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第55話≪ハルの章⑩≫【HERO】ーチェディアック・東シンドローム 天使のカナリアー

ハルとカイはグリム童話のメルヘン街道で童心に戻り、遊びはしゃぎまわりそのうちハルはカイに私のお友達に会いに行こう!ということで『ブレーメンの音楽隊』で登場するロバ、犬、猫、にわとりからなる音楽隊が夢描いた終着点ブレーメンにある地下研究室、『エデンの園』に二人は巻貝のような真っ白の螺旋階段を降りる。

そこは綺麗な花々が季節問わず美しく咲き乱れていた。日本での12月を彩るように天使の輪っかのような大規模な花壇の真ん中には長軸と短軸の二種類の噴水が上がり、下の水面には1時から12時のローマ数字がゆらゆら浮いている。そして下に沈んだ宝石のようなこれまた色鮮やかな石のようなものに光が反射して水時計の盤面は時刻や天候で美しく表現豊かな顔の表情を変える。

「下に沈んでいる宝石みたいなこれ。何だと思う?」

ハルは巨大な水時計の噴水に片手を入れると一つまぁるい石を取り出して濡れた掌に置いてカイに尋ねる。

カイは「綺麗だね…宝石かな?」と目を丸くする。

「宝石みたいでしょう?これはね、人間たちが川や海に捨てたガラスの瓶やプラスチックが海の波によって何百年くらいだろう…悠久の時間をかけて丁寧に摩耗という彫刻されて波打ち際にあげられていたものを拾ってきたの」

「海は人間の捨てたゴミをこれほどまでに美しくしちゃうんだね…僕らは海から恩恵を受けてばかりなのに僕ら人間は海へ何か大きな恩返しをしたことが果たして今まであるだろうか…」

ハルは無言でどこか悲し気に、カイに優しく微笑み返す。

チューリップ、マーガレット、アネモネ、サクラ、スイートピー、ラナンキュラス、ヒヤシンス、ストック、カラー、バラ、ガーベラ、ビバーナム、シャクヤク、カーネーション、クレマチス、トルコキキョウ、アジサイ、アルストロメリア、ヒマワリ、コスモス…
植物を愛するハルはこの花の花言葉はこうなのと一つ一つの花を愛でながらカイに説明する。

「私の研究所兼宿屋はドイツにあちこちにあって…昔『Se/jou機関』と呼ばれた実験を行うためにあちこちにアウシュビッツ以外にもさまざまな医学科学研究所があったの。今、私たちが通ってきたメルヘン街道のハーメルンという場所。あそこにまつわる童話というか逸話はカイ君しってる?」

「小さい頃確か絵本で読んだことあるような…『ハーメルンの笛吹男』かな。街にネズミが大発生してどこからともなく笛を吹く男が現れ笛を吹くと大発生していたネズミは街から瞬く間にいなくなった。けれどもそのネズミを追い払った笛吹きの男に街は傲慢心で約束を破って報酬を払わなかった。するとまた笛吹きの男は笛をふきはじめると今度は百人以上のこどもたちがその笛の音に楽しそうに家からでてきてその笛を吹く男の後について街から一緒に去っていったっていう内容だったよね」

「そう。絵本の中ではそうなっている。でもね、本当の話…をすると…」
ハルはそこで深呼吸して声を潜めて続ける。
「この本当のお話は1284年6月26日に130人が忽然と失踪した実際に起きた事件をもとにしているの」

カイはハルのおぞましい事実をきいてぎょっとする。

「…え」

「信じられないでしょう…でも今でもそのこどもたちが100人以上連れ去られた通りは舞楽禁制通りとして、踊りや音楽の演奏は禁止されてるわ…」

「その消えたこどもたちの行方は…」

「諸説あるの。こどもの十字軍に従軍した説、舞踏病などの伝染病による死亡説。真相は誰も知らない。
というより隠されているみたいね。意図的に。もちろん背景には政治や人身売買、薔薇十字軍という黒組織が絡んでいる」

