持ちになる。

「やっと、二人になれた」

ハルキは、そう、耳元でささやいた。

 

 

 

至福の時間…。 

ハルキは、隣に横たわる私をじっと見つめる。

なんて愛おしそうな眼差しを、わたしに向けるのだろう。

それだけで、胸がキュンとして、幸せでいっぱいになる。

 

やがてハルキは、瞳を閉じると、スッと眠りに落ちた。

 それは、桟橋で見せたくつろいだ笑顔とは、また別で。

満たされて、安心しきった無垢な微笑だった。

こんな寝顔が見られることこそ、

彼女の特権なのかもしれない。

 

 

突然の嵐

 

ブルルルル……

ブルルルル……

ブルルルル……

 

深夜、鳴りやまないスマホのバイブ音。

 

わたしは何事かと目を覚ました。

こんな時間に誰?

でも、日本時間は、今は昼間だ。

着信を見ると、親友の詩織だった。

ハルキとのことを知る、唯一人の友人。

 

「誰?」

ハルキも、眠そうに目をこすりながら、起きたようだ。

 

「詩織よ。どうしたんだろ」

 

詩織なら、こっちの現地時間もわかっているはずだから、

ただ事ではない。

わたしは言い知れぬ不安にかられた。

 

「もしもし…」

「結衣? こっちは、大変なことになってるわよ!!」

「えっ?? 地震でもあったの?」

 

「結衣が大変なの!

ハルキくんとのキス動画が、X(Twitter)で拡散されて

相手は誰だって、大騒ぎよ!!」

 

「ウソッ!!」

 

わたしは思わず、スマホを床に落とした。

 

「結衣?!  どうした? 何があった!」

 

ハルキは、飛び起きて、

崩れそうになるわたしを支えてくれた。

ハルキは、わたしの代わりに落としたスマホをとる。

 

「詩織さん? はじめまして。ハルキです。

いつも、結衣がお世話になって…」

 

「!!  ほ、本物の…、ハッ、ハルキさん!?

…あの、実は……」

 

詩織は、放心状態のわたしの代わりに、ハルキに事情を話してくれた。

 

サンタモニカピア(桟橋)でのハルキとのキスが、隠し撮りされていたというのだ。

シーズンオフで、人もまばらな異国のリゾートで。

まさかこんなことになろうとは……。

 

たまたま、その場に居合わせた「AGE」を知る若い女の子が、

スマホで撮った動画をYouTubeにアップさせた。

そのリンクが、X(Twitter)で、瞬く間に拡散されたのだった。

トレンドにもなり、当然、日本のマスコミにも知れ渡った。

 

ハルキは、慌ててスマホをチェック。

動画には、顔がはっきりわかるキスシーンがアップされていた。

まるで、ドラマのワンシーンのような、とてもキレイな映像で。

 

あの時の切なさが、胸をよぎる。

でも、感傷に浸っている場合ではない。

 

発信元のYouTubeだけでなく、

X(Twitter)、Instagram、 Facebook、 TikTok…

SNSにファンの言葉があふれていた。

 

Who!?

Who is she?

Qui est-elle (仏語)

她是誰  (中語)

誰?

HARUKI's sweetheart?

ハルキの本命の恋人なの?

芸能人じゃないよね

Japanese?

American-Chinese?

Shock…

大好きだったのに信じられない…

いたんだ、こんな彼女…。

あんな女、許せない!

ハルキを返して!

Don't take away him!!

ハルキなんか、大嫌い!

Traitor!!(裏切者)

「AGE」のファンやめる。

 


ああ、どうしよう…。

どうしたらいいの…。

 

わたしは、絶句していた。

ファンのコの悲痛な叫びが伝わってくる。

 

こんなにも世界中で、ハルキは多くの人に愛されている。

その人気を目の当たりにして、わたしは自分の自覚のなさを痛感した。

 

「ねえ、ハルキには、事務所から連絡はなかったの?」

 

「すげぇ、入ってるよ…。

 サイレントモードにしてたから、おれ、全然気付かなかった…」

 

ハルキは苦笑しながら、スマホの着信履歴をチェックしている。

 

「どうしよう…。どうしたらいいの…。

 ハルキはどうなっちゃうの?」

 

わたしは、居ても立ってもいられなかった。

共演している芸能人なら、まだヤラセのニオイもするけど。

今回のYouTubeはリアルすぎた。

マスコミ発信のスクープではなく、一般人の投稿だったから。

 

「結衣のせいじゃない。おれが迂闊だったんだ。

 とりあえず、事務所の指示を仰ぐよ」

 

ハルキは、至って冷静を装っている。

でも、それが逆に痛々しかった。

きっと、内心、追い詰められているに違いない。

 

今回の件は、自分だけでなく「AGE」のグループ全体に影響する。

全米の映画公開や、コンサートツアーだって残っているのに。

 

ハルキは、事務所に対して、真実を包み隠さず説明していた。

わたしが一般人の恋人であることも。

デビュー前からの長い付き合いで、とても大切な女性だとも。

 

わたしは、この緊急時でありながら、

真摯なハルキの態度に感動すらしていた。

ハルキの演技力と、あの如才ない言動なら、

わたしのことをなんとでも取り繕えただろうに。

 

ハルキは電話を切ると、わたしに優しい笑顔をくれた。

何の不安も感じさせない表情をする。

 

こんなときに、わたしにまで演じることないのに。

 

「予定通り、別々の便で帰って来いってさ。

 結衣は一般人だから、

 マスコミも個人情報を晒すような取材はできないから、

 大丈夫だろうって」

 

そう言って、

帰国の際に変装することや、

素性をきっちり隠し通して、何かあっても否定することなど、

対処方法を説明してくれる。

ハルキは、わたしのことしか心配していない。

 

「ハルキッ。わたしのことはどうでもいいのよ。

 あなたのことが心配なの!!

