第45話≪ハルの章⑦≫【HERO】ー預言を知らぬ『彼』との平和な日常ー
後悔先にたたず。
失ってからヒトは大切なものを知る。
私はそういうのは好きではない。
だから、もし《 離れ離れになってしまう 》という運命(さだめ)であったとしても、その別れという告知を《 彼 》が別れ時というその瞬間に知るまでは、私はずっと別れという『余命』をカウントダウンをどこかで見てみないふりをしながらも、《 彼 》の傍で輝き続けていたい。ううん、輝き続けていくの。
預言。
目をゆっくり開ける。
柔らかいシーツの上でハルは体を少し動かしながら脚を伸ばしたりして体におはようの合図をする。
耳元では丸くなって三毛猫のミケがすぅすぅ小さな寝息をたてて寝ている。
「残酷な預言ね…」
男っ気なハルの好みしくない緩いパジャマ姿でゆらゆらするフェミニンな衣装の姿のハルはベッドから立ち上がってカーテンを引き窓から差し込む朝日をみて、首元のネックレスの指輪の輪を回しながら片目で覗き、哀愁じみた微笑みでポツリ、小さな声で呟く。
着替えると朝食の用意をする。別室で雄の人工知能ロボットふわふわポメラニアンまるを自宅から連れてきたカイという全世界が知る音楽の頂点の同い年くんが寝ている。
不思議ね
自家製ドリップしたコーヒーがふっくら膨らむように熱湯を回し淹れながら、トーストにスクランブルエッグをのっけた軽食をかじり、ドイツの新聞に目を通す。
ずっとカイ君は私の音楽プレーヤーの中で再生されるヒトだと思ってたのに
私を勇気づけ元気づけてくれてきた歌声の持ち主はなんの宿命(さだめ)なのか、私の隠れ家に『しばらくの間』同居することになった。
ハルはゴシップとかそういう世間で騒がれるのは大っ嫌いだったので、カイが本気で自分と暮らすと行動に乗り出した時はさすがに慌てたが、これはお互いの過去のトラウマからの解放であり、治療であると割り切って同意に応じた。
そして驚いたのは世界一有名人なのに、ものすごく初心(ウブ)で純粋な青年なのだ。医師としていろんな男性患者を診てきてるが、カイが本当に女性慣れしていないのがありありとわかるので三毛猫ミケもありゃまーという具合である。
ポメラニアンのまるの「わんわん!」という元気な声が聴こえていびきから「うーーーんまるおはよ」という寝ぼけているカイの声が聴こえてくる。
ハルはカイの朝食を出来立てを用意して「朝ごはんできてるよー」と声をかける。
ポメラニアンまるは、家政婦さんのようにカイの身の回りをしているかなりお利口さんで、カイの身の回りをハルが手伝ってると、まるはカイに「もっとちゃんとしてよね!」と言わんばかりにぷんすかカイにわんわん!と喝を入れる有様に、微笑ましくてハルはぷっと噴き出してしまうくらいだ。
「ハルーーー!!覗かないでよ!!覗かないでよ!!!僕今着替え中だから!!!」
「大丈夫だよ!!安心して!!そんな趣味ないから!!」
もうなんだかコントのようだ。洗濯しようとすると、「わあああああああ!!!僕がやるから!!!」と顔を真っ赤にして洗濯カゴをハルから取り上げ、中にハルの下着がはいっているのに気づくと「どわああああああ!!!!!ごめんごめんごめん!!!みてないみてない!!ほんとだよ!!断じて見てないから!!!」と両目を腕で目隠しして「まるーー!!まるーーー!!」とまるの方向に全速力で走って行ったり。
ハルは職業柄慣れっこだけど、カイは本当に女性と関わるというのが何もかもが初めてのようで、慣れるまでは相当時間がかかるようだ。
着替えてやっと部屋から出てきたカイに「おはよう」とハルは声をかける。
すらっとした長身、美青年のカイはまだ寝ぼけてるようで髪をクシャクシャしてあくびしながら「おはよぉおぅハル~」とのろのろ。まるは元気よくおはよ!とわん!!とハルとミケにきびきび挨拶。
「流石に家の中に引きこもりじゃなくて、今日はカイ君変装してせっかくだしドイツの街を探検してみない?いつ政府から仕事の連絡が入るかわからないけど…」
朝食をガツガツ食べるカイにむかって、のんびりコーヒーを飲みながらハルは言う。
「え!ドイツの街を案内してくれるの!?わくわくするなぁ!変装かぁ…どんな変装したらいいかなぁ」
と腕を組んでまると一緒に首を傾げるカイ。
カイはご機嫌で自分の曲を歌う。やはり世界一の歌声とあって、カイにとっては鼻歌の気分の歌でも心打たれるものをハルは生で聴けるのに感動する。
「嬉しいなぁ。カイ君の歌声がこうやって目の前で聴けるなんて」
「え!?そう?そっかぁ…へへへ、今ねハルのことを考えながら作ってる曲があるんだよ」
照れ笑いしながら頭を掻くカイ。
「え!?あ、有難う…でも全世界のファンの人に申し訳ない気持ちになっちゃうな…」
「どうして?ハルのことを想いながら歌うとこれまで以上に僕のクリエイティブ精神が高まるからいいことだよ!それに」
いつのまにかハルの呼称を『キミ』ではなく呼び捨てになってるカイは、そこで顔を赤くして下を向いてぼそぼそ呟く。
「創ったものってのは後世まで残るだろ?こうやって僕の大切な思い出や記憶は形となって、また僕以外の誰かの心を打つんだよ。それを想像すると、僕は取柄は音楽しかないけど、これは亡き母さんからもらった最大のプレゼントだと思うし、天国の母さんも喜んでくれると思うんだ。」
創造物は後世まで残せる
「素敵だね」
ハルは優しく微笑んで両手で頬杖してカイににっこりする。
「そうだよ。カイ君の歌声は後世まで残り、歴史に残り、私を勇気づけてくれたようにまた心が折れそうになっている誰かを、感動させたり、生きる活力を与えるんだよ。だから、その歌声を授けてくれた天国のお母さんはすごく幸せに思ってるはずよ。創造物は産み出した創造者そのもの。たくさんの曲を産むカイ君は音楽のお父さんだね!子だくさんっていいこと!」
ハルの最後の言葉を聞いて、ぶはっとコーヒーを吹き出すカイ。
「あ、えぇと、あ、うん、そ、そだね、うん、僕は曲っていうこどもの産みの親…」
もごもご何を考えてるのやらまた顔を真っ赤にして後ろ向きになるカイの姿にハルは初々しいなぁとふふふっと笑いとても平和な朝の時が流れ行くのだった…
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