カイは少し考え込むとぞっとした顔で呟く。

「もしかして…グリム童話も…」

「そう…グリム童話も『本当のグリム兄弟が綴った話』は非常におぞましい内容なの。グリム兄弟が『メルヘン』というより日本で言うところの自国の伝承を集めていた1806年前後のドイツはフランスの支配下におかれ、それまでのドイツ人には希薄だったドイツ国家意識が高騰し始めていたの。言語学者であり、ゲルマン神話や伝説を研究していたグリム兄弟も友人のブレンターノ、小説家のアルニムらと『ドイツとは』、『ドイツ的なものとは』、『ドイツ人とは』などドイツの精神的遺産である民間伝承や英雄伝説を模索し始め、結果大量の『グリム『童話』』というものを編纂したの。『本当のグリム兄弟が綴った話』…。身の毛もよだつ話よ…。ドイツ語の実際のグリム兄弟の手記を私は読んだけど…女の子の性器の部分に拷問具をつけた狂人男の話や嫉妬と憎悪のあまり血の繋がりのあるものを殺した話などなどが綴らていた…今では跡形もなくメルヘンと変化し普遍化しているけれど…でもまぁ、日本の昔話も可愛らしい表現になっているけどその寓話には恐ろしい事実が隠されているものがほとんどよ…」

二人の間に沈黙が流れる。過去のおぞましい事実を知らぬエデンの園の青い鳥たちは平和にさえずりそのようなことは知らずして優雅に空を舞う。

カイは重苦しい空気の中、口をあける。

「どこの国も別の文化や概念に支配されると感じると恐怖感が湧くんだね…第一次世界大戦、第二次世界大戦もそうだし、どこかの『他国』という自国とは違うものに強制的に乗っ取られるとどの国の人間も『自己とは』が『自国とは』になってしまうんだ…だからいつも戦時中の各国の藝術は究極に『自国とは』、『自身の人種とは』という問題提起に迫ったものばかりが目立つんだね…」

ハルは無言で頷く。

「今はまだ私たちは戦争には巻き込まれていない。だけどね、これから先いつ起こってもおかしくないのはカイ君も感じ取ってるでしょ?」
「うん。そうだね…人間って不安な世情の時ほど宗教であったり、ムー大陸であったり、ノストラダムスの大予言という『ブーム』にみんな乗りたがる」
というところでカイはハッとする。

今世界中の人間は『僕の歌』というある種の『ブーム』、『流行』にのっている…なぜ…?

眉を顰めるカイに向かってハルはこっちこっちと手招きする。
透明の空間だ。透明なのだ。地下なのに全方位蒼空が広がる。

八角形のその場所には廃墟のような12星座の描かれた椅子から真ん中の塔のようなものに電気コードが幾つも伸びている。
これは一体何だろう…カイは今は何も『生命』の存在を感じないが、ここの場所ではハーメルンの笛吹きの逸話の事実で攫われた沢山のこどもたちが非人道的な人体実験でもあったのではないか…そんな考えが何故か浮かんでしまう。
その全方位空の上をの二人は重力も感じさせない不思議な場所を通りさらに奥の扉をハルは遺伝子認証で開ける。

そこはまさに絵本の中だけに存在しているような『楽園』だった。

妖精が舞い、小人がキノコの上で楽器を演奏し、全身真っ白の翼の生えた馬であるペガサスも絶滅されたとされる動物も巨人も優しく笑いそこはただただ平和でただただ美しくて…

信じられない光景が目前にある。実在している。
信じられない…なんだ今僕のみているものは?
カイは架空世界に入ってしまったような感覚に襲われる。

「ハル…これは一体…」

「ドイツの母校でずっと父の様に私を養育してくださった沢山お世話になっている教授がドイツ政府にわざわざ打診してくださって、そのもともとは瀬条機関の研究所をわたしが自由に使っていいようになっているの。教授には感謝してもしても足りないくらいというといつも教授からは、礼など必要ないからキミの研究結果でこの世界へもっと幸せや平和、笑顔、明るい未来、夢や希望を創造できるようなものを研究開発するんだよってにこにこ笑顔で仰ってくださるから私はその期待に自分の可能性は無限大だと信じて日々取り組んでるの。そして、先ほどいった瀬条機関という悪の機関で拘束、虐待され、人体実験されていた動植物を安全に幸せに暮らせて生ける場所を、私は創ったの。いえ…創るしか道はなかったの…」