 みんなに迷惑かけてしまって、ファンのコだって離れてしまう。

 ああ、どうしよう…」

 

「大丈夫だって。この手のことは慣れているから。

 それに、本気でうちの事務所を敵に回すマスコミもいないだろうし。

 ただ、結衣のことは、『ロスの日系アメリカ人スタッフ』で通せって」

 

ハルキはわたしを優しく抱きよせる。

 

「恋人として紹介できないから、しばらく逢えなくなるけど。

 おれ、結衣のことは、絶対に守り通すから」

 

ハルキは、わたしを力強く抱きしめる。

その言葉の通り、ハルキの覚悟がわたしに伝わってくる。

もう、あの10年前の少年だったハルキじゃない。

不安でいっぱいだった心に、ハルキの気持ちが勇気をくれる。

わたしは、彼の腕の中で、ただ、頷くことしかできなかった。

 

許されない嘘

 

一足先に帰国したわたしは、ワイドショーにくぎ付けになった。

 

空港で待ち構えたマスコミが、帰国したハルキに一斉に群がる。

でも、ハルキはノーコメントを貫き、無表情なままその場を立ち去った。

その後、事務所からの公式コメントも一切なかった。

 

ある週刊誌が、わたしの素性を『ロスの日系アメリカ人スタッフ』と明かし、関係者談という形で記事を掲載していた。

日米合作映画なので、現地で撮影していた時に知り合った、

仲のいいスタッフの一人という、アバンチュール的な記事になっていた。

 

わたしは、芸能事務所の情報操作のすごさを知った。

騒ぎになったのは、ほんの数日で、全てのマスコミが沈黙した。

 

深追いできない一般人が相手では、さしてニュースバリューもない。

ハルキの事務所を敵に回して、強引に記事にしても、

売れる内容にはならないというのがマスコミサイドの判断だった。

 

メディアが沈静化しても、

わたしはまだ、ハルキとは逢えずにいた。

 

でもハルキは、わたしを気遣う電話をマメにくれるようになった。

事件前には、こんなことはなかったのに。

事件が二人の心の絆を強くしてくれたような気がする。

 

会社から帰宅して、一人で夜を過ごしていると、

決まってハルキから電話が入った。

 

「結衣の方は、何か変わったことはない?」

「わたしは平気よ。ねぇ、ファンのコ、減っちゃったんじゃないの」

 「ま、多少はね。それより、結衣と早く逢いたいよ」

 ハルキはちょっと甘えた声を出す。

その言葉に、胸がキュンとする。

わたしだって、逢いたい。

 

ハルキは、映画の公開が迫っているので、テレビ番組の露出が多い。

週一で逢う恋人たちよりずっと多く、ハルキと画面で逢うことはできた。

 

でも、そんなんじゃ、いや。

本物のハルキに逢いたい。

見つめられたい。

抱きしめられたい。

愛されたい。

 

わたしはハルキと逢えなかった10年。

ただ見つめるだけで満足して、耐えてこられたのに。

今はとても贅沢になってしまって。

ハルキのいない生活が考えられなくなっている。

 

「わたしも。逢いたい」

「どれくらい?」

「とっても…」

「おれも…。…すげぇ、したい」

「えっ」

ハルキのウィスパーボイスに、わたしは思わす赤面した。

 「今、赤くなっただろ。その顔、画像で見せて」

ハルキには、わたしの様子がお見通しみたい。

 

「えっ、ヤダ。恥ずかしい」

 「おれ、結衣のその顔、好きなんだよ。今夜は、それで我慢するから」

ハルキの意味深な言葉に、ドキドキが止まらない。

 

『おいっ、ハルキ。出番!!』

スマホの向こうで、彼が呼ばれる。

 

「ちぇ、イイトコだったのに。また、電話する。画像送って」

ハルキの声が消える。

 

わたしは途端に淋しさがこみ上げてくる。

時計を見ると、23時を回っていた。

彼は、相変わらず忙しい。

番組収録は、深夜を回り翌日になることもあると言っていた。

 

わたしはハルキと少しでもつながっていたくて。

ハルキを想いながら、自分撮りをすることにした。

これをハルキが見てくれると思うと、やっぱりテレる。

わたしは落としたメイクをしなおして。

何回か撮って、お気に入りショットを送った。

 

返信はすぐに届く。

 

『サンキュー!!

