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第57話≪カナデの章⑫≫【piero/mascot/crown】―『勇者』のクローン宣告受理という残酷な奠(さだめ)ー

「クローン?」
カナデは目を大きく広げ眉を顰(ひそ)め、そして今自分が耳にした言葉を反芻するかのように震える声に出して再確認する。
月のもので体調が芳しくないカナデに婦人疾患に効能のあるハーブであり、日本古来から餅に練り込んで愛用されてきたヨモギに加えショウガ、シャクヤク、甘草などの薬草を細かく寸断したものを、女人の姿になったツルは蒸してカナデの身体をあたため滋養を高めていた。

「そうです。昔ツルの姿だったわたくしを助けてくださった其方は来る第X次世界大戦で最終兵器である地球を自爆させるという一歩手前で、平和という『大波』の波動を全世界に波紋を広げた後、力尽き倒れる『勇者』と呼ばれる神の血を受け継いだ女性のクローンなのです」

囲炉裏の炎がゆらりゆらり、ぱちっぱちっと弾け鳳【大鳥】神社の境内の中を橙(だいだい)色に染める。

「そんなこと急に言われても信じられない…だってわたしはありきたりの普通の女子校生、別に特別になんにもない…」

苦しくなってくる。意味不明、支離滅裂、理解できない。しかしどこかでなぜかこの非科学的な話をすとんと腑に落ちている自分もいて怖い。
シマリスココを胸にギュッと抱き締めてカナデは俯く。自分には何もない。そういう自分に対する自尊心の低さというものを改めて自覚させられる。だけど…

「あなたには大切な人はいますか?守りたい人はいますか?一人だけわたくしの呪術でその来る第X次大戦にてクローン計画で政府に連れ去られたとしても生存させることができます」

カナデの頭の中に血の繋がりのある両親よりも先に♭が思い浮かびそれからユウヤ先輩の姿が思い浮かぶ。
悲しいな…率直な考えとともに長い溜息が出る。(*注釈:2016年創作)
某国では顔のスキャニングどころか一人一人にバーコードが振られ、遺伝子レベルのデーターを集積している。表向きには科学や医学の技術革新やイノベーションと謳(うた)われ、民主主義国家なのに上層部の少数の意見だけでどんどん私たちの知らないところでいろんなものが導入され変更されていく独裁政治。血も涙もない。国民一人一人に振られたバーコード(日本ではマイナンバーなどにあたる)というものは財産も知れるし、遺伝子バンクでもある人一個体のすべてのものがわかるデータであり軍事用にも簡単に使われてしまうものだ。が、その来(きた)る第X次大戦のために主要となるメンバーに臓器提供してもGVHD(移植欠対宿主反応:移植した臓器を異物とみなしてドナーを受けた側の身体が拒絶反応を起こすこと)が起こらないように、そしてiPSなどの再生医療の秘密医療実験場(地下、地上、宇宙、水面下etc.)が爆破されたとき素早く臓器提供できるドナーを一瞬で解析し個体認識衛生GPS/S-jyo【暗号化】にて確保という名の拉致されるためだとは…
そういえば、セカイ【XXX_not三倍体】には自分とよく似た人間が3人いるとか、聞いたことがある。あれは…

「≪完璧な移植≫のためです」
カナデの心を読むが如くツルは目を優しさの涙で潤せながら囁く。


カナデは無言で俯く。なんていう残酷な運命なのだろうか。この運命から逃れられる策はきっとある筈だ。考えろ、考えろ、必死に考えるんだ…だけど…

ぽろっと涙が溢れ出る。いくら強気が自慢のカナデもまだ13歳。あまりにもショッキングすぎる話だった。

「嘘つき…」
ギュッとこれでもかと握り締めた小さな拳は震えて、震えて…
 
I can't say but is it truth?
Your voice must be heard.