全身白く目が赤いといえばウサギだが、その『楽園』には昔の日本では白子(しらこ)と呼ばれ揶揄されたり、白子の血統は東北の伝承によると神聖な血族とされたり諸説あるが、アルビノの動物が皆沢山楽しそうに生き生きしているのだ。真っ白の狸、真っ白の蛇、真っ白のトラは今でも日本やアジアに生息する。
話はそれるが奈良のキトラ古墳の四神のうちの白虎(びゃっこ)はアルビノの虎が神聖とされたのではないかと筆者は思う。

「ハル先生」
一人の少女が右手に可愛らしい花束をもってたたたとハルに駆けてくる。

「カナリアちゃん、今日もとっても素敵ね」
ハルはにっこりしゃがんで微笑む。
カナリアと呼ばれる少女は目が赤く全身驚くほど真っ白で青い静脈が透けて見える。

「カイ君、この子はね、カナリアちゃん。」

「はじめましてお兄さん」
カナリアはにっこりカイに挨拶する。するとまた遊びにたたたと向こうへ走っていく。

「…あの子は?」
まるで可愛らしいウサギのような女の子をみつめながらカイはハルに問う。

「カナリアちゃんは遺伝子配列的観点からみるとチェディアック・東シンドロームと呼ばれるもので産まれたんだけど、臨床型としては亜型の全身の白子症という特異類稀なる子で瀬条機関に目をつけられて連れ去られたの…瀬条機関でカナリアちゃんは恐怖と絶望の中、残酷な人体実験で殺されそして蘇生され、また実験で殺され蘇生され…その繰り返し繰り返しで何度も生と死を往来した子よ」
ハルは涙をためながら、歯を食いしばりながら説明する。

ちなみにチェディアック・東シンドロームはキューバの医師チェディアックが1954年、日本の医師東音高が1956年に報告し、病気の名前が二人の報告者の名前から由来しCHSと略される疾患である。今でも日本では15症例くらいしかない難病指定疾患とされている。皮膚、毛髪、眼など、部分的白子症で遺伝子形式は常染色体劣性遺伝で原因遺伝子であるCHS1/LYST遺伝子は1番染色体上に存在し、この遺伝子は細胞内タンパク輸送に関わる。
そして特徴的な臨床症状は自傷行為である。生後まもないくらいのときから自身の頭を叩きまくり、ひっかきまわし、思いっきり自身の身体を噛んだりして産みの母親が懸命に止めても止めても自傷行為をすることが先天的にプログラミングされており、産まれたてのかわいい赤ちゃんが自身を痛めつけるのを見なければならない産みの母親の気持ちは常人では計り知れないほどの悲しみや絶望、自責感に苛まれる。しかも白子症というものはメラニン色素というものがなく、太陽の下を歩ければそれでなくても短命という絶望の病気の進行に繋がるのだ。これ程残酷なものを何故神は産んだのだろう。

「私の研究の方法などについては極秘だけど、あの子はこの場所で永遠に幸せに『生』を全うできるように私はあの子が魂をズタズタにされていたところから抱き締めて私に任せてっていったら、カナリアちゃんはこくりと頷いて…それから私独自の遺伝子操作治療を行った。産まれもった白い髪、白い肌、赤い眼それはあなたの産みのお母さんがあなたは誰よりも真っ白な清き心を持った子でありますようにと願った証よと。だからカナリアちゃんは今自分の容姿をとても誇らしく思ってると、いつも私に可愛らしい花束を摘んできてありがとうと伝えてくれるの」

カイは遠くで動植物と平和に優しい世界で遊ぶカナリアの姿はまるで天使だと、そしてハルが何者なのかさらに謎が深まっていくのだった。

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