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紫陽花の季節、君はいない 85

2022年春。
俺は無事に大学院を修了し、明日から新社会人である。

職場は動きやすければ普段着で良いのだけれど、明日は入社式なので、スーツが変じゃないか柊司たちを自分の部屋に呼んで見てもらった。

「夏越もやっと社会人かぁ。
俺のこと、社会人の先輩って呼んでも良いぞ!」
柊司がニマニマしながら、俺の全身を見回した。
「絶対呼ばない…死んでも言わないっ…。」
俺は不快感でいっぱいになった。

「夏越くん、スーツが似合うわ。
これ、オーダーメイド?」
あおいさんがひなたを抱っこしながら、スーツを褒めてくれた。

「セミオーダーしたんだ。
さすがにフルオーダーは分不相応だからさ。」
実家の最後の仕送りは、結構な額が振り込まれていた。
ほとんど疎遠だった父親だが、スーツが似合う男だったことは覚えている。
「これできちんとしたスーツを買え」という意図だと思ったのだ。

「…ネクタイは、私達が去年プレゼントしたものなのね。」
「これは、お守り。就活もこれのお陰で乗りきれたから。」
俺はそっとネクタイの結び目に手を添えた。

「な…あ…う~。」
ひなたが俺の方に手を伸ばしてきた。
「ひなちゃんが、『夏越くん、カッコいい』って言ってるわ。」
「そっか…ひなた、ありがとう。」
俺はひなたの頭を優しく撫でた。

──なあ、紫陽。
俺、社会人になるよ。
君だったら「良く分からないけどおめでとう、ナゴシ!」って笑ってくれたんだろうな。

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