 すげぇ、いいじゃん💖

 待ち受けにする😉』

 

ハルキからも、スタジオをバックにした写メが届いた。

レタッチされた雑誌の写真と違って、素に近いハルキだった。

なんて、贅沢なメールなんだろう。

わたしは、こんなハルキとのやりとりを、

ファンのコに申し訳ないと思った。

 

自分だけ、こんな愛されていることへの罪悪感。

一人の男性として、ハルキに愛されたい。

でも、ハルキは、一人の男性である前に、みんなの偶像(アイドル)。

誰のものでもない憧れの対象だから。

 

あの日、ロスで見たファンの悲鳴にも似たカキコミが忘れられない。

わたしたちの恋は、許されないのだ。

今回は、うまくごまかせても…。

祝福してくれる人はいない。

 

わたしはハルキと恋することの大変さを、まざまざと思い知った。

10年前の選択は、幼かったわたしたちには正しかった。

でも、今は、正しいのだろうか。

ハルキは、今、人気絶頂だ。

いや、頂点はまだまだ先で…。

わたしの存在は、彼の足を引っ張るだけではないのだろうか。

ずっとそばにいたいけど…。

ハルキの仕事の負担になってはいないだろうか。

 

再会した日にハルキに言われた言葉を思い出す。

『おれといたら、フツーの生活ができなくなる』

確かにそうだった。

何でも先回りして考える彼の癖は、

この世界で生きてきた知恵なのかもしれない。

 

わたしは出口のない迷宮に落ちたような気持ちになった。

 

 


数日後。

 

会社に出勤すると、広報室長から呼び出された。

 

わたしは社長秘書をしているので、

他部署から、個別に呼び出されることはない。

 

わたしは、応接室に通された。

 

その部屋には、広報室長と、宣伝部長も来ていた。

宣伝部長は、ハルキをCMに起用した部門長だ。

CM撮影現場で、わたしとハルキが話しているのを見ているはず。

部下から、ハルキが「元カレ」といった話を聞いているかもしれない。

 

わたしはとてもイヤな予感がした。

 

広報室長は、プリントアウトされたメールの束をわたしの前に置いた。

 

「これは、ここ数日、うちのお客様相談室に送られてきたものだ。

 日に日に増えていくが、君は、このメールの内容に心当たりはないかね」

 静かな物言いで、問い詰められた。

 

 わたしはメールを手にして、愕然とした。

 ハルキとのことが、書かれている。

 

『ロスの日系スタッフなんて、まるで嘘じゃん!

 オタクの社長秘書は、ハルキの元カノなんでしょ。

 ハルキと寄りを戻したくて、CMに起用したんでしょ。

 まんまと、恋人に戻ったと思ったら、

 わざわざロスまで追っかけて、あんなキスして。

 サイテー!!!

 ハルキをどこまで、落とせばいいの?

 もう、あんなCM見たくない!

 放映やめろ!!

 オタクの商品の非売運動を起こしてやる!』

 

どのメールも似たようなものだった。

 

「ど、どうして…。こんなメールが…」

わたしは、訳がわからなかった。

こんなこと、内部関係者しか知らないことだ。

 

「君とハルキくんが、昔付き合っていた噂は、私の耳にも入っている。

 君たちのことを、SNSに投稿した社員がいるようだ。

 それがファンの目にとまり、一挙に広がったらしい…」

宣伝部長が重い口を開く。

 

「不買運動に関しては、競合企業が煽っている可能性もありますね。

 フツーはここまでエスカレートはしない」

広報部長は、頭を抱えている。

 

こんな事態になってしまって。

ハルキの事務所は、何があっても否定しろと言っていたが、

否定しきれるものでもない。

でも、本当のことを言えば、ハルキに迷惑がかかるし。

 

わたしは、救いを求めるように、宣伝部長の顔を見た。

「この件は、ハルキさんの事務所にも相談をした。

 事実無根という回答が来ている」

 

わたしは、驚いていた。

ハルキは事務所に、全て事実を話していた。

わかっていて、全面否定するものなのだと…。

 

ドンドン

 

忙しく応接室がノックされる。

広報課長が、部屋に飛び込んでくる。

 

「室長!! 大変です。マスコミの取材の電話が殺到しています」

 

「ええ!!」

広報室長が、ソファーから立ち上がる。

 

「あちこちで、炎上しちゃったようで…。

 どうしましょう!! 

 こんなこと、うちの会社、始まって以来ですよっ」

広報課長は、慌てふためいている。

 

「こうなると、記者会見か…」

広報室長が苦渋の顔をする。

 

「待ってください。これは、わが社だけの問題ではない。

 先方の事務所とよく協議しないと…」

宣伝部長も、自分の立ち位置で話す。

 

!!

 

わたしはあまりの展開に絶句した。

とんでもない事件の渦中にいることは確かだった。

 

今や政治すら動かすネット社会。

発信するメディアを持った一般人の方が、マスコミより伝播力がある場合がある。

名もない一般人が発した、何の責任を持たない流言飛語が、当事者たちを傷つけていく。

 

どうしたらいいのか。

自分では、まったくわからない。

 

ハルキの耳にも、この件は届くはず。

どうしよう…。

また、迷惑をかけてしまう。

 

「君は、今からこのホテルに行ってくれ。

 自宅にも会社にもマスコミの取材が来るかもしれない。

 事態が収拾するまで、身を隠してくれたまえ」

 

わたしは、会社が手配したホテルの資料を渡された。

 

わたしは自宅に帰ることも許されず、一人、ホテルの部屋にいた。

ホテルのパソコンで、事件をネット検索する。

 

ネット上では、リンクが網の目のように広がっていた。

いったい、何万人の人が、この事件を知っているのだろう。

一アイドルのスキャンダルから、メーカーの不買運動にまで発展したこの事件は、芸能というより、社会問題になってしまった。

 

ネットのコラム記事が、刻々とアップされる。

ハルキのCMスポンサー企業が、この件で契約を打ち切るだろうと。

「AGE」冠番組の提供まで降りるなると、事務所の損害金額は、数十億…。

また、嘘をつかれたファンの憤りは収まらず、

コンサートグッツは、ハルキだけ売れ残り、

ネットオークションで、ハルキの関連商品が叩き売られているという。

ハルキに裏切られて悔しいというカキコミは、後を絶たたない。

当然、わたしへの『別れろ!』から、『死ね』というカキコミも。

 

