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【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む エピローグ (「澪標」シリーズより)


新潟の新居での結婚式当日。

「見たまえ、子どもたち!お母さん良い仕事をしたと思わない?」
紋付袴を着付けてくれた美生さんが、僕の晴れ姿を孫たちに披露した。

「おじいちゃん、格好いい!澪さんも早く見せて!!」
孫たちは、結婚式という非日常の空気感に興奮気味になっている。

「航さん……」
別の部屋で着付けされていた澪さんが、緊張ぎみに僕の目の前に現れた。孫たちは、急にお行儀が良くなった。

「ああ、綺麗だ……」
日本髪を結い、色打掛を身に纏うあなたは、年齢を忘れてしまうほど僕の心を魅了した。

「航さんも、とても凛々しいです……」
そう言った後、澪さんが気恥ずかしそうに俯いたのが、更に僕の心をくすぐり、思わず抱き締めそうになったが、孫たちの目の前なので自粛した。

「父さん、志津さんがいらっしゃったよ。式の前に父さんと話したいって」
息子の航平が知らせてくれたので、僕は志津のところへ行った。

「航、久しぶりだな!結婚おめでとう!」
礼服姿の志津が、太い腕で僕の肩を抱いてきた。

「今日の為に、遠くから来てくれてありがとう。疲れたろう?」
僕は目を細めて、親友に労いの言葉をかけた。

「幸せそうなお前の顔見たら、疲れなんて吹っ飛んだぞ。ところで、今日は『海宝と呼べ』とは言わないんだな」
会社員時代は公私混同しないよう、志津には名字で呼んでもらっていた。

「ん?もう会社を退職してるし、僕たちは課長でも部長でもないんだから、皆の前でも『航』で良いよ」

「そうか。じゃあ俺も、あいつらに下の名前で呼んでもらおうかな」
志津の言う「あいつら」とは、澪さん含む会社員時代の部下3人のことである。

「名前、呼んでくれると……いいね」
僕は力なく笑いかけた。

「海宝課長!両家の親御さんの施設にZoomをつなぐ準備が整いました。そろそろ入場の準備をお願いします」
呼びに来たのは、澪さんの親友で会社の同期だった、吉井彩子さんである。夫である透さんと共に、結婚式の準備に協力してくれていた。

「今、行きます!志津、また後で!」
僕は澪さんの元に急いだ。

「航さん、私……緊張しています」
澪さんは口角を上げているものの、手が震えていた。

「実は、僕もです。でも、大丈夫。あなたが側にいるから、何も怖れることはない」
僕はあなたに微笑みかけ、手を差し出した。

「そうですね。私もあなたがいれば、怖くはありません」
あなたは微笑み返すと、僕の手を取った。震えは止まっていた。

「皆様、お待たせ致しました。今日の主役、海宝航と澪の入場です!」
息子の掛け声で、会場に使っている部屋のドアが開けられた。開けたのは、コックコートを着た弟の千洋である。

部屋に足を踏み入れると、志津が「よっ!待ってました!」と大きな声で囃し立てた。その場にいる皆がどっと笑いながら、拍手をしていた。志津のお陰で、僕たちの緊張は一気に緩んだ。

開け放たれた窓から、潮風に運ばれ金木犀の芳香が入ってきた。限りなく高く青い空も、陽の光も、流れる雲さえも、僕たちを祝福しているかのように僕には思えた。

席に着くと、結婚式に出席してくれた縁ある人たちの顔を見渡した。僕たちだけではなく、彼らの顔にも皺やしみ、たるみが目立ち、僕たちが別れてからこの日を迎えるまで、長い年月が経ったことを感じざるを得なかった。

テーブルに並ぶ料理は、客船のシェフをしていた千洋が新潟で食材を手配し、腕をふるってくれた。彩子さんと透さんが、千洋のアシスタントを務めてくれた。夫妻は、隣県で生演奏が自慢のカフェを営んでいるだけあり、弟の指示に迅速に応えてくれた。年配者に配慮した優しい味付けの料理、ここ新潟の海の幸を生かしたお鮨やお刺身はどれも絶品だ。細身の身体だけど食いしん坊な澪さんは、「小鳥がついばむようにしかいただけないのが残念」と嘆いていた。僕は千洋を手招きし、「後で澪さんが食べられるよう分けておいて」と耳打ちした。

