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【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 15 (「澪標」シリーズより)


無事に仲直りした僕たちは、翌日一緒に梅仕事をした。血圧を気にして、アルコール類を控えている澪さんも楽しめるよう、梅酒ではなく梅シロップを仕込んだ。氷砂糖が溶け飲み頃になった頃、ちょうど益子で絵付けをした湯呑みが小山のアパートに届いた。僕たちは、梅シロップを炭酸水で割って梅ジュースにして、出来上がったばかりの湯呑みでいただくことにした。

「……何だか、下手な絵で申し訳ないです」
僕の湯呑みには、台形と三角で構成された船が描かれている。澪さんによるものだ。

「大胆な形で良いと思いますよ。あなたが僕を思って描いてくれた船なんです。気に入らない訳がない」

「航さんの描いてくれた絵は、お洒落でお気に入りです!」
澪さんの湯呑みには、澪さんをイメージしたハーブを湯呑み全体に描き込んでいる。

「ちょっと描き込み過ぎかとも思いましたが、気に入ってくれて嬉しいです」
僕はひとくち梅ジュースを口にした。梅シロップの爽やかな甘味がしゅわっと口内に広がった。

「梅といえば……覚えていますか?串カツ専門店で、一杯ご馳走になった時……」
僕が入社したての頃、社内で険悪になりかけたのを助けてもらった御礼に、澪さんに一杯奢っていた。その日は、息子の15歳の誕生日だった。

「覚えていますよ。梅干しサワーを頼んだら、あなたと注文がかぶってびっくりしました」

「その日は、航平さんの誕生日だったのに、申し訳ないことをしました」

「息子の誕生日だと言わなかった、当時の僕が悪いんです。澪さんのせいじゃ……」

会話を遮るように、玄関のチャイムが鳴った。

「おじいちゃーん、みおさーん、こんにちは〜!」
子どもの大きな声。僕には聞き覚えがあった。

玄関を開けると、そこには息子家族がいた。

「こんにちは、父さん。元気そうだね」
息子が、満面の笑みで挨拶をしてきた。

「来るなら、連絡のひとつでも入れなさい!」
つれない態度をとってしまったが、家族が東京からわざわざ会いに来てくれて、とても嬉しかった。

「連絡したら、サプライズにならなくなるから」

「航平さん、『サプライズ』って?」
澪さんが息子に聞き返した。

「海宝家から、これから建てる新築のお祝いに、父さんと澪さんの結婚式をプレゼントします!」
息子の声の後に続いて、息子の妻と孫2人が拍手をした。

「え〜!?」
僕と澪さんは、思いもよらない息子の言葉に驚きを隠せなかった。

「2人とも式は挙げないつもりみたいだけど、晴れて夫婦になったことを、縁ある人たちにお祝いしてもらいたいんです。幸い、海宝家には腕の良い料理人と着物の着付けの出来る人間が揃ってますから!」
航平は手の平を上にして、美容サロン経営者である妻の美生さんを指し示した。

「式場は新しいおウチだよ」
下の孫の彼方かなたが、航平の後に言い添えた。

「僕……澪さんの花嫁姿が見たいです」
上の孫の航生こうせいが、僕の本音を代弁するかのように澪さんに言った。

「……良いんでしょうか。私、祝ってもらえる資格なんて──」
澪さんは戸惑っていた。かつて許されない関係だったことが、どうしても気になってしまうようだった。

「澪さん、結婚式を挙げましょう。施設に入居している僕の母とあなたのご両親はオンラインで繋いで……息子家族、弟の千洋、あなたの会社時代の同期2人、そして志津を呼んで。彩子さんや竹内くんには、僕たちのことで心配をかけてしまいましたから、海宝家との関係が良好なのを知れば、安心してくれるはずです。志津は僕たちの事情を知らないけれど、あなたが会社を去った後も気にしていたぐらいです。心から祝福してくれるに違いない。式を挙げることで、僕はあなたに相応しい夫になる覚悟を示したいんです」
僕は、結婚式の目的をはっきりさせることで、澪さんの不安を取り除きたかった。