わたしは、数日、このホテルに軟禁されていた。

刻々と深刻になっていく状況に、どうすることもできない。

 

そんな時、

ハルキからスマホに電話が入る。

 

「結衣、大丈夫か!」

ハルキは、つらそうな声を絞り出す。

 

「うん。ここには、人は来ないから。

 それより、ハルキは大丈夫なの?」

 

「ごめんな…。守ってやれなくて。

 今すぐにでも、おまえのそばにいてやりたいのに」

 

ハルキは自分のことを語ろうとしない。

やはり、苦しい立場に立たされていることは確かだった。

 

『ハルキッ。連絡すんなって言われてんだろっ』

 

プッ

 

電話が突然切られた。

関係者に…。

ハルキも監視されている。

 

どうしてこんなことになってしまったんだろう。

人を好きになるって、そんなにいけないこと?

ただ、好きになった人が、アイドルだっただけなのに。

わたしがハルキを好きになると、世界中を敵に回すの?

 

わたしはなすすべもなく、泣き崩れた。

 

もう、こんなわたし、いなくなればいい…。

 

そう思った時、閉ざされた迷宮の扉が開いた。

 

そうだ。

わたしがいなくなれば、全て丸く収まる。

会社も、そんな社員を雇用していなければ責められない。

ハルキだって、わたしさえ…。

そう…、

わたしさえいなければ…。

 

わたしは覚悟を決めた。

迷っていても、事態は収拾しそうもない。

 

わたしは、まず、会社への退職願いを出した。

会社からは、考え直すように言われたけど。

わたしの代わりはいくらでもいるというのが、会社の本音だと思う。

 

引っ越しの手続き、スマホの解約、転出届け…。

再就職は当分無理なので、派遣に登録をした。

姿を隠すための、様々な雑務に追われた。

こんな形で、大切な人たちと別れなければならないなんて。

 

ただ、人を好きになっただけなのに…。

 

 

そして…。

ハルキには、最後の手紙を書いて、投函した。

 

わたしはこうして…。

ハルキとつながるものの全てを断ち切って。

 

彼の前からいなくなった。

 

ハルキから、わたしに連絡をとる手段は、何もない。

 

何も相談せずに、こんなことをして…。

ハルキは、怒っているだろうか…。

傷ついているだろうか…。

苦しんでいるだろうか…。

 

今は、彼の心の内を知ることなど、何もできない。

 


わたしがいた会社は、記者会見を開いた。
『該当する社員はおらず、事実無根だ』と発表した。

 それがまた、ネット上で火を煽る結果になった。

ハルキとわたしたち会社関係者が写ったCM撮影時の記念写真が、関係者から流出してアップされた。

わたしの首を切ったとされた会社は、非難され。

ハルキのCMをオンエアし続ける神経を罵られ。

業績にまで影響が出てしまったようだった。

 

 

わたしが辞めたのに、こんなことになってしまった。

わたしが全てを失っても、償えないなんて…。

 

ハルキはどうしているだろう。

 

この報道を知って、さらに心を痛めているはず。

テレビでは、事件前に収録されたバラエティが放映されるけど、

現在の彼の様子を知ることができない。

 

きっと、自分を責めて苦しんでいるはず。

 

 

そばにいたい。

ハルキのそばで、支えたい。

なのに、わたしには、何も許されない。

こんなに愛しているのに、何もできない。

 

ただ、傍観者として、一ファンとして、彼を見守るしかない。

 

わたしは、事件前にハルキからもらった、

「AGE」コンサートのファイナルチケットを見つめた。

席も関係者枠で、アリーナ前方、花道の最前列だった。

ハルキからも、わたしとハッキリわかる席だ。

もらったあの頃は、本当に幸せだった。

 

「おれがそばに行ったら、投げキスしてよ」

 ハルキは、両手で投げキスのオーバーリアクション。

 

「えっ、そんなのできない」

 

「なんでだよ。ファンのコは、みんないろいろしてくれるんだぜ」

ふくれっ面のハルキを思い出して、わたしは思わず微笑んだ。

 

あの頃は、こんな日が来るとは、思わなかったから。

 

もう、あのハルキとは逢えない。

もう、結衣と名前を呼んでもらうことも。

もう、あの瞳で見つめ返してくれることも。

もう、あの腕に力強く抱きしめられることも。

もう、身体がひとつにとろけるように愛し合うことも。

 

わたしは涙が止まらなくなった。

 

逢いたい。

逢いたい。

逢いたい。

 

ハルキ…。逢いたい!

 

もう、ニ度と逢わないつもりだったけど…。

 

わたしはもう一枚のコンサートチケットを手に取った。

 

ファンクラブ枠で、抽選でやっと取れたチケット。

2階席の後ろから数えた方が早い席だ。

舞台のハルキは、オペラグラスを使わないと、

メンバーのうちの誰か判別できないくらい遠い場所。

 

今のわたしとハルキの距離。

これだけ、離れていれば、きっと迷惑はかからない。

 

わたしはファイナルコンサートに行くことにした。

 

 

涙の告白

 

ドンとコンサート会場が暗転し、ステージに色とりどりの照明がつく。

オーロラビジョンに、タイトルビジュアルが映し出される。

 

ジャジャッ♪

アップテンポのイントロが流れる。

 

コンサートが、始まった。

 

満員の会場は、ウチワやペンライトを持ったファンであふれている。

 「AGE」のメンバー全員が、ステージ最上段に登場すると、

 

キャー!!