バックミュージックには、透さんのピアノ演奏の録音が静かに流れている。ITベンチャーの取締役を務める彩子さんは、荒海をイメージするプロジェクションマッピングを作り、オープニングで映してくれた。乾杯のときには、小山の高齢者施設にいる澪さんのご両親と、横須賀の介護施設にいる僕の母が晴れ姿を見られるようにZoomでつないでくれた。母は僕からも見えるように、父の写真を掲げていた。

息子の司会ぶりを見ていて、僕は大阪の義父母や義妹のみのりさん、そして前妻実咲さんが立派に育て上げてくれたことに感謝していた。最愛の息子が、僕と愛する女性の為に結婚式を企画してくれた。僕は嬉しさのあまり、目頭が熱くなった。

僕がスピーチする番が回ってきた。僕は立ち上がり背筋を伸ばした。

「本日は、海宝航と澪の結婚式に来てくださり、まことにありがとうございます。皆さんご存じとは思いますが、僕は前妻が亡くなってから間もなく、脳梗塞で倒れました。東京の病院で意識を取り戻すと、30年近く前に別れた澪さんが目の前にいました。息子が連れてきてくれたのです。彼女は前の結婚を解消し、小山の病院で看護師長として働きながら、1人で生きていました。僕はこの再会を逃すと二度と会えないと思い、病室で結婚を申し込みました。澪さんはプロポーズを受け入れてくれました。皆さんには、彼女との人生の門出の証人になっていただきたいのです。再婚同士の僕たちですが、どうぞ末永く見守ってください。宜しくお願い致します」

僕は深々と皆の前で頭を下げた。すると、隣で座っていた澪さんも立ち上がり、「私からも宜しくお願い致します」と一緒に頭を下げてくれた。すると、皆は温かな拍手をしてくれた。

乾杯やスピーチが済み、アルコールもほどよく回り、話に花が咲いていた。孫たちの名前が話題になった。兄の航生は息子夫妻から一文字ずつ取り、弟の彼方は美生さんがつけてくれた。航生も彼方も、「世界中を航海するくらい、様々なことを見聞してほしい」という願いを込めて名付けられた。「人生の荒波に負けずに、どこまでも航海してほしい」というのが、海宝家の大人たちの願いである。

僕の横に置かれた椅子に、志津がどっかりと座った。恰幅のいい彼が腰を下ろしたせいで、椅子がみしっと悲鳴を上げた。すっかりできあがった志津の大きな顔は、赤みを帯びている。

「航、鈴木、電話で聞いたときは、鼻血が出るほど、びっくらこいたけど、めでたい、めでたい! 2人とも飲めや。おっと、もう鈴木じゃなかったな。2人とも海宝だ」
志津はしわの寄った手で、僕たちのグラスになみなみとビールを注いだ。手元がおぼつかないせいで、グラスから泡があふれ出し、僕は慌ててすすった。澪さんは血圧が気になり、数年前からお酒を控えているので、形だけ口をつけていた。

「はい、みなさん、グラスを上げて~!! 海宝航と澪に乾杯だ~!」
志津は、立ち上がってビール瓶を高々とかかげた。
「よせよ、志津。もう乾杯は終わっただろ」
僕は苦笑いして志津を座らせた。

「糖尿病なんだから、ほどほどにしとけよ」

「航だって脳梗塞やったんだから、人のこと言えないだろ。また、倒れたら、新婚生活が台無しじゃないか」

「わかってるよ」
僕は、澪さんに向けて微笑んだ。

澪さんはなぜか戸惑いの表情を浮かべていた。

「なあ、おまえたち、会社にいる頃からそういう関係だったのか? まあ、その、2人は驚くほど気が合ってて、いいチームだったしな」
志津からそういう質問が来るのは、想定内だった。

