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さくらゆき ショートショート集

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さくらゆきのショートショート(企画参加作品・オリジナル作品)をまとめました。
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記事一覧

花吹雪【#シロクマ文芸部】

花吹雪【#シロクマ文芸部】

花吹雪の祝福。みどりの黒髪に白き肌の君を見て、そんな言葉が浮かんだ。

歌を詠んでは文箱に仕舞う日々。

四季がめぐり、仕舞いきれなくなった頃、歌は花吹雪の如く風に飛ばされた。

詠み人知らずの歌は、誰かに拾われ、歌集となった。

祝福の歌は、白き指に捲られた。

千年の時を経てなお、忘れじ。

春の雨【詩】

春の雨【詩】

春の雨

ピアノ

記憶を指でなぞるよう

たどたどしいメロディー

無造作紳士

奏でることに意味はなく

再び蓋は閉じられる

桜色【#シロクマ文芸部】

桜色【#シロクマ文芸部】

桜色の布を繊維街で購入した。ネットショップでなく、実店舗での買い物は何年ぶりだろう。外出するのも罪悪感を感じなくなってきた、今日日。

自宅に戻って、布を水通しする。干して乾ききらないうちに、アイロンをかけて地直し。

「布絵さん、今回は何作るの?」
みのりさんが作業机に頬杖をついてたずねてきた。

「出来てからのお楽しみよ」

型紙を乗せて布を切る。待ち針で中表に合わせて、ミシンをかける。

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震わすのは【ピリカ文庫】

震わすのは【ピリカ文庫】

 あれは15歳の夏休みだった。俺は町の花火大会の会場に急いで向かっていた。住宅街を走っていると、ドーンという爆音が空気を震わし、俺は空を見上げた。

「あ~、始まっちゃったか!」

 俺は民家の2階の窓から身を乗り出している少女に気が付いた。その少女は同じクラスの福元美羽だった。あまり話したことはないが、福元も花火が観たいのだろうと思い、誘うことにした。

「福元!一緒に花火を観に行かないか?」

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チョコレート【#シロクマ文芸部】

チョコレート【#シロクマ文芸部】

チョコレートを受け取ってもらえなかった。はじめての手作りだったのに。

「お店にいくらでも美味いのがあるのに、わざわざ溶かす意味が分からない」だって。

そういえば彼、他人が握ったおにぎりも食べられないって言ってたっけ。

つまり、私は自分の気持ちを押し付けて、彼のことが見えていなかったってこと。

綺麗にラッピングしたチョコレートを、校内のゴミ箱に捨てようとした時、一緒にチョコレートを作った友人

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ある家の物語 10

ある家の物語 10

主さまは、犬の姿になっても、人間の頃と変わらない。

パソコンでお仕事をして、人間が好む食べ物を食べ、毎日お風呂に入って、お布団で眠る。

私が猫から人間の姿になってしまってからは、文字の読み書きや料理を教えてくれた。

犬の姿では買い物に行けないので、お金の使い方も教えてくれた。

外に出る時は、今日みたいに、リードを付けて犬の散歩のふりをする。

犬の姿になった時、「なかなか、こんな経験出来な

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布団から【#シロクマ文芸部】

布団から【#シロクマ文芸部】

布団から抜け出して、まんまるの月の下で、妖精とくるくる踊る夢を見たの。

そう言ったらあなたは、それは楽しげな夢だね、と笑っていた。

あれから、何回月は満ち欠けを繰り返しただろう。

あの頃と同じ笑顔で、月が綺麗なので踊りませんかと、あなたが誘う。

雪化粧【#シロクマ文芸部】

雪化粧【#シロクマ文芸部】

雪化粧を城に施し、女王は100年の眠りについた。

既に王は亡く、家臣たちは女王が淋しくないように共に眠りについた。

咲き誇っていた庭の薔薇たちも、そのままの姿を留めて白く凍りついた。

予言の魔女により、幼い末の姫だけは城の外に連れ出されて、無事だった。

ひとり残された姫は、凍えるように孤独だった。

ある日、姫は魔女に質した。
「何故、私を城に残してくれなかったの?」

魔女は答えた。

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逆光のみクジラ【#毎週ショートショートnote裏お題】

逆光のみクジラ【#毎週ショートショートnote裏お題】

年末、魚崎と初日の出はどこで見ようか話し合っていた。

「いつも山の方ばかり行っているから、たまには海に行こうぜ」
魚崎はスマホで海の初日の出スポットを検索した。

「京野、A海岸のクジラを初日の出と一緒に撮影すると、その1年良い年になるってさ!」

「俺達受験だから、御利益あるかもな!」

初日の出はA海岸に決まった。

年が明け、俺達は始発の電車に乗ってA駅に着いた。

薄明るくなった空は、雲

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最後の日【#シロクマ文芸部】

最後の日【#シロクマ文芸部】

「最後の日記帳の続きを、貴女に綴って欲しい」
12歳年上の夫の遺言だった。

その日記帳は、ハードカバーの飾り気のない黒いノートだ。1ページ目に、「この日記帳に妻を託す」とだけ書かれていた。

「どういうことだろう。託されたのは日記帳の方でしょう?」
夫の書き間違いだろう、私はそう思っていた。

夫が使っていた万年筆を使って、私は1日3行の日記を書き始めた。

日記帳をブルーインクの文字で少しずつ

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振り返る【#シロクマ文芸部】

振り返る【#シロクマ文芸部】

振り返ると、華美で甘美な人生だった。

かつての私は貴族という身分で、心が渇いていた。

広大な屋敷に、大勢の使用人を従え、高価な調度品に囲まれて過ごしていた。豪勢な食事で飢えることもなく、灼けるような暑さも、痛いほどの凍えも知らずに生きてきた。

夜な夜な舞踏会で踊り明かしても、心は満たされることは無かった。

ある日の出会いが、私を変えた。

「はじめまして。本日からここで働かせていただくこと

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一篇の片恋がたり

穂尚 和さんのイラスト「片恋」を元に、ショートショートを書かせていただきました。

 和真様。貴方の物語に、私は登場していますか。

 貴方はいつも、古本屋で難しい顔をして本を読んでいらっしゃいます。

 私は貴方の美しい手から垣間見える背表紙から、貴方の居場所を推測するのが日課になってしまいました。

 ある時は独逸、ある時は露西亜、異国ばかりと思わせておいて、源氏物語。今日の貴方の意識は、英吉

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ありがとうと言ってはいけない【#シロクマ文芸部】

ありがとうと言ってはいけない【#シロクマ文芸部】

「ありがとうございます」
新人だった私は、女性の先輩に仕事を教わったお礼を言った。

すると先輩は、
「川邊さん、『すいません』でしょ!」
と激怒した。

学生時代、「すいませんより、ありがとうの方が気持ち良い」という価値観で生きてきたので、ショックだった。

それ以来、私は「ありがとう」の代わりに、徹底して「すいません」を言うようにした。

何かをしてもらうにも「すいません」、すいませんの世界は

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ある家の物語 9

ある家の物語 9

家の外は、春のお日さまがぽかぽか暖かい。
土の香り、花の香りが風に乗って鼻をくすぐる。

主さまは、犬らしく、しっぽをブンブン振りながら力強く歩いていく。

「やあ、ユキ。散歩かい?」
塀の上から、友だちのトラ吉が話しかけてきた。

「トラ吉、桜を見に行くの」

トラ吉は私たちに付いて塀の上を歩き出した。

「へぇ、桜って美味いのか?」

「トラ吉、桜は食べ物じゃない。花だよ」

「なーんだ。食え

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