 

一斉に歓声が上がった。

あの事件が、まるでなかったように会場が盛り上がっている。

 

オープニングの数曲が終わって、各々が挨拶をする。

 

ハルキの番になっても、ファンの声援は変わらない。

『がんばって~』の温かい声が多いくらい。

ハルキは持ち前の演技力で、いつものハルキを演じている。

さすが、プロだ。

プライベートな感情を、この舞台に待ちこまない。

 

やっぱり、すごく苦労してまでコンサートチケットを取ってきたファンの人は、温かい。

彼らのことを本当に好きだから、ここに集まっている。

ネットで騒いでいるファンは、ほんの一部だと思えてきた。

でも、素性がわからない『負のパワー』を持った発言が、

一方的に攻撃してきて、防ぎようもない。

 

コンサートも中盤になり、メンバーのソロが入り始めた。

アップテンポなダンスの直後、ステージに炎が上がる。

 

ドンッ

 

その直後、いきなり、会場全体が、暗転する。

真っ暗なステージの中央に、スポットライトが当たる。

階下からせり上がってきた円形のステージに、

ピアノに座ったハルキが現れた。

 

シーンと静まりかえった会場の中、

ハルキはゆっくりと、ピアノを弾き始める。

初めて聴くイントロに、周りのファンのコがどよめく。

 

「ねぇ、新曲?」

「かも…、ファイナルだし、サプライズ?」

「ソロはいつも、ハルキは自分で曲を書いてるもんね」

「今日だけ、曲を変更したのかな」

「ラッキー!」

そんな声が聞こえてくる。

 

ハルキは、静かに弾き語りで歌い始めた。

とても切ないラブバラードだった。

 

♪~

黄昏の桟橋で、重ねた唇。 

今も、ここに君がいるようで。

優しく笑う君とあの夕日が。

君のぬくもりに触れていた時間が。

ずっとかわらず続くと信じていたよ。

 
あの日、守ると誓ったはずなのに。

何もできなくて、ごめん。

君がいなくなって、思い知らされる

泣きたくなるくらい大切だと。

君は遠くから、おれを想っているという。

おれには、見失った君をみつけることは、

もうできなくて。

 抱きしめたい。もし、叶うなら。

愛している、君を。

♪~

 

ハルキの想いが伝わってくる。

苦しくて、

何をしても辛くて、

心が引き裂かれるような痛みが。

 

ハルキの顔が、オーロラビジョンにアップで映し出される。

ハラハラと涙を流していた。

歌声は、涙で曇ることはなく。

会場の全ての人の心に届くよう、大切に伝えていた。

 

会場が鎮まりかえる。

何万人もの人が、息を殺して、ハルキの歌に聞きいっていた。

ハルキとともに、泣いている女性も多い。

 

彼の歌詞は、わたしが宛てた手紙のアンサーソングになっていた。

 

『どんなに離れていても、

見つめ合うことができなくても、

ずっと想っている。

遠くから応援している。

だから、精一杯がんばって。

悔いのないように生きて』

 

わたしは、そう、手紙を結んだ。

 

わたしは、涙が止まらなかった。

ハルキの切ない想いが、わたしの胸を締め付ける。

ハルキも、わたしと同じ心の痛みに耐えている。

でも、どうしようもない。

どんなに逢いたくても、逢えないから。

 

 

歌が終わる。

 

会場はシーンと静まりかえったまま、固唾をのんでいる。

 

ハルキは、ピアノの椅子から立ち上がると、

マイクを持って語り始めた。

 

「この曲は、彼女を想って書いた曲です。

 今日、その席に来てくれるはずでした。

 でも……、来てはくれなかった…」

 

わたしが座るはずだった席を、

空席のままの席を、

ハルキがじっと見つめている。

ハルキの切なそうな表情が、オーロラビジョンに映し出される。

 

わたしはここにいるのに。

こんなにも遠くて。

ハルキの姿さえ、よく見えない席にいるのに。

あなたの想い、受け止めても、

ここでは、それを返すこともできない。

 

「彼女は…、

 デビュー前に付き合っていた元カノです。

 本当に好きだったけど、デビューを機に別れました。

 再会したのは、本当に偶然です。

 おれは、取り戻した恋に夢中になって、

 大切なことを見失ってしまった。

 

 そして、

 おれは……、

 再び、彼女を失いました。

 

 アイツは、おれのために姿を消しました。

 会社も辞めたし、家も引っ越し、スマホもつながらない。

 おれのために、全てを捨ててしまった。

 

 そんなアイツを、

 もう、責めないでくれよ。

 

 もう、ネットで、『死ね』とか書くなよ!

 アイツのいた会社だって、

 なんで吊るし上げされなきゃ、なんねーんだよ。

 

 アイツが何をしたって、言うんだよ!