竹内くんも彩子さんも、僕たちの関係に気づいていたことを知ると、志津は「何だよ、知らなかったのは俺だけかよ」と不機嫌になった。

「志津部長、大らかすぎるんですよ。まあ、そこがいいところですよね」 
スーツ姿の竹内くんが注がれたビールを豪快に飲み干した。彼の頭頂部は寂しくなり、額の皺や目元のたるみが目立っている。

「もう、とっくに定年退職したんだから、役職はつけるな。俺は芳実よしみ、海宝は航と呼べ」

「志津課長じゃなかった部長、可愛いお名前だったんですね」
細身の黒ワンピースに身を包んだ彩子さんが、意外だと言わんばかりに眼鏡の奥の目を丸くした。

「だから、部長はやめろって言ったろ!皆さん、これからは、俺と航に役職をつけないでくださいね~!!」
志津は立ち上がり、熊が吠えるように叫んだ。元部下3人は「志津さん」と呼ぶことにしたようだ。

「僕も航でいいですよ」
僕も立ち上がり、皆に周知した。

今の質問を皮切りに、志津や竹内くんが、僕と澪さんの関係のことで疑問に思っていたことを次々に質問してきた。

あの頃の僕たちが、どんな気持ちで許されない恋をしていたのか、結婚の約束をしておきながら別離を選んだ理由、澪さんが本社を去った本当の理由など……

僕たちは彼らの質問に丁寧に答えていった。どんなことでも答える、それが心配をかけた僕たちが出来る誠意だった。説明が分かりにくいところは、彩子さんや息子が説明を補足してくれた。

しかし、僕が恐れていたことが起こってしまった。澪さんが同期2人と息子の仕事の話に耳を傾けている時、志津が耳元で尋ねてきたのだ。

「航は彼女との思い出を胸に、前の奥さんと義務で連れ添って、関係が修復されることはなかったのか?」

志津の野太い声は、そもそも内緒話など向いていないのだ。僕は澪さんに気を遣い、場所を移そうと志津を促した。しかし澪さんは、その様子を見逃さなかった。

「私も聞かせてもらっていいかな」
澪さんが明るく割って入った。さすがの志津も、バツが悪そうな顔をしていた。

澪さんには30年前から今まで、前妻の姿も写真さえも見せたことがない。意図的に前妻の話題を避けてきたからだ。唯一の情報は、僕が話した前妻のなれそめと病歴、スマホから漏れた声をZoom越しに聞かれただけだ。

「私も聞いておきたいの。お願いだから、気を遣わないで」

澪さんは、昔も今も僕が必死に隠そうとした心を暴いてしまう。自分が傷付くことも厭わずに。
 
僕は観念し、一語一語を選び取るように話し出した。

「僕は前妻、実咲さんの強迫性障害の治療を経て、彼女を大切に思う気持ちを取り戻した──」
志津や澪さんの顔に緊張が走る。

「僕は、物心ついたときから、気持ちが不安定になる母を見てきました。だから、僕はそんな母の扱いが父より上手でした。でも、母がコロナ感染を恐れて強迫性障害を発症したあの時期が一番大変でした」
息子が澱んだ空気を和らげるかのように、快活な声で口を挟んだ。

僕からだけではなく、息子が状況を説明をしてくれたお陰で、澪さんは比較的冷静に話が聞けたと思う。

しかし、辛いERP(曝露反応妨害法)の治療を経ても、前妻の強迫性障害の症状がなかなか改善しないことを、同じ強迫性障害を患っていた透さんを支えていた彩子さんにアドバイスを求めたことを話した時、澪さんは驚きを隠せなかった。あの頃は、別れた澪さんは本社を離れ、新しい道を歩き出していた。僕は足枷になりたくなくて、彩子さんに口外しないよう頼んでいた。

実咲さんが強迫性障害を克服し、家族の絆を取り戻したことは、僕にとってかけがえのない出来事だった。しかし同じ頃、家族を築くのに失敗し、一人で生きていく覚悟を決めた澪さんはどのような気持ちで話を聞いていたのだろう。

