第53話≪ユウカの章④≫【caretaker】―顔が見える世界を創造するためには―

「あなたは『会話』とか『コミュニケーション』ってどんなものだと捉えている?」

ユウカは長崎市中の民家に雑居していた中国時代との生活の中で伝わった料理、卓袱料理(しっぽくりょうり)に舌鼓しながら食事のとものララに問う。もう日が暮れてしまい長崎市内は赤提燈がゆらりゆらり、イルミネーションの光が映える街に移り変わる。場所は長崎港から長崎市内へ北へ車を走らせ思案橋に入ったところにある寛永19年(1642)創業の格式ある料亭、史跡料亭 花月である。勝海舟、坂本龍馬、岩崎弥太郎などの日本の歴史を動かした名だたる人間が訪れた場所である。

卓袱料理とは朱色の丸いテーブルに並べた大皿を皆で取り分けて食べる。江戸時代、ポルトガルやオランダなど西洋と盛んに貿易を行っていた長崎。だが、実は最も関係が深い国は中国だった。元禄時代に長崎へ入港した船の数はオランダ船よりも多く、来航した中国人たちは唐人屋敷ができる前は長崎の街に自由に住むことが許されていた。唐人屋敷ができたあとも、幕府の規制はあったものの、出島よりも比較的自由に出入りができたため、人々の暮らしに食や祭りなどの中国文化が溶け込んでいったので現在の長崎の街の至る所でその面影は見ることができる。

御鰭(おひれ)、大鉢(おおばち)、小菜(こな)、中鉢(ちゅうばち)、梅椀(うめわん・おしるこ)からなり、女将の「御鰭(おひれ)をどうぞ」の挨拶ではじまり頂く。日本の和(わ)、中華料理の華(か)、オランダの蘭(らん)をつなげて和華蘭(わからん)料理と呼ばれる。

ふんわりメルヘンチックな洋服にフリルのついた日傘の上にちょこんとのり、ふぅわふぅわ宙に浮かんだ茶白魔女猫ララは長崎の鮮魚に「はわわぁぁあああ」と目も心も奪われて「いっただきまぁす!はぁーー!幸せだにゃ~ん」ととろんととろけている。

「えへへ。会話、コミュニケーションですかぁ・・・。う~ん。私は魔界の革命裁判では常に中立目線で誰ともお話するよう心がけてますにゃん。ユウカさんは?」

看護師の夜勤からの修道院の盟神探湯の禊を5つの教会で終えてきて一日の食事である。ユウカもお腹と背中がくっつきそうな勢いだったので、ララに負けず劣らず御馳走への箸のスピードは素早い。

「うん。たぶん、ララはわかってきいてるでしょ?」

ララはうふっと可愛らしく照れると「えへへ~ばれてたぁ~~」ところんと後ろにひっくり返ると日傘からずっこけどすんっと床にコケる。「あいたたたた」

「ララは良く怪我する子ね」

看護師なのでララの擦り傷の面倒はユウカは職業柄慣れた手つきでテキパキとする。

「うん。私はね、会話、コミュニケーションってのは勝ち負けではないと考えているわ。相手を尊重しそして相手も自分の存在を尊重し気持ちや意見という変化球のやりとり。どうしてか、最近会話でも勝ち負けを意識する人間の方が多くてね。虚栄心なのかなんなのか…」

ララはほわぁんとしながらも、人差し指を右頬にあててにっこりすると
「ユウカさんらしい。えへへ~~」
と傷の処置をしてくれるユウカにとろんとした眼で甘える。

「う、、、下から上目遣いってやつそれ、、、私そんなキャラじゃないから」

ララの天然っぷりというか慣れないことをされて思わず後ろに引く。
一見天然そうでほわほわしてそうだが、実は非常に賢く頭の切れる魔女…

ユウカはララを内心ではしっかり警戒していた。この魔女猫は何のために私のところへ流れ着いたのだろうか。

「あ―――ん!ララ、お魚さん食べれて幸せ~~~」
目をハートにして床にごろごろする魔女猫。

「ララ、お行儀悪いわよ。で、私に何の用なの」
単刀直入に聞く。

「えへへ~~~。ユウカさんが一番目に盟神探湯していたあの教会でのこどもの達の霊は1978年11月18日、米国で集団自殺したジョーンズタウンのこどもたち276名…とこどもをお腹に授かっていた女性含めシアン化合物を飲んで次々自殺した信者たち」