 

 ただ、おれが好きになっただけだろ…。

 

 ここに来てくれた人は、

 そんなことをする人はいないって、わかってる。

 

 でも、おれの本当の想い、伝えたかったから。

 直接、みんなに。

 

 どうか、アイツを、許してください!」

ハルキは 深々と頭をさげた。

 

 

一斉に歓声が起こる。

 

「ハルキ、がんばって!」

「ハルキ! 大好き!」

「ハルキは、悪くないよ」

 

ハルキは、大きな歓声に包まれながら、舞台を降りた。

 

 

 

翌日。

 

ワイドショーのエンタメコーナーは、

ハルキの告白がトップニュースになっていた。

 

その日から、わたしたちへの悪質なカキコミが、

ハルキのファンたちによって、かき消されるようになった。

そして、わたしがいた会社への不買運動も鎮まり、

ハルキのCMオンエアの要望が集まり始めた。

 

ネット上では、真摯に正直な気持ちを告白したハルキに

応援の声が寄せられ始めた。

それとともに、わたしのことも許されるようになって。

ハルキのために、自ら身を引いたことが、同情されたみたいで。

できれば、ハルキの元に帰ってほしいとまで、

カキコミされるようになった。

 

ハルキは、本当に、わたしを守ってくれた。

 

自らの肉声で。

真実の心で。

ハルキは、ファンの心を動かしたのだ。

 

それでもわたしは、ハルキに連絡をしなかった。

いえ、怖くてできなかった。

 

ハルキに逢いたい。

でも、また同じことを繰り返すかもしれない。

 

もしそうなったら、また、ハルキを苦しめる。

そんなこと、もう、耐えられそうもない。

 

わたしは、ハルキを愛して、すっかり臆病になってしまった。

 

 

約束の日

 

あれから、数か月がたった。

あの事件は、すっかりみんなの記憶から消えていた。

ハルキも何事もなかったかのように、また活躍している。

 

当時、話題になった、

ハルキのわたしへのラブバラードも、封印されたまま。

ネット配信の要望も高かったらしいけど、

ハルキがそれを認めなかったとネットで報じられていた。

 

わたしのことも、ふっきれた頃だろうか…。

彼の気持ちは見えないけど。

心のどこかで結ばれていたいと思う。

わたしの心に、ハルキがいつもいるように、

ハルキの心の片隅に、わたしも置いてほしい。

 そう、願ってやまないのは、わがままだろうか。

 

今日は、わたしの誕生日だった。

 わたしは仕事を終えて、一人、家に帰ろうとしていた。

 

詩織や仲のいい女友達が、誕生日女子会を開いてくれると言ってくれたが
丁重にお断りした。

わたしはまだ、心から楽しめる気分ではなかった。

みんなの好意に応えて、笑顔をつくる余裕もない。

それほど、ハルキとの別れを、ずっと引きずっていた。

 

今日の誕生日は、大人になって付き合いだして、初めてハルキと迎えるはずだった。

 

以前、ハルキの誕生日を二人で過ごした時。

ハルキは、わたしの時は特別なサプライズを用意すると、

言ってくれていたのを思い出す。

 

あの時、彼は何を考えていたのだろう。

あの頃は、そばにいられることがあたりまえで、

彼の温もりを感じるだけで、本当に幸せだった。

 

10代の頃から、ハルキのことで一喜一憂するわたしがいる。

彼の心が閉ざされると、胸が引き裂かれるように痛くて。

彼の心に触れられると、それだけで満たされた幸せな気持ちになる。

 

わたしは、ハルキがいないと幸せになれない。

心から笑えないし、楽しいとも思えない。

そう、別れて時間がたつにつれ、

その気持ちが強くなる。

 

どんなに、

どんなに、

気持ちをごまかしても、

やっぱり、

ハルキに逢いたい。

 

わたしは、スマホを見つめる。

新しくなったスマホにも、ハルキのスマホの番号を移していた。

ニ度と逢わないと誓っても、

ハルキのナンバーを消すなんて、できなかった。

 

かけられないけど、ナンバーを残してさえいれば、

いつかは、また逢えるかもと思っている自分がいる。

自分の番号は、知らせてないのに。

なんて身勝手なのだろうか。

 

わたしは、会社のエレベーターを降り、エントランスに向かった。

 

ビルの回転ドアを出た時。

 ガシッ

 いきなり、誰かに腕をつかまれた。

 

!!

 

びっくりして振り返ると、

 

そこには、

 

ハルキが立っていた……。

 

なんと、地味なダークグレーのスーツ姿で。

しかも、黒ぶちのメガネまでして。

まるで、どっかのサラリーマン。

 

確かにイケメン『メガネ男子』ではあるけど。

アイドルオーラは、まるでゼロ。

この格好なら、このオフィス街で、ハルキと気付く人は、いないだろう。

 

「ど、どうして、ここに!?」

 

わたしはびっくりして、次の言葉が出ない。

 

「話は、後。

 いいから、こっち来て」

 

ハルキは、わたしの腕をつかむと、

車道に止めてあった車のところに連れていく。

 

ハルキがいつも乗っているカッコイイ外車ではなく、

営業車のような、ありふれた小型車だった。

なんと、用意周到なことか。

 

ハルキは、わたしを助手席に乗せると、車を発進させる。

 

わたしは、ハルキが隣にいてくれることが信じられなくて…。

言葉が出ない。

 

ハルキは、まるでフツーのサラリーマンのよう。

彼がフツーの会社に就職して、ごく普通に付き合っていたら、

きっとこんな彼氏だったろうと、錯覚を起こしてしまうほど。

 

ハルキの職業がアイドルでなければ、

わたしたちは、フツーに恋愛をして、フツーの恋人だったはずだから…。

 

わたしは、不思議な想いで、ハルキを見つめた。

 

ハルキは運転しながら、わたしのことをチラっと振り向く。

 

「結衣、誕生日おめでとう。

 意地っ張りな君へのプレゼントは、おれだから」

 

ハルキはそう言うと、

自分の髪に、リボンのヘアピンをつける。

 