「私……彩子にも竹内くんにも、きちんと航さんとの再婚を認めてもらいたいです。志津課長にも、親友の妻としてご挨拶したいです」
澪さんが結婚式を挙げることに前向きになってくれた。

「……結婚式、決まりですね!海宝家ぼくたちが責任持って式の準備は進めるから、父さんと澪さんは招待する人に連絡を頼みます。皆、帰ってプランを立てるよ!」
息子がそう言うと、家族は東京に帰っていった。

「澪さん、彩子さんへの連絡はあなたに任せますので、僕は志津と竹内くんに連絡します」

「え?竹内くんは私の親友ですから、私が連絡しますよ」

「竹内くんは、僕の元・仕事仲間でもあります。彼には、僕から話したいことがあるので」

「航さん、もしかして竹内くんに嫉妬してたりしますか?」

「当たり前でしょう。僕があなたと離ればなれになっている間、ずっと側にいたんですから!」
僕は不機嫌を隠せなかった。

「『ずっと側に』って……竹内くんは東京だからそんなに頻繁に会っていたわけではないんですが」

澪さんはそう言うが、会いたいと思えばいつでも会える立場にいた竹内くんに嫉妬心を抱くのは、どうしようもないことだった。だけど、澪さんが本当に辛いときに支えてくれていたことには感謝していた。

「すいません。あなたが竹内くんを異性として意識していないことは分かってはいるのですが、彼も男なので……あなたと竹内くんの友人関係を壊すような話ではないので、僕に連絡を任せてはもらえませんか?」

「……わかりました。竹内くんの連絡は航さんに任せます」

澪さんの許可を得たので、僕はこの晩竹内くんに電話を掛けた。

「……珍しくスマホの着信に『海宝部長』の名前が表示されて、震え上がりましたよ」
電話なので顔は見えないが、声の調子からキツネを思わせる目を細めて苦笑いしている竹内くんの姿が想像出来た。

「震え上がるなんて、何か覚えでもあるんですか?」
僕は低い声で、竹内くんに質した。

「……鈴木さんの離婚を黙っていた件で、電話を掛けてきたんじゃないんですか?」

「本題は違いますが、それも聞きたいと思っていました。なぜ彼女の離婚を黙っていたんですか!」

「鈴木さんから口止めもされていましたが、水沢……吉井彩子さんとも話して黙っていることにしたんです。もしも、鈴木さんの離婚原因が子どもを産めなかったことだと海宝部長が知ったら、自分と付き合って婚期が遅れたせいだと責任を感じて、全力で再婚相手を探されるかもしれない。もし、そうなったらいたたまれないって」

おそらく、澪さんの事情だけでなく、僕の前妻の病の事情も知る彩子さんが、竹内くんがうっかり僕に離婚を伝えてしまわないよう機転を利かせてくれたのだろう。万が一、僕が病の妻を置いて、澪さんの元に行ってしまわないように。

「さすがに、他の男性を愛する女性に紹介なんてしませんよ。これから、僕は澪さんと結婚するんですから」

「え〜!結婚!?」
竹内くんは、耳が痛くなるほど大きな声で驚きの声をあげた。

「籍を入れるのは、彼女が還暦を迎えてからで、まだ先なのですが、結婚式をこれから建てる新潟の新居で挙げる予定です。詳細が決まったら、招待状を改めて出すので、是非参加してくださいね」

「ちょ……ちょっと待ってください!結婚式に新居なんてお金が入り用じゃないですか」

「今、仕事を探しています。年齢が年齢なので、なかなか見つかりませんが」
僕は深く溜息をついた。

「俺の奥さんの知り合いが、オンラインで仕事出来る人を探してるんです。海宝部長、もし良ければ話を通しておきますよ?」

思わぬところから、僕は就職先が決まった。


梅干しサワーと航平さんの誕生日のエピソードは、may_citrusさん原作「澪標」2話にあります。会社員時代の航さんと澪さんのお仕事も描かれています。


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