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ロジャース派の自己概念理論2:乳幼児の場合の「重要な他者」

 ロジャース派の自己概念理論に出てくる概念を詳細に見ていく。当シリーズ記事では「有機的価値付け」から「自己配慮」までの発達メカニズムである。本稿で見ていく自己概念理論の概念は「重要な他者」あるいは「重要な社会的他者」である。

 本稿ではロジャース派の概念の「重要な他者」を乳児から幼児にかけて獲得していく発達段階の本人視点から解説する。つまり、周囲の人間が発達していく主体をどう扱うか、どう見るかといった視点ではないということだ。

 まず、最初に簡単に概念内容を述べる。その後、それらの概念が示す対象の発生について考察する。また、この発達の過程は部分的ながら成人においても発生する。それゆえ、本稿では乳幼児の例で考えるが、乳幼児の例だけでは理解しにくいので別稿で他の例も取り上げる。つまり、「重要な他者」が、乳幼児限定の概念でないことには注意されたい。


■重要な他者:乳幼児にとっての親

 重要な他者とは、初期状況により発生した直接的な快不快状態から変化後の状況により発生する直接的な快状態への遷移に直接介在していると認識された他者を指す。

 「重要な他者」の典型例として真っ先に挙げられるのが、乳幼児にとっての親である。ただし、重要な他者は乳児にとっての親だけでなく、これから見ていく条件に当てはまれば成人が人間関係を取り結ぶなかでも重要な他者となり得る存在は居る。とはいえ、「重要な他者」の概念を理解するにあたってまずは乳幼児にとっての親で考えるのが分かり易い。

 さて、乳児が空腹で泣いたとき、おしめが濡れて気持ち悪くて泣いたとき、親がやって来てミルクを与え、おしめを替える。まだ首も据わらず目もよく見えない発達段階においては、不快状態から快状態に遷移したときに親が共にいることを乳児は認識できない。この段階では「ミルクを飲む」「おしめが取り換えられる」という経験の有機的価値を乳児は認識するだけである。

 しかし、目もしっかり見えるようになり、首も左右に自分で動かせるようになると、不快状態から快状態に遷移したとき親がその場にいることに気づくようになる。乳児は不快状態から快状態に遷移するときの経験において親の存在が随伴していることを認識するのだ。言ってみれば以下のように示すことのできる経験をすることになる。

「ミルクを飲んで満腹して快状態」+「親の存在」
「サラサラのおしめになって快状態」+「親の存在」
・・・

 このような経験を幾たびも繰り返すと、親の存在と快状態を結びつけるようになる。すなわち、行動主義心理学の連合学習理論が説明する「連合」という現象が起きる。

 この連合という現象で有名な行動主義の実験としては「パブロフの犬」の実験がある。非常に有名な実験なので知っている人も多いと思うが、簡単に説明しよう。

 犬に餌をやるときにベルの音を鳴らすようにしてそれを何度も繰り返す。すると、ベルの音と餌との間には本来何の関係もないにもかかわらず、ベルの音を聞くだけで唾液が分泌されるようになる。この現象を発見したのが「パブロフの犬」で有名な実験である。

 パブロフの犬に生じた現象が、親から世話を受ける乳児にも生じるのである。それは古典的条件付けと言われるものだ。親の存在と快状態との連合が生じると、親が何か快状態を齎すような具体的な世話を行うことがなくとも、親が自分の近くに居るだけで乳幼児は快状態になるのである。

 「親の存在と快状態との連合」が生じたとき、すなわち、古典的条件付けによって親と快状態が結びつけられたとき親が乳児にとって「重要な他者」となる条件の一つ目を満たす

 次に、親が乳幼児にとって「重要な他者」となる二つ目の条件を見ていこう。

 乳児は空腹になる、おしめが濡れるといった状況によって不快状態となり、泣き声を上げる。乳児が泣く行動は最初は不快状態に対する単なる反射的感情表出である。

 しかし、乳幼児が周囲の状況に対して認識できるようになると、自分が泣く行為によって不快状態から快状態に遷移することに気づくようになる。もちろん、乳児が泣く行為自体によって不快状態から快状態に遷移するのではなく、乳児が泣いたことを受けて親が乳児の不快状態の原因となったことを取り除き、乳児の状態を快状態に遷移させるための行動を取るからである。

 更には、自分の泣く行為に対応して動くのが親であることにも乳児は気づく。つまり、以下の一連の関係性を乳幼児は認識するようになる。

「泣く」→「親が来る」→「快状態に遷移」

 この関係性を乳幼児が学習したとき、快状態に遷移することを目的として親を呼ぶために泣くようになる。これは行動主義心理学の連合学習理論が説明するオペラント条件付けと呼ばれる現象である。

 古典的条件付けの「パブロフの犬」の実験ほどは有名ではないが、それでも門外漢でも知る有名なオペラント条件付けの実験にバラス・スキナーが行った「スキナー箱」の実験がある。この実験についても簡単に説明しよう。

 レバーを押すと餌ペレットが出るという仕組みの箱にネズミを入れると、やがて餌ペレットを出すために頻繁にレバーを押すようになるというものが「スキナー箱」の実験である。レバーを押すと餌ペレットが出るということをネズミが学習することを確かめた実験である。更に追加の実験が為され、ネズミのレバー押し反応はそれが餌ペレットを齎すとの期待学習によるものであると推測される結果が出ている。また、オペラント条件づけにおいて、弁別刺激-[反応-強化子]という階層的連合構造を動物は学習すると考えられている。

 つまり、スキナー箱のネズミに生じた現象が、泣いて親を呼ぶ乳幼児にも生じていると考えれる。つまり、乳幼児の泣いて親を呼ぶ反応は、それが快状態に遷移させるとの期待学習によるものと言える。また、オペラント条件付けにおける「弁別刺激-[反応-強化子]という階層的連合構造」に関して、本稿での乳幼児が泣いて親を呼ぶケースで考えるならば、弁別刺激とは「近くにいる親」の存在であり、反応は「泣く行為」であり、強化子は「快状態」にあたる。

 オペラント条件付けという観点から、乳幼児にとっての親の存在を考えると、乳幼児が自発的に快状態に遷移させようとアクションを起こしたときに、必ず快状態に遷移させる存在として認識されているということだ。オペラント条件付けにより学習したネズミが「レバーを押せば餌ペレットが出る」ことを疑わないように、オペラント条件付けにより学習した乳幼児は「親が快状態を齎す」ことを疑わないのだ。

 以上の乳幼児の例から理解できるように、「重要な他者」とは以下の条件を満たす他者である。

  1. 存在するだけで快状態に遷移させる他者

  2. 自らの行動に介在することで快状態に遷移させる他者

 このような重要な他者の存在は乳幼児にとっての親だけではない。成人になっていたとしても、他者が重要な他者になることがある。次稿以降ではそのことについて見ていこう。


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