先ほどまであんなにふわふわほんわかしていた天然娘は別人の如く滑らかに辞典のように呟く。

「KKK。米国の秘密結社ケー・クラックス・クラン。白人至上主義でジョーンズタウンという信者の街では黒人を奴隷のように働かせ、そして外に脱走しようとする信者は狭い狭いウジの湧く寄宿舎に全身鎖まみれで投獄されてた。教祖のジム・ジョーンズはもともとは猿を売買する貧民だったけど、貧しい人や身寄りのない人たちに社会福祉的な偽善を与え、そのうち霊感商法までやって大富豪へ。しかし1962年キューバ危機の核戦争が起きたときから、教祖の統合失調症、または誇大妄想などの疾患は進行。自分は常に見張られている、信者が逃げ出して自分のことを言いふらす妄想幻覚幻聴に捕らわれ、ついに教祖が王で白人の信者と黒人の奴隷というアパルトヘイトそのものの街を創った。狂気と凶器のなれの果てには900人以上の集団自殺。」

ユウカはじっとララの顔を冷静に見据える。ララは言葉を続ける。

「ユウカさんは巨大架空ゲームの中のSSSの中…そ、し、て。此の世に自分を教祖とするカルト的なものを産みだそうとしている方なんじゃないかなぁって~ララ、思うんですよ♪」
ララはえへへへ~とまた天然娘の童顔に戻る。

ララはユウカの小物を手に取って「これはなんですかぁ?」と目を輝かせる。それは木の葉くらいの大きさの小さな可愛らしい動物が刺繍されたブローチで10種類ほどユウカのポーチの中に入っていた。

「それは出島界隈にあるお店pramaiっていう雑貨屋さんで売ってたものよ。タイの山岳地帯に住む子どもたちが作った手刺繍の小物とかラオスのこどもが作ったラオスモン族手刺繍ブローチよ。わたしはこどもが創るアートは素晴らしいと思うの…疲れたとき私の心を優しく癒してくれる。」
手創り刺繍ブローチを優しくなでながら語るユウカをぽ――――っと見つめるララ。

「そろそろ一緒に食事でもどうかしら?天井の黒猫さん?」

ええ!!!っとララはびっくり仰天で天井を仰いで大慌てする。

「ヒミコどの。待たせましたな。急な会議でしてね。」

天井からマントを着た黒猫がひゅんっと床に降りる。

「はわわわわわわダダ様いつのまにぃいいい」
ララは目がグルグル回っている。

ダダは黒スーツをピシッと着て貫禄ある伊達男になるとララとユウカの間に胡坐をかいて座る。

「部落差別にアパルトヘイトにKKKにカルトにイスラム教過激派…なんでもかんでもアニミズムに寄りかかる生き物だ人間は…」

九州の地酒、卑弥呼酒をクイッと飲むとダダは一息つく。

「久しぶりね。黒猫裁判長さん」

ユウカは相変わらず冷静沈着だ。

ララはあひゃ~~~とひっくり返ったままである。
ダダは手を合わせると卓袱料理を豪快に食べ始める。包容力あるような体格にきりりと男前な横顔はきっとこの世の女を虜にするのだろうが、ユウカは全く動じていない。ララは裁判長という魔界のドンがきて格差社会~とぶるぶる震える。

「さて、今宵の晩酌の話は重要になりそうだな」
ダダの言葉を笑うかのように夜空ではツキが美しく長崎の街を照らしていた。


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