スーツ姿のメガネ男子が、リボンなんて。

 

「ふふっ」

おちゃめなハルキに、わたしは笑ってしまった。

 

そう……。

心から幸せで、笑うことができた。

 

「よかった。また、結衣の笑顔が見れて…」

 

「ハルキ…」

 

「事件が収まっても、全然連絡くんないからさ。

 おれ、マジで、焦ったんだぜ。

 

 まっ、でも…。

 結衣が、おれを忘れられるわけないし」

 

ハルキは、わたしにしたり顔を向ける。

 事実だけど、その上から目線、ちょっと憎たらしい。

 

「もうっ。

 でも、わたしからは、電話するつもりなかったわ」

 正確には、する勇気がなかった。

 

「10年前の復讐?」

 ハルキは、ちょっと怪訝そうな顔をする。

 

 そう、10年前にそんなことがあった。

ハルキが他の女の子との浮気が発覚した時、彼からそう言われたことがあった。

 

「よく覚えているわね。あの時も辛かったわぁ」

 「ごめん。いつも全部、おれが悪いんだ。許してくれよ」

 ハルキは珍しく、殊勝な顔をする。

 

「でも、よくわたしの勤め先がわかったわね」

 

「ファンのコから、教えてもらったんだ。

 うちの会社に派遣で来てるってDMもらって。

 ま、X(Twitter) もタマには役に立つよな」

 

「DMで…」

 ネットの情報って、本当にすごい。

 良くも悪くも…。

 

「もう、辛い話はやめようぜ。

 今日は、結衣の誕生日なんだからさ。

 プレゼントのおれを、煮るなり焼くなり、好きにしていいから」

 

「そう。じゃ、プレゼントくん。

 わたしをどこに連れてってくれるのかな?」

 

「二人っきりになれるところ。

 ずっと前から、準備してたんだ」

ハルキは、ちょっとテレた顔をする。

 

車は海沿いの国道をずっと走っていた。

平日の夜なので、渋滞もない。

夜の海辺を、ハルキとドライブ。

なんて贅沢なんだろう。

さっきまで、あんなに辛かったというのに。

わたしの幸せは、ハルキが全てだ。

 

国道から少し入った小高い丘に、車が止まった。

そこからは、海が一望できる。

その丘に、かわいい家がポツンと1戸だけ建っていた。

周囲には家がなく、まるで、別荘のような佇まいだった。

 

ハルキは、車からわたしを降ろすと、

「はい、プレゼント」

と言って、鍵を渡す。

 

「えっ?」

戸惑うわたしを、ハルキは、家のポーチに連れていく。

 

「開けてみて」

 

わたしは言われるままに、玄関の扉を開けた。

 

いったい、この家は、誰の家なのだろう。

ハルキは、わたしのために、誰かの別荘を借りてくれたのだろうか。

 

「さ、入って。

 おれたちの家だから」

 

え!!

 

わたしは唖然として、フリーズしてしまった。

 

それって、それって…、

どういうこと。

わたしたちの家って…。

ま、まさか…。

 

混乱しているわたしにおかまいなく、

ハルキは勝手知ったる家のように、入って電気をつけていく。

そしてわたしを、リビングダイニングに案内した。

 

そこは、いつでも住めるように、

いえ、すでに住んでいるかのように、家具や調度品、家電がそろっていた。

ハルキが普段使っている楽器まである。

 

「ねぇ、ハルキ。おれたちの家って…」

 

「今は、賃貸だけどな。

 見つかったら、またどこかに引っ越せばいいと思って」

 

ハルキは、事務所やマスコミにバレている自宅とは別に、

二人だけの隠れ家を用意してくれた。

 

ダイニングテーブルには、キレイな花が飾られていた。

ハルキが今日のために、準備してくれたのがうかがえる。

 

ハルキは手際よく、

冷蔵庫から料理を取り出して、次々と並べていく。

そして、シャンパンに、グラス。

最後に手作りケーキまで。

 

「さて、パーティの準備はできたぜ。

 結衣、おかえり」

 

ハルキは優しい目でわたしを見つめる。

 

わたしが一方的に、別れを覚悟したときでさえ、

ハルキは、そんなことを微塵も思っていなかったのだ。

 

わたしが戻ってくると信じて、ここを用意してくれていた。

忙しい合間をぬって、時間をかけて。

たぶん、自分の誕生日に、わたしにサプライズを約束した時から。

事件があっても、変わらず、わたしのために準備してくれた。

今日の日のために。

わたしはハルキに、連絡先さえ伝えなかったのに。

 

わたしは胸がいっぱいになる。

 

ハルキは、おちゃめな感じでわたしにたずねる。

 「さぁ、食事にする? シャワーにする?

それとも……、おれ?」

 

「ハルキっ」

 

わたしはそう言うと、ハルキに抱きついた。

 

ハルキはわたしを優しく抱きとめると、キスをしてくれた。

なんども、なんども、唇を重ねて…。

甘くとろけてしまうキス。

 

ハルキは唇を離すと、わたしを愛おしそうに見つめる。

 

「ちょっと逢えない間に、大胆になったな」

 

「ハルキにそうされたのよ。
さ、食事にしましょう。おなかすいちゃった」

 

「えっ、マジで~。

 おれ、今のキスで、完璧スイッチ入ったけど。
 食欲の方が勝つのかよ~」

ハルキは情けない声を出す。

 

 

ハルキの手作りディナーの後。

 

ハルキはわたしをリビングのソファーに座らせた。

そして、自分はキーボードの前に座る。

 

わたしをじっと見つめて。

 

「おれさ、結衣を想って曲を書いたんだ。

 聞いてくれる?