「嘘つきっ‼‼‼‼」

やっとのことで堰き止めていた真っ赤になった両目にためていた大粒の涙は精一杯の防衛の叫び声とともに勢いよく飛び散る。細工していたガラスにハートの形をしていた自己というオリジナリティは粉々に透明の破片になって自分の心の奥の柔らかい大切な命の躍動を無数に容赦なく射貫き残酷に引き裂いて心に消えぬ目にはみえない、だけど一生引きずってゆかなければならないトラウマという傷を幾つも彫刻されてゆく。痛い…心的外傷。目には見えないのにこれほどまでも痛いものなのに暴力・暴行という明確な定義にならないのだろうか。

I continue to believe …this truth is broken in my heart.

色とりどりのビー玉が底に敷き詰められ水草や藻がひらひら靡(なび)く水鉢の中の金魚の様に、そしてカゴの中で飛ぶことを知らずして鳴き続けることしか知らぬ青色の鳥と黄色の鳥の様に、鎖に繋がれ鞭でたたかれ見世物小屋という檻の中で飼いならされたサーカスのライオンの様に、私は自由を見失っていた。

カナデは今までつもりに積もってきたフラストレーションという塵芥(じんかい)が自分で創り上げ、自分で自分で拘束していたのはいつからしかどこかで感じてきた。

わたしは『その勇者が死んだときの代替であって私は私ではない』…??


わたしというアイデンティティは何?
わたしという自己は何?
わたしが産まれてきた意味って何?
なんのためにわたしはこの世界【XXX_not三倍体/セカイ】に産まれてきたの?

来る存在同士の戦い。わたし、今まで13年生きてきてそんな悪いことなんてした?してないでしょ?なんで人権も無視されて強行でそんなことに『利用』されなければならないの?なぜ?なんでおんなじ人間なのにそんな非人道的な言動が簡単にできるの?

頭の中にエコーする【resound】いつしかの反響、残響、影響…

I can see, believe and live.

見て信じて生きる…

そんなの第二次世界大戦中のナチスの障がいを持つ方やユダヤ人を血も涙も感情もなく頭蓋骨を生きたままきってロボトミー手術とかそんなのとまったく変わらないじゃない…
わたしに直接関係のないことのために私という容器【入れ物】の中で生きているこの臓器や生命や精神はその代替者の者が死んだら個体認識GPSというバーコードでデーター保管している北米の軍事用の解析データーでプログラミングされた通り、わたしの意思なんて関係なくモルモットにされ余儀なく殺されその『勇者』の身体に全て他家移植ではなく自家移植されるだなんて…
頭がくらくらしてくる。余命幾何を宣告されたとき以上に今まで生きてきた私という13年間確かに歩んできたこの時の逢瀬の積み重ねは一体なんなの?


今までずっと信じていたものが化けの皮を剝がした途端現れる怪物たちは本当は身近にいる物なのかもしれないと思うと何を見て信じて生きていけばいいのかわからない。

マスコミも新聞もテレビも人という生き物は平気で嘘に嘘で塗り固めまた虚像という黒い粉をまぶし、簡単に捏造して偽って、詐欺で人を騙して、でたらめなことが面白いだったり人を傷つけ貶め蔑み…そんな本当だったら「異常」なものが「常識」、「普通」という感覚をもって社会を一気に覆いつくす。

「…嘘つき【ライラ―】…」

泣き崩れ両手で顔を覆い隠す。拭っても拭ってもあとからあとからあとから涙と鼻水が止まらない。

生きてきた。
生きている。
今生きているじゃない!
でも…
でもその先の未来。
私の知らない『勇者』と呼ばれる女性が戦争で亡くなったら私は速攻政府の闇組織に連れ去られて…

「いやあああああああああああああああああ!!!!」

天井の方向に顔を上げ体全身を喚き、悲しみともう何が何だかわからない混乱した感情で腹の底から絶叫し号泣するカナデの声が大鳥神社を超えて遥か彼方の新潟で孤独と闘う♭の心に『波』を同期させるのだった…

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