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ロジャース派の自己概念理論3:「重要な他者」の考察にあたっての注意事項

■注意1:ロジャース派心理学の「重要な他者」概念は一般的意味とは違う

 ここで注意を促しておく。これまで及びこれから論じる「重要な他者」はあくまでもロジャース派心理学における概念の「重要な他者」である。ロジャース派の概念の「重要な他者」でなくとも、通常一般的な意味での"重要な他者"は枚挙に暇がない。例えば、フリーランスの人間にとって取引先担当者は通常一般的な意味において"重要な他者"であるが、ロジャース派の概念の「重要な他者」には大抵の場合に当てはまらない。つまり、ロジャース派の概念の「重要な他者」と通常一般的意味での"重要な他者"を混同してはならない。

 ここで面倒臭いケースが、かつてロジャース派の概念の「重要な他者」であった人間が現在はそうではないケースである。ロジャース派の概念では最早「重要な他者」ではないものの、通常一般的意味では"重要な他者"であり続ける場合がある。典型的には、愛情を感じていないものの生活協同者としてお互いが重要である夫婦や、血のつながりのある他人となった親子・兄弟姉妹などがそれである。この場合の"重要さ"は単なる利害得失の観点での重要さであり、ロジャース派の概念の「重要な他者」の重要さとは独立している。

 ロジャース派の概念の「重要な他者」の重要さと、利害得失の観点での重要さを混同することは、どちらの意味合いでの重要な他者の関係性に対しても誤解が生じることとなる。

 実際の生活の場合において、それぞれの重要な他者と読者諸賢がどのように係るかは私がとやかく言う事ではないが、ロジャース派の概念の「重要な他者」を紹介した者の責任として、ロジャース派の概念の「重要な他者」の重要さと、利害得失の観点での重要さを混同することには問題があることを指摘しておく。


■注意2:連合学習理論による説明は人間の尊厳を侵していない

 前回の記事にて連合学習理論を用いて乳幼児の心理現象を説明した。この説明に対して少なからぬ人が憤りを感じるようだ。「人間の尊厳が毀損されている。人間を貶めている」と、連合学習理論による説明が冒涜的説明であるするのだ。

 まぁ、その気持ちは理解できなくもない。「他と同列でない特別なもの」に対して神聖さを感じる心性を私個人を含め多くの人間は持っている。その他大勢ではないことを求める、ユニークな事物に関心を寄せる、オンリーワンであることが大切といったトクベツさに人間は魅せられている。そんな心性からすれば、人間と動物を一緒にするのは「人間のトクベツさ」を冒涜していると感じることは十分に理解できることだ。

 更に言えば、ある科学的説明が神聖さや尊厳を本質的に毀損する訳でなくとも人々の反発を買うことは、歴史的に繰り返し観察できることだ。古くは地動説によって、地球が太陽を回る惑星の一つとして金星や火星あるいは木星や土星と同列になったときに「地球のトクベツさが汚された」と感じたようである。

 現在進行中のものとしては進化論だろう。

 ただし、大多数の日本人にとっては「進化論によって人間の尊厳が毀損された」との感覚は共有できないものだろう。現行人類であるホモサピエンス・サピエンスの祖先がサヘラントロプス・チャデンシスだろうと、アウストラロピテクス・アファレンシスだろうと多くの日本人にとっては「ふーん」といったもの以上の感想は無い。人間の祖先がサルに近い生物だったとしても人間の尊厳には一切関係が無いとの感覚が普通一般の日本人の感覚だろう。

 しかし、ダーウィンが『種の起源』を発表したとき、当時の社会は非常に反発した。そして今なおアメリカでは「進化論と共に"インテリジェント・デザイン説(=科学的装いをした創造説)"も公教育で扱うべきだ」との主張が宗教的勢力から出ている。進化論によって「人間のトクベツさ」が毀損されたと感じる人が、嘗ての社会では多数存在し、また現代のアメリカ社会でも無視し得ない程居るのだ。これらの人々にとって人間を他の動物と同列に並べることは許し難い暴挙に感じられるのだ。

 ある側面において人間が他の動物と同じであることは否定できない事実である。しかし、それを認めたからといって「人間のトクベツさ」、人間存在に関する尊厳やユニークさ、人間の行為の尊さや素晴らしさといったものは毀損されない。

 それは、連合学習理論によって人間の心理が説明されたとしても同様なのだ。そのようなメカニズムで子供が親へ向ける愛が説明されたとしても、些かなりともその尊さは傷つかない。子供の「おかーさん、大好き!」との感情が古典的条件付けによって生じた好感情であったとしても、それがどうしたというのだ。発生メカニズムと尊厳や価値は一旦別々に考えて、それらに関連性があるとなったときにだけ、発生メカニズムによる尊厳や価値への影響を考慮すればいいだけだ。

 どうにもこうにも、進化論に抵抗を覚えるアメリカ人を笑えない人が多すぎる。


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