※実咲さんの強迫性障害のお話は、原作「海の静けさと幸ある航海」中編で描かれています。



夕闇が忍び寄ってきた頃、式はお披楽喜になった。澪さんは、海なし県に住んでいる彩子さん夫妻に、今から浜辺に行けば、海に沈む夕日が見られるだろう、ぜひ見てほしいと勧めていた。澪さん自身は、志津と竹内くん、それぞれのホテルに車で送りに行った。

彩子さん夫妻が海から帰ってくると、僕は彼らに泊まってもらう2階に案内した。夫の透さんがお風呂上がりに、僕たちの航海にぴったりだと、メンデルスゾーン 序曲『海の静けさと幸ある航海』を教えてくれた。

彩子さんと透さんが2階に上がり、しばらくすると、物音がしなくなった。疲れて眠ってしまったのだろう。

僕は教えてもらった曲名をノートパソコンで検索した。穏やかな旋律に耳を傾けているうちに、僕はソファで眠りに落ちてしまった。

僕は昔の夢を見ていた。僕と澪さんは谷中霊園を歩いていた。澪さんは、オフホワイトのパーカーにグリーンのワンピースを着ていた。

『余裕をなくしていたとき、よく1人で墓地を歩きました。義務に追われて、ぼろぼろで、いつまでこれが続くのか先が見えない。そんなとき、あの世とこの世にいる者が一番近づく場所に魅かれたんです。死が自分を解放してくれるのかわからない、それでもすべてを投げ出したくなることもあったんです』
僕は澪さんに打ち明けていた。

『あなたは、決してそれを許さない人だから……。きっと、死んでも苦しみから解放されないでしょう』
僕はあなたを振り返り、自嘲気味に笑っていた。

実際に脳梗塞で死の淵に立ったとき、「充分に生きた」と思えたのは、自分が家族を支えることを投げ出さなかったからだ。投げ出しそうになった時、あなたがかけてくれた言葉は澪標のように、僕を正しい航路に戻してくれた。

『絶対に、奥様と息子さんにばれて、傷つけることにならないように気を付けましょうね。私はあなたを元気にして、選んだ航路を進む助けになれれば、それだけで……』

(澪さん、もう良いんだ。息子もあなたの親友たちも皆、僕たちを認めてくれたんだ。)
そう叫ぼうとしたが、声にならなかった。

「航さん、こんなところで寝ると風邪をひきますよ」
澪さんが枕元にしゃがみ、僕を揺り起こした。

「うん……」
僕はしぼんだ目をこすり、眼鏡をかけ直した。パーカーにロングスカート姿の彼女を見て、夢の中と現実が曖昧になった。僕は大きく目を見開いた後、何度か瞬かせた。彼女の顔に刻まれたしわを見て、僕は無事に眠りから覚めたことを実感した。むっくりと上半身を起こすと、テーブルの上のノートパソコンに手を伸ばし、消し忘れた音楽を止めた。

僕たちは、澪さんが淹れてくれた黒豆茶を飲みながら、話をした。

お互い、実咲さんのことを話さなければならないと思いながら、現在の幸せが壊れてしまうことを怖れて話せずにいたことが分かった。

僕は湯飲みを置き、澪さんの目を正面から見据えた。
「さっきも話しましたが、僕は実咲さんを大切に思う気持ちを取り戻し、最後まで寄り添いました。長い年月で、航路を外れたくなったときもありました。そんなとき、僕を留まらせてくれたのは、あなたに軽蔑されないように航海しなければという思いです。そのおかげで、壊れかけていた家庭を修復できました。航平を育て、実咲さんを看取ることができ、何も悔いは残りませんでした。残りの人生をあなたに捧げたいと胸を張って言えます。航平もそれを理解してくれたから、僕たちの再婚に賛成してくれたでしょう。あなたが気に病むことは何一つないんです」