 ホントは、今日のために書いたんじゃないけど、

 あの日、おまえには、届かなかったから…」

 

ハルキはちょっぴり切ない顔をして、

ファイナルコンサートで歌った、

あの、ラブバラードを弾き語りしてくれた。

 

♪~

黄昏の桟橋で、重ねた唇。 

今も、ここに君がいるようで。

優しく笑う君とあの夕日が。

君のぬくもりに触れていた時間が。

ずっとかわらず続くと信じていたよ。

 
あの日、守ると誓ったはずなのに。

何もできなくて、ごめん。

君がいなくなって、思い知らされる

泣きたくなるくらい大切だと。

君は遠くから、おれを想っているという。

おれには、見失った君をみつけることは、

もうできなくて。

 抱きしめたい。もし、叶うなら。

愛している、君を。

♪~


わたしの心にあの日の切なさがよみがえる。

自然と涙があふれて、頬を伝っていく。

 

ハラハラと涙をこぼしていたハルキの顔が、昨日のことのように思い出される。

あの日、わたしがあの席にいなくて、どれだけ落胆させたことだろう。

もしかしたら、本当に、もう逢えないかもしれないと思ったかもしれない。

 

ハルキは歌い終わると、わたしの隣に座った。

泣いているわたしの肩をそっと抱く。

 

優しい温もりに包まれて、今度は、嬉しくて、涙が止まらなくなった。

 

「泣くなよ。

 泣かせたくて、歌ったんじゃないんだからさ」

 

「感動の涙よ。素敵な曲だわ…」

 

「ありがとう。おれの気持ち、やっと届いた…」

ハルキは切なそうに笑う。

 

「わたしね…。

 あの日、ハルキの想いを、ちゃんと受け取っていたのよ」

 

「えっ!?  だって、席にいなかっただろ」

 

「コンサートをずっと見ていたわ。2階の奥の席で…」

 

「!! マジか……。」

ハルキは、本当に赤くなって、テレている。

 

かわいい…。

わたしは、そんなハルキの表情に、胸がキュンとする。

日頃、こんな顔を見せてくれないから。

いつだって、余裕のある上から目線で…。

 

「おれさ、もっと冷静に話そうと思ったんだよ。

 でも、空いたままの結衣の席が、ホント痛くて。

 なんか、歌ってるうちに、感情が抑えられなくて……。

 

 ああ、カッコ悪るっ。

 翌日のワイドショーでも、ガンガンに流れるし…

 おれ、マジで、凹んだんだけど…」

ハルキは、バツ悪そうに下を向く。

 

「そんなことない。

 とても素敵だったわ。曲もメッセージも。

 だって、ハルキの肉声で、事件の流れが変わったのよ。

 わたしはハルキに、ちゃんと守ってもらえた。

 本当に感謝しているのよ」

 

「結衣…」

 

普段、人に本音を出さない彼には、確かに痛い出来事だったかもしれない。

衆人環視の中、演技ではない本当の自分を晒すことは…。

 

「あのハルキの真摯な姿が、

 ファンの心を動かしたんだと思う。

 演技なんかじゃない、本当の心が…」

 

「………。

 それって、役者失格じゃん。

 ま、結果OKだけど」

 

ハルキはテレを隠すように、わたしを抱きしめる。

そして、優しくキスをした。

 

「ずっと遊びもせずに、おまえを待ってたんだぜ」

 

「もう、ナニ自慢?」

 ハルキったら、浮気しなかったこと自慢してる…。

 

「結衣は?」

ハルキは、ちょっぴり切なそうに聞く。

 

いつもあんなに上から目線で、自信たっぷりなのに。

逢えない時間、さすがのハルキも不安だったのかな…。

 

「ずっと逢いたいのを、我慢してたの…」

 

「なんで、我慢なんかすんだよっ」

ハルキは不満そうな顔をする。

 

「だって、怖かったから…」

 

「ファンのコ? マスコミ?」

 

「うんん。あなたを傷つけることが…」

 

「おれ?」

ハルキは怪訝そうな顔をする。

 

「だって、今回の事件で、いっぱい傷ついたでしょ」

 

「おれが、一番痛かったのは、おまえを失った時だよ。

 マジ、こんな辛いんだって思った。

 こんなに胸が痛いんだって。

 恋人と別れる芝居をしたこともあるけど、

 本当の痛みって、こんなにキツイんだって、思い知らされたよ」

 

「ハルキ…」

 

「もう、おれのそばから、離れるなよ」

ハルキは、ぎゅうっとわたしを抱きしめる。

 

わたしもハルキの愛を全身心の奥に刻みこんだ。

ハルキと一緒でないと生きられない。

 

「うん…。ずっと、そばにいさせて」

 

「結衣…、愛してる」

 

ハルキは、そう言って、わたしにキスをする

 

「ずっと一緒にいような。おれたち、何があっても」

ハルキは、力強く言ってくれる。

 

離れた時間が、わたしたちの気持ちをいっそう強くしてくれてる。

そばにいられなくても、互いに想い合って、

気持ちが高まる恋もあるんだね。

 

「うん。わたしを離さないでね」

ハルキはわたしの肩を抱きよせる。

 

「ああ、もう離さない」

ハルキは、わたしをギュッと抱きしめた。

 

<了>

 

 



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