あなたは目をそらしてしまった。

「でも、実咲さんはどう思っているでしょうか……。私、短い期間ですが結婚していました。辛い不妊治療を経験し、義父母との関係に悩み、家庭を守るのがどういうことかわかりました。そこで初めて、航さんが御家族と私のあいだでどれだけ苦悩したか、自分がどれほど航さんの御家族に失礼なことをしたのかに気づきました……。少しでも航さんの支えになれればと思ってしたことが、航さんのご家族との向き合い方に消えない影を落としてしまったと深く後悔しました。あのとき、私が自制するべきだったんです。もう30過ぎだったのに、何てことをしていたのかと本当に申し訳なく思いました。こんな私が、どんな顔をして実咲さんと向き合ったらいいのか……」

「澪さん」
僕は強張った彼女の肩を抱き寄せた。

「初めて2人で出かけた日、横浜の外人墓地で、僕に言ってくれたことを覚えていますか? 僕の父が亡くなった時、母の提案で、父は土に還るよりも世界中を航海したいだろうと、遺灰を海に撒いたと話しましたね。僕が、この葬り方は遺族の自己満足で、父の本心はわからないと言ったとき、あなたはこう言ってくれました。『それでいいと思います。どんなに話しかけても、亡くなった人はもう何も言ってくれないのですから。たとえ送り方が、亡くなった方が望んだことと違ったとしても、残された方がその方を思って決めたならそれでいいと思います』」

あの日、傘越しに聞いた雨音、雨を含んだ土の匂い、僕のつけていたサムライ アクアクルーズの香り、澪さんがつけていたエルバヴェール……。時の彼方から僕たちの五感を刺激しては消えてゆく。

僕は、澪さんを時の向こうから呼び戻すかのように、肩を抱く手に力を込めた。

「実咲さんが、どう思っているかはわかりません。彼女は、もう何も言ってくれないのですから」

「私が……、心のなかで彼女と向き合うしかないのでしょうか……」

「あのとき、あなたが言いましたね。『死者との対話は自分の心との対話なのかもしれません』」

「実咲さんのこと……、教えてください。私にできる方法で、彼女と向き合いたいと思います」

「もちろんです。あなたがそうしたいなら、あなたのやり方で彼女と向き合ってください」

「それから、もう一つお願いがあります──」


結婚式から数週間後、澪さんは新潟市内の精神科病院に就職が決まり、今日が初出勤だった。
精神科病院で働くこと。実咲さんが戦っていた病を理解するために、彼女が選んだ向き合い方だった。

「行ってきます、航さん!」
迷いのなくなった澪さんの後ろ姿を、僕は手を振って見送った。

休みは取れるように交渉すると言っていたが、浴衣を着て長岡や土浦の花火に行ったり、宮島で着物を着て写真を撮る約束はしばらく果たせそうにない。

僕は書斎に行き、机の引き出しにしまっていた実咲さんの形見の眼鏡を取り出した。

実咲さん、僕はいつか澪さんと一緒にあなたの墓参りに行くよ。それはいつになるかは分からない。澪さんがあなたと向き合い続け、彼女の中で何かを見つけた頃になると思う。
澪さんが僕のことを理解したいと思うように、僕も彼女のことを理解したい。だから、男として彼女の信頼を得られるよう、澪さんとも向き合い続けるよ。いつか、離れ離れになっていた間に、澱のように蓄積された悲しみを話してくれるように……
僕は命を終えたら、新潟の荒波に遺灰を撒いてもらうことにしたんだ。申し訳ないけど、あなたと一緒のお墓には入らない。
だけど、あなたは予感していたんだね。航平から聞いたよ。「きっと、航くんは海に還ることを望むわ。その時は、彼の遺灰を撒いてあげてね」と言っていたそうだね。
僕は空の星になっても、澪さんと一緒に航海を続けるんだ。

僕はひと通り実咲さんに話しかけると、眼鏡を机の引き出しにしまった。

【完】


結婚式の一部始終は、may_citrusさん原作「海の静けさと幸ある航海」に描かれています。五感を感じさせる素敵